第34話 その模倣、革命の産声につき
数週間前――リール商会、奥の応接室
「……で、作れるの? これと同じものを」
最高級のベルベットが敷かれた机の上。
そこに無造作に置かれた『雷鳴コア』を扇子で指し示し、リールは冷たい声で問いかけた。
呼び出されたのは、商会が抱える鍛冶師と、熟練の陶芸職人である。
「……こいつは酷え。いや、素晴らしい腕です」
老鍛冶師が、裏側の放熱フィンを覗き込みながら唸った。
「こんな極薄の銀を、歪み一つなく曲げて接合するなんて……どんな火の使い手だ。うちの職人じゃ、一生かかっても無理ですぜ」
「無理、という報告を聞くために呼んだのではないのだけれど?」
「ヒィッ! い、いや、同じ『作り方』は無理ですが、同じ『形』になればいいんでしょう? ならば……重くて不格好になってもいいなら、硬貨や教会の鐘を作る時のように『土の型』を作って、そこに安い鉄を溶かして流し込めば……似たようなギザギザの鉄塊なら作れます」
リールの目が、スッと細められた。
「……そう。では、この青白い膜の方は?」
「こっちもイカれてますね。雷魔法でガラス化させてる……これで電気を流せなくしてるなんて……」
陶芸職人が、コアの表面を爪で弾いた。
「ですが、ただ電気を通さない層になればいいのなら……壺や皿に塗る『釉薬』に漬けて焼き上げれば、似たような層は作れます。……ただ、これらをやるには、四六時中、鉄と窯を熱し続ける必要になりますが……」
二人の職人は、おそるおそるリールの顔色を窺った。
魔法使いを大量に雇い、巨大な窯を維持するなど、商会といえども莫大な赤字を垂れ流すことになる。
常識的な商人なら絶対に却下する案だ。
だが、リールは妖艶な笑みを深め、パチンと扇子を鳴らした。
「上等よ。芸術品はいらない。必要なのは『合格の検印』と『圧倒的な数』よ。街の外れに、一番大きな窯と型を作れる小屋を建てなさい」
「し、し、しかしリール様! そんなことをしたら、一つ売るごとに大赤字が……!」
「いいのよ。……あの小生意気な職人ギルドを、市場から完全に『退場』させられるのならね」
* * *
「……というわけよ。不思議だったかしら、湊?」
過去のやり取りを勝ち誇ったように語り終え、リールは呆然とする湊を見下ろした。
「ガトの繊細な火がなくても放熱のひだは作れる。エレナの特別な雷がなくても絶縁の層は作れる。……職人の手作りに頼っていては、世界は救えない。だから私は、誰もが同じものを、同じように作れる『仕組み』を作ったのよ」
それは、湊たちが限界まで研ぎ澄ませた職人技に対する、あまりにも無骨で、しかし理にかなった「力技の解答」だった。
「……百聞は一見に如かずよ。私の『誇り』を見せてあげるわ」
リールに促され、湊たちは街の外れに急造された巨大な建物――『工場』へと足を踏み入れた。
* * *
「なっ……なんだ、ここは……!」
扉を開けた瞬間、ガトが絶句した。
むせ返るような熱気と、鉄の臭い。
だが、湊たちを最も戦慄させたのは、そこにいる「人間」たちの姿だった。
土属性の魔法使いが、延々と無言で土の型を作り続ける。
火属性の魔法使いが、汗と煤にまみれながら、鉄を溶かし続ける。
水属性の魔法使いが、ただひたすらに釉薬を混ぜ続ける。
そこに「職人の誇り」や「魔法の神秘」など微塵もなかった。
借金で縛り付けられた彼らは、生気を失った虚ろな目で、ただ単調な作業を繰り返すだけの『工場の歯車(部品)』へと成り果てていたのだ。
「ひどい……魔力枯渇で倒れそうになってる子もいるのに!」
エレナが悲鳴のような声を上げる。
「あなたが『安全』を求めた結果よ、湊」
リールは冷酷に言い放った。
「規格を満たした安全なものを、誰もが買える値段で作る。それがこの『大量生産』の正体よ。彼らはモノを作る喜びなんて知らない。ただ、私の『保護下』で消費されるだけの燃料よ」
湊の足から、崩れ落ちるように力が抜けた。
「もういい……僕の負けだ」
湊は深くうなだれ、絶望に沈んだ。
* * *
その日の夕方。
難民街には、かつてないほどの歓喜が溢れていた。
リール商会のコアは飛ぶように売れ、数千のテントに次々と設置されていく。
「さあ、皆さん! 暑い夜は今日で終わりです。我がリール商会がもたらす、涼しい風を存分に味わってください!」
広場の中心で、リールが勝利の高笑いを上げる。
難民たちが一斉に、コアのスイッチ――送電網への魔力接続――をオンにした。
数千のテントから、一斉に涼しい風が吹き出し、歓声が最高潮に達する。
リールが、敗北して立ち尽くす湊に憐れむような視線を向けた、その瞬間だった。
――バチィィィン!!!
耳を劈くような、異常な轟音が難民街全体に響き渡った。
「え……?」
リールの笑顔が凍りつく。
吹き出していた涼しい風が、ピタリと止む。
次の瞬間。
数千のコアが、一斉に送電網へ牙を剥いた。
湊たちが難民街に張り巡らせた細い『道』は、本来そこまでの流量を想定していなかったのだ。
街全体を守るための安全装置が、自ら送電を断ち切った。
「な、何が起きたの!? おい、早く直せ!」
パニックに陥る難民たち。リールは血相を変えて湊を睨みつけた。
「……何をしたの、湊! 負け惜しみで送電を止めたの!?」
怒鳴り散らすリール。
だが、うなだれていた湊は、ハッとして顔を上げた。
絶望に沈んでいた彼の瞳に、再び『職人』としての鋭く、理知的な光が宿っていく。
「違う……! 止めたんじゃない。僕が作った『安全装置』が落ちたんだ!」
「落ちた……? 何を言っているの!」
「リールさん……あんたは、製品を安く大量に作ることしか考えていなかった。……でもな、数千個のコアが一斉に魔力を吸い上げたら、俺の作った送電網が、その負荷に耐えられるわけがないだろ!!」
その言葉に、リールはハッと息を呑んだ。
「……電気が通らなければ、あんたの数千個のコアは、ただの重い鉄屑に過ぎない」
湊は、暗闇の中で堂々とリールを見据えた。
「この送電網の管理権は、俺たち『雷鳴の盾』が独占しています。……あんたは市場から手を引くと決めた。それは同時に、俺たちをこの街の管理から追い出すことでもあったんですよ」
リールの顔が、屈辱に歪んだ。
「……っ、そんな屁理屈……!」
「理屈ですよ。製品で市場を支配したのは、あんたの勝ちだ。……でも、その『道』の幅を決める権利を持っているのは、俺たちだ!!」
* * *
リールは、闇に沈んだ街と、その中心で泰然と立つ少年を交互に見つめた。
(……不覚だわ)
震える拳を、扇子で隠した。




