表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その知恵、世界の礎(いしずえ)につき ~現代知識で異世界を便利にしたら、女商人と共に世界の道理を書き換えていた~  作者: カミツキ
復興編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/52

第33話 その蹂躙、資本の魔王につき

公開実験から数日後。

活気に満ちたオルメイの工房を、一人の招かれざる客が訪れた。


「――素晴らしい造形ね。そして何より、あの『安全基準』という発想。シビれたわ」


護衛もつけず、単身で現れたリールだった。


彼女は番頭の無礼を詫びると、優雅に扇子を広げ、湊に真っ直ぐな視線を向けた。


「単刀直入に言うわ。あなたの頭脳と、その『検印の権利』ごと、私の商会で金貨百枚で買い取らせてちょうだい。そうすれば、この街の難民全員に十分な食料と、快適な暮らしを約束するわ」


それは、あまりにも甘美な毒だった。


だが、湊は首を横に振った。


「お断りします。権利を渡せば、規格はまたあなたの都合のいいように捻じ曲げられる。……ルールは、誰かに独占されるためのものじゃない」


その言葉に、リールは僅かに目を伏せた。


怒るでも、笑うでもなく、ただ少しだけ寂しそうな顔を作り、パチンと扇子を閉じた。


「そう。……なら、仕方ないわね。『諦める』わ」


「え……?」


「あなたたち職人の誇りに、敬意を表するわ。この市場からは、手を引かせてもらう」


「は、はい……」


「……さようなら、湊。これからは私のやり方で、この街を救ってあげる」


彼女は深くお辞儀をし、静かに工房を去っていった。


巨大商会が、折れた。


その事実に、工房は割れんばかりの歓喜に包まれた。


* * *


それからの数週間、湊たちは文字通り寝る間も惜しんで働き続けた。


ガトがミリ単位で炎を操り銀を焼き、エレナが耳鳴りのするような高周波で絶縁層を定着させ、オルメイがそれを組み上げる。


極限の職人技で作られる『雷鳴コア』は、一日に五十個を作るのが限界だった。


だが、広場に持っていくと、コアは毎日あっという間に完売した。


「すごいぞ、今日も即完売だ!」


「これでまた五十のテントが安全になったな!」


ガトとエレナが煤まみれの顔で笑い合う。


その姿を見て、湊も胸をなでおろしていた。


自分たちの手で、この街を確実に救っている。


その確かな手応えがあった。


……だが、湊の胸の奥には、小さな「違和感」がトゲのように刺さったままだった。


毎日完売しているはずなのに、難民街からは相変わらず「暑い、死にそうだ」という悲鳴が絶えない。


そして、毎朝コアを求めて並ぶ行列は、減るどころか日を追うごとに膨れ上がっているのだ。


(いくら難民の数が多いからって、こんなに普及のペースが遅いものか……?)


その違和感の正体を、湊は最悪の形で知ることになる。


* * *


ある朝。

湊たちが「今日も完売させるぞ」と荷車を引いて広場に向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。


凄まじい熱気と、歓声。


広場の中央には、撤退したはずの『リール商会』の巨大なテントが張られていた。


そして、その前に山のように積み上げられていたのは――。


「なっ……なんだあれは!?」


それは、湊たちが作った美しいコアとは似ても似つかない、分厚くて重そうな「不格好な鉄の塊」だった。


だが、その側面にははっきりと、湊たちが定めた『安全の検印』が刻み込まれていたのだ。


「一つ銅貨三枚! さあ、安全で涼しい新型コアだよ!」


商会の男が叫ぶ値段を聞いて、湊は息を呑んだ。


それは、湊たちが限界まで切り詰めて設定した価格の、さらに「十分の一」というタダ同然の値段だった。


難民たちは歓喜の声を上げ、我先にとリール商会のコアに群がっていく。


「……どういう、ことだ」


呆然と立ち尽くす湊の背後から、楽しげな声が響いた。


「おはよう、湊。どうしたの?随分と驚いているようね」


彼女は、自社のコアを奪い合うように買っていく難民たちを、まるで羽虫でも見るかのような冷たい目で見下ろしていた。


「嘘だろ……あんたは手を引くって」


「嘘はついていないわ。『あの時の私』は諦めたの。……でもね、私の雇った『従業員』たちは諦めなかったみたいよ」


「……ど、どういうことですか?」


湊の脳裏に、雷が落ちた。


毎日、自分たちのコアを即座に買っていった人々。


彼らの顔を、湊は一人も覚えていなかった。


「まさか……!」


「並んで買っていたのは、私が雇った人間よ。あなたのコアは……私の倉庫にあるわ」


湊の血の気が引いていく。


「一個売るたびに大赤字よ。でもね、湊。私にはその赤字に数ヶ月耐えられる『資本』がある。あなたたちのギルドに、その体力はあるかしら?」


「…………ッ」


湊の横で、ガトが握りしめた拳を震わせ、エレナが絶望に瞳を揺らした。


自分たちが指先を焼き、耳鳴りに耐えて作り上げた『真心』は、一度も誰かのテントを冷やすことがなかった。


湊は、言葉を失った。


「……それにしても、不思議だと思わない?……私がどうやって……あなたの定めた『基準』をクリアしたのかを」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ