第32話 その証明、逆転の夜明けにつき
難民街の広場は、重苦しい空気に包まれていた。
湊が、没収した「十日分の食料」と二つの木箱を抱えて現れると、住民たちの間にさざ波のような敵意が広がった。
「……何しに来たんだよ、リールの犬」
「また誰かの食い扶持を奪いに来たのか?」
投げつけられる冷たい言葉。しかし、湊はもう下を向かなかった。
湊は広場の中央に木箱を置き、無言のまま、二つの『冷却コア』を取り出した。
一つはリール商会がバラ撒いた欠陥品。
もう一つは、ガトとエレナと共に作り上げた『雷鳴コア』だ。
湊は、二つのコアを布で覆い、昨夜の「密閉されたテント」と同じ環境を作り出すと、同時に送電のスイッチを入れた。
「……見覚えがあるだろう。昨夜、テントを吹き飛ばしたのと同じ状況だ」
* * *
数分後。
住民たちが息を呑んだ。
布の隙間から、リール商会のコアが焦げ臭い煙を噴き出し始めたのだ。
布をめくると、コアの裏側は異常な熱を持ち、石の表面が赤熱し始めていた。
悲鳴が上がり、人々が後ずさる。
湊は静かに、もう一つの『雷鳴コア』の布をめくった。
そこには、涼しい顔で冷風を吐き出し続ける機械があった。
湊が裏側の『ひだ(フィン)』に手を触れてみせるが、火傷するような熱は微塵もない。
「……触ってみてください」
湊は、昨夜泣き崩れていた母親を呼び寄せた。
母親が恐る恐るフィンに触れると、信じられないというように目を見開いた。
「熱くない……どうして?」
「熱の逃げ道を作ったからです」
湊は、煙を上げるリール製のコアを指差した。
「俺が電気を止めたのは、あんたたちを縛るためじゃない。……この『時限爆弾』で、あんたたちの家族が焼け死ぬのを止めるためだ」
湊は、没収していた食料を母親の手に返却した。
「知らずに使うことは罪じゃない。でも、知らないまま命を落としてほしくないんだ」
広場が、水を打ったように静まり返った。
「……すまねえ、マスター。俺たち、何も分かってなかった……」
その一言が引き金となり、広場は謝罪と感謝の入り混じった、温かい波に包まれた。
だが、その夜明けの空気を切り裂くように、無粋な怒声が響き渡った。
「ええい、どけ! 貧民どもが!」
恰幅の良い傲慢な男――リール商会の番頭が、数人の護衛を連れて広場へ乗り込んできたのだ。
「ギルドマスター! うちの商品への送電を勝手に止めるとは、どういう了見だ! 難民のテントが一つ二つ燃えたくらいで、大商会の営業を妨害する気か!」
番頭の暴言に、住民たちがいきり立つ。
だが、湊は手でそれを制し、極めて冷静な、理知的な瞳で番頭を見据えた。
「妨害なんてしていませんよ。ただ、僕たちの定めた『安全基準』に満たない製品への送電を停止しただけです」
「はっ! 笑わせるな!」
番頭は、湊の足元にある『雷鳴コア』を見て鼻で笑った。
「お前たち職人ギルドが、手作りでチマチマと安全な玩具を作ったところで何になる? この街の需要は満たせない! 結局、貧民どもはうちの『安いコア』に頼るしかないんだよ。代わりが作れない以上、お前たちに拒否権などない!」
だが、湊は笑った。
「勘違いしてますよ。俺たちは『あなたの代わりの商品』を作る気なんて、最初からない」
「……何?」
「作る(改良する)のは、あなたたちです」
湊は、ギルドの紋章と数字が刻印された金属のプレートを、番頭の胸ぐらに突きつけた。
「この街で魔導具を売りたければ、僕たちの定めた『安全基準』に合わせて製品を作り直してください。……この検印がないゴミには、一滴の電気も流さない」
番頭の顔から、余裕が消え去った。
「基盤のルールを決めるのは、商会じゃない。俺たち雷鳴の盾だ!!」
物理的な力ではなく、「規格」と「送電網の支配権」という抗いようのないロジック。
ぐうの音も出なくなった番頭は、顔を真っ赤にして逃げ帰っていくしかなかった。
その無様な背中を見送りながら、難民街に割れんばかりの歓声が響き渡った。
だが、歓声に包まれながら、湊の背中には冷たい汗が流れていた。
(……勝った。けれど、リールさんは必ずこの検印の隙間を突いてくる。買収か、偽造か……。このプレートは商会を縛る鎖であると同時に、俺たち自身を縛る鎖でもあるんだ)
湊は、手の中の金属プレートを強く握りしめた。




