第28話 その対価、反逆の狼煙につき
魔法なしの光が灯り、仮設住宅街が歓喜に沸いた翌日の昼。
早くも、リール商会の腕章をつけた集金人たちが各テントを回り始めていた。
「昨晩の光熱費、及び水車の設備維持費、ならびに銅材の貸付利息分だ。払えない者は、商会が請け負う瓦礫撤去の労働へ回ってもらう」
「……リールさん、話が違います! なんであんな高額を請求するんですか!」
湊は、商会の仮設テントで書類に目を通すリールに詰め寄った。
だが、リールは羽ペンを止めることすらしない。
「詐欺師扱いしないでちょうだい。水車の木材、銅の調達費、それを私の商会が『投資』したのだから、回収するのは当然の権利よ。……それに、川の水はずっと流れているわ。二十四時間、絶え間なく電気を送り続けているのだから、あの値段でも破格なくらいだわ」
「使った分の対価を払う。社会の基本でしょう? 払えないなら、光を手放せばいいだけよ」
ぐうの音も出ない正論。湊は唇を噛んだ。
(……でも、これじゃあ現代の電気代より悪徳だ。ずっと点けっぱなしにしてるわけじゃないのに!)
「……わかりました。なら、使っていない時間の電気代は、払わなくていいんですね?」
「ええ、もちろん。どうやって証明するつもりかは知らないけれど」
湊は踵を返し、オルメイの工房へ駆け込んだ。
* * *
「オルメイさん! 電気を止めます! 線を途中で切ればいいんだ!」
湊はテントに引かれた銅線の結び目を、素手で強引に解こうとした。
バチィッ!
「痛っっ!!」
青白い火花が飛び、湊は指先を焦がして尻餅をついた。
「バカ野郎! 電気が流れてる線を素手で触る奴があるか!」
「いってぇ……! そうか、素手で触っちゃダメなんだ……!」
湊は現代の「壁のスイッチ」の見た目しか知らなかった。
それをどうやって安全な仕組みにするか、焦げた指をさすりながら必死に考える。
「……木の板を使おう。電気を通さない木の板に銅の金具をつけて、『テコの原理』で線をくっつけたり離したりするんだ。離す時は、木の部分だけを触るようにして……」
何度か試作し、金具が溶けたり、接触不良でチカチカしたりする失敗を乗り越え、不格好だが安全な『木製スイッチ』の原型が完成した。
湊はそれを抱えて再びリールの元へ向かった。
「これがあれば、使わない時は線を切り離せます。これで見回りの時、スイッチが切れていれば、その時間の料金は請求できませんよね!」
リールは届けられたスイッチを指先で弄び、フッと不敵に微笑んだ。
「いいわ湊。スイッチが切られている間の『従量料金』は免除してあげる。……ただし、電気を引いている以上、『回線接続料』はいただくわよ?」
「回線……接続料?」
「ええ。あなたがそのスイッチを切っていても、私が用意した電線と水車はそこに在り続け、維持費がかかっているわ。利用の有無に関わらず、維持するための固定費を払うのは当然でしょう?」
湊は絶句した。
だが、湊も引かなかった。
「……いいですよ。その回線接続料を差し引いても、点けっぱなしよりは遥かに安くなります。住民たちには、自分でこれを取り付けてもらいます!」
* * *
その日の午後。
湊は仮設住宅の広場に、木箱いっぱいの『部品』を抱えて立ち、住民たちを呼び集めた。
「皆さん、聞いてください! リール商会から高い光熱費を請求されて困っていませんか? この部品をテントの配線に挟めば、電気を『止める』ことができます。電気が流れていない時間の料金は、リール商会も請求できません!」
『料金が安くなる』という言葉に、住民たちの目の色が変わった。
「取り付け方は簡単です。僕が教えますから、各家庭の代表者は部品を持っていって、自分で配線を繋ぎ変えてください!」
生きるか死ぬかの難民たちにとって、日々の出費を減らせるとなれば行動は早い。
湊とオルメイが300軒を回るのではなく、住民たちが自らスイッチの部品をテントへ持ち帰り、隣近所で教え合いながら、あっという間に仮設住宅中に『スイッチ』が普及していった。
各テントで物理的に電線が切断され、電気が止められる。
リール商会の集金人も、「スイッチが切られていた時間」の料金を請求するわけにはいかなくなった。
結果として、住民たちの負担は三分の一以下に激減した。
リールの想定した「最大収益」は削られた。
しかし、彼女は不満げな様子は見せず、むしろ興味深そうに、住民たちが自ら配線をいじる光景を眺めていた。
* * *
三日後。本当の「地獄」は別の形でやってきた。
深夜の雷雨。
三十基の水車のうち、数基が川の増水による流木で羽根を砕かれ、さらに粗悪な松脂の絶縁が剥がれた数カ所でショートが発生したのだ。
一部の街区が闇に沈む。翌朝、湊はリールに呼び出された。
「どういうことよ湊! 明かりが消えれば料金が取れないじゃない。明日の夜までに全部直せないなら、魔法使いを台に戻すわよ!」
「あ、明日まで!? わ、分かりました、すぐやります!」
湊とオルメイは、泥水が跳ねる用水路へ飛び込んだ。
折れた羽根を直し、濡れた銅線に松脂を塗り直す。
一基直して、次へ走る。
泥で足を滑らせ、工具を川に落としそうになりながら必死に作業を続けた。
だが、五基目を直し終えた時、背後でガタンと嫌な音がした。さっき直したばかりの最初の一基に、再び流木がぶつかって止まっていたのだ。
「……嘘だろ……」
湊はその場に膝をついた。
全身泥だらけで、手のひらは水ぶくれが潰れて血が滲んでいる。
息が上がり、もう一歩も動けなかった。
(……作って終わりじゃないんだ。これを毎日、雨の日も風の日も見回りして直すなんて……俺に、できるわけがない……っ!)
絶望と疲労で泣きそうになった時、ふと、湊の視界に、借金のカタとして重い瓦礫を運ばされている難民たちの姿が映った。彼らはフラフラになりながらも、必死に働いている。
(……俺一人じゃ無理だ。手伝ってもらうしかない。でも、ただで手伝ってなんて言えないし……)
湊は泥だらけの顔を上げ、苛立つリールに向かってフラフラと歩み寄った。
「直します。……でも、二人じゃ絶対に無理です。リールさん、あの瓦礫撤去をしている人たちを、何人か俺に回してください!」
「人? 素人を雇ってどうするの」
「俺が直し方を教えます! この水車の維持費はリールさんが出してるんですよね。彼らの借金免除を給料代わりにして、俺の手伝いをさせてください。そうじゃないと、俺、過労死します!」
半分泣きべそをかきながらの必死な訴えに、リールは目を細めた。
(……なるほど。私がお金を払って修理人を雇うより、彼らの借金と相殺する方が安上がりね。)
「いいわ、好きになさい。でも、明かりが消えたら容赦しないわよ」
リールはあっさりと承諾した。
彼女からすれば、ただの「労働力の配置転換」によるコストカットだ。
湊は急いで五十人の難民たちを集め、震える手で工具の持ち方から教え始めた。
「ここはこうやって松脂を塗るんです。気をつけて、切れた線を素手で触ると、俺みたいに火傷するから……!」
一生懸命に教える湊を、難民たちは真剣な眼差しで見つめ、泥だらけになって一緒に働き始めた。
過酷な重労働から自分たちを救い出し、新しい『仕事』を与えてくれた少年に、彼らの目は強い感謝と忠誠の光を帯びていた。
遠くからその光景を眺めていたオルメイが、呆れたように、だが愉快そうに笑う。
「……あのバカ。自分が何を作っちまったか、分かってねえな」




