第27話 その規模、現実の理につき
翌朝。湊は真っ赤に充血した目で、抽出台が並ぶ広場にリールを呼び出した。
傍らには、昨夜完成させたばかりの不格好な手回し発電機が置かれている。
「……リールさん、見てください。これなら、魔法使いを道具にしなくて済みます」
湊が震える手で重いハンドルを回すと、繋がれた魔導ランプがオレンジ色の光を放った。
だが、リールはそれを見つめたまま、ピクリとも表情を崩さなかった。
「……あら、素敵な『玩具』ね」
「玩具……?」
「ええ。それで、そのハンドルを一人で回し続けて、何軒の家を灯せるのかしら? 一軒? 二軒? 今日、私が用意しなければならない明かりは、仮設住宅街三百世帯分よ」
リールは手帳の数字を叩きながら、容赦のない現実を突きつける。
「湊、『一点突破』ではなく『全体最適』で語りなさい。一個を灯すのは『奇跡』。けれど、三百を灯すのは『生活の基盤』なの。日没までにこの街区を魔法なしで灯してみせなさい。できなければ、予定通り抽出台を稼働させるわ」
* * *
日没まで、あと十時間。
湊は立ち眩みを覚えながらも、隣で腕を組むオルメイを振り返った。
「……オルメイさん。人力じゃ勝てない。昨日作った石鹸用の『水車式圧搾機』、あれを全部発電機に改造させてもらえませんか!」
湊が目をつけたのは、街を南北に貫く用水路に並ぶ、石鹸量産のために急造された小型水車群だった。
「一箇所で大きな電気を作るんじゃない。水車一つにつき十軒分、それを三十箇所で回す『分散型』で行くんだ……!」
既存の水車に磁石を組み込む「改造」なら、ゼロから作るより遥かに早い。
仮設テントへ伸ばした銅線の先で、ランプは弱々しく明滅していた。
「湊! 線が足りねえぞ! 街中に張り巡らすには、工房の在庫じゃとても追いつかねえ!」
オルメイの叫びに、湊は歯噛みした。
遠くへ伸ばすほど、灯りが弱くなる。
中学の理科で聞いた話が、今さら現実として牙を剥いていた。
「……あいつ、最初から分かってて……!」
湊は、広場の端で優雅に茶を飲むリールのもとへ駆け込んだ。
* * *
「リールさん! 銅を……リール商会が抱えてる在庫の銅材を、全部貸してください! 」
リールは待ってましたと言わんばかりに、一枚の書類を差し出した。
「『貸付契約書』よ。これに同意するなら、商会の倉庫を解放してあげるわ。」
湊は書類を見下ろした。
細かな文字で埋め尽くされた契約条件。
利息、返済義務、設備所有権――。
「……これ、最初から用意してたんですか」
「もちろん。あなたは必ず、銅を欲しがると思っていたもの」
湊は唇を噛み、震える手で署名し再び現場へ走った。
* * *
太陽が西の空に沈みかけ、街に長い影が落ちる。
リールが抽出台の前に魔法使いたちを並べ始めた。
彼女たちの顔には、恐怖と諦めが浮かんでいる。
「時間よ、湊。――試してみなさい。」
湊は、用水路沿いに並ぶ三十基の水車を見つめた。
松脂と蜜蝋でベタつく手で、木製の配電盤に取り付けられた巨大な銅のスイッチを握る。
「……灯れ。頼むから……灯ってくれ……!」
ガチャン、と鈍い音が響く。
一瞬の静寂。
次の瞬間、暗闇に沈みかけていた三百の仮設テントに、一斉にオレンジ色の光が灯った。
「光った……本当に、光ったぞ!」
「これで魔法使いを、繋がなくていいんだ……!」
住民たちの歓喜の叫びが、夜の空気へ溶けていく。
抽出台の列から、呆然とした魔法使いたちが解放されていく。
湊はその場に膝をつき、肩で激しく息をしながら、自らが作り出した光の海を見つめていた。
リールは静かに手帳を閉じ、湊の隣に歩み寄った。
その顔には、初めて微かな、そしてどこか恐ろしい笑みが浮かんでいた。
「見事ね、湊。これでアラインカプスは、世界で初めて『魔法』から独立した力を手に入れたわ。……さて、次は『光の値段』を決めましょうか?」
「値段……?」
「ええ。この光を維持するには、水車の整備代も、私の貸した銅の利息も必要よ。これからは、光る度にお金が落ちる仕組みを作らないとね」
救われた安堵と同時に、湊の背中に冷たい汗が流れた。




