第26話 その渇望、非人道への拒絶につき
第1章『文明開化編』を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
前章のラスト、凄惨な戦いの果てに湊が目にしたのは、魔法使いを「資源」として使い潰す世界の残酷な現実でした。
「知識が人を傷つけるなら、もう何もしたくない」
一度はそう絶望した湊が、それでも立ち上がらざるを得なかった理由。
そして、彼が「現代の知恵」で最初に挑む、世界への反逆の一歩を描きます。
それでは、第26話、開幕です。
アラインカプスの再建は、湊が想像していたよりもずっと残酷なスピードで進んでいた。
瓦礫の山となった広場には、リール商会が手配した「魔力抽出台」が並べられ、そこには疲弊した魔法使いたちが列を作らされていた。
「効率を考えれば、これが最善でしょう。彼女たちは魔力を提供する代わりに、リール商会から食料と安全を保証される。相互利益の関係でしょう?」
湊はその光景に、激しい吐き気を覚えた。
「……あんなのは、人間扱いじゃない。彼女たちは『道具』じゃないんだ!」
「なら代わりの方法を用意できるの? 明日の夜には、仮設住宅の灯りが必要なのよ。……ねえ湊、理想を語るなら、それを支える『力』を持ってきなさい」
湊は拳を握りしめ、逃げるようにその場を後にした。
* * *
「オルメイさん! 磁石はありますか!? あと、できるだけ細く伸ばした銅の線を、ありったけ!」
工房に飛び込んできた湊の剣幕に、オルメイは驚いて槌を止めた。
「磁石と銅線? 湊、藪から棒に何を……。そんながらくたを集めてどうするんだ」
「電気を作るんです。魔法使いを酷使しなくても、ただの『回転』を光に変える方法がある……はずなんです!」
湊は、必死に記憶の断片をかき集めていた。
(……落ち着け。右手? 左手? ……違う、理屈は後だ。磁石を動かせば、銅線に何かが起きるはずなんだ!)
「……磁鉄鉱なら、建材の選別で弾いたのがいくらかある。銅線も、装飾用に引いたやつならあるが……湊、お前の言う『回転』で雷が起きる理屈を、俺にも分かるように説明しろ」
「磁石の周りには、目に見えない……ええと、『力の影響』が出ているんです。その中で、銅線をぐるぐる巻きにした束を動かすと、電気が無理やり引きずり出される……そんなイメージです!」
湊の熱に押され、オルメイは作業を開始した。
しかし、そこからが『地獄』の始まりだった。
「湊、まただ! 回した瞬間に煙が出やがったぞ!」
「……ショート? いや、火花が出るってことは、電気が逃げてるんだ。一本一本、電気が漏れないようにコーティングしなきゃ……」
「ガトさん、松脂を集めてくれ!それを溶かして、この銅線に塗るんだ」
湊の指示で、ガトたちが集めてきた松脂が火にかけられる。
独特の強い香りが作業場に立ち込め、黄金色の液体が出来上がった。
湊はそれを、剥き出しの銅線に丁寧に塗りつけていった。
(よし、これで絶縁できるはずだ)
しかし、数分後。
パキッ、パキッ
「おい、湊!塗ったそばから剥がれていくぞ!」
「……失敗だ。松脂だけじゃ硬すぎて、少し曲げただけで割れるんだ……。教科書や動画じゃ、あんなに上手くいきそうだったのに」
湊は額の汗を拭い、焦燥感に駆られながら必死に記憶の断片を繋ぎ合わせる。
「乾いちまうのが問題なんだろ?乾かねえように油さしてみるか?」
「……あ、そうだ……油だ。柔軟性を出すために、何か混ぜなきゃダメなんだ。……蜜蝋!オルメイさん、蜜蝋はありますか!?松脂と蜜蝋を混ぜて、粘り気を出せば、今度こそ……!」
湊は鍋で溶かした煮え立つ液体に、細い銅線を潜らせた。
「熱っ……! くそっ、固まるのが早すぎる!」
指先を火傷しながら、湊は乾く前の銅線を必死に引き伸ばしていく。
三度目の挑戦。
「……動かない?何が悪いんだ? 磁石が遠いのか? 巻き方が甘いのか?」
湊は乱暴に額の汗を拭った。
リールが言った「明日の夜」という期限が、心臓の鼓動を早める。
「……もう一度、もっと細く、もっと密に巻くんだ。オルメイさん、銅線を極限まで細く引いてください。俺が全部、手で巻き直します」
* * *
深夜。
工房の中には、二人の荒い鼻息だけが響いていた。
指先は松脂と蜜蝋でベタつき、感覚はとうに麻痺していた。
(教科書に載っていたあの一行の裏に、こんな苦労があるなんて……。科学者ってのは、みんなこんな思いをしてきたのかよ……!)
四度目の正直。
湊は、オルメイが髪の毛ほどにまで引き伸ばした銅線を、木製の芯に八百回以上、血の滲むような思いで巻き付けた。
「オルメイさん、お願いします……!」
「ああ。……今度こそ、灯れよ!」
オルメイが渾身の力でハンドルを叩きつけた。ガタガタと不格好な音を立てて、磁石が回転を始める。
チカッ。
「……光った!?」
一瞬、本当に微かな、消え入りそうな橙色の光。
オルメイが叫び声を上げながらさらに回転を速めると、ランプは弱々しく、しかし確かに、夜の工房を照らし始めた。
「灯った……。魔法使いも、回復薬もなしに……俺が回しただけで、光が灯ったぞ!」
オルメイが子供のように歓喜の声を上げる。
湊はその光を見つめながら、糸が切れたようにその場に座り込んだ。
弱々しい光が、夜の工房を震えるように照らしていた。
(物理法則という名の、冷徹だが公平なルール。……神様、あんたがチートスキルをくれなかったおかげで、俺はこれの価値が、死ぬほどよく分かったよ)
工房の入り口に、いつの間にかリールが立っていた。
「……ふふ。これで、彼女たちは私の手の中ね」
誰にも届かない声が、夜の工房へ溶けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第2章の最初の一歩は、「電気」でした。
現代人にとっては当たり前の光。
しかし、絶縁体すら存在しない世界でそれを作り出すことが、どれほど狂気じみた執念を必要とするのか。
少しでもその熱量が伝わっていれば幸いです。
「磁石を動かすと電気が生まれる」
教科書だと一行で終わる話ですが、原理を知っていても、「作れる」とは限らない。
今回はそこをできるだけ泥臭く描きたかった章でした。
リールが突きつけた「理想を支える力を。出せないなら魔力(命)を使う」という二択。
それに対し、湊が示した第三の答え。
ここから、湊の本当の戦いが始まります。




