第24話 その沈黙、惨劇の後の牙につき
アラインカプスの防壁の上には、硝煙とコンクリートの粉塵が立ち込めていた。
湊の耳元で、ガトが流した血の臭いと、焼けた鉄の臭いが混ざり合う。
「……湊、来るぞ」
ナノが低く鋭い声を上げた。
* * *
数キロ先、ヴァレー領の境界。
非人道魔導兵器『雷電』の周囲では、熱せられた木の桶から立ち昇る蒸気が、夕闇を白く染めていた。
「出せ、まだ出せるはずだ! エレナ、魔力を絞り出せぇ!!」
狂った領主が、加熱しすぎて火を吹き始めたレバーを力任せに引く。
桶の中の回復薬は沸騰し、エレナの白い肌には強制的な魔力還流によって青白い血管が浮き上がっていた。
彼女の意識はとうに途絶えている。
ただ、湊が教えた術式回路が、彼女の命を燃料として「定格」を無視した出力を維持し続けていた。
――ガツッ、と不吉な金属音が響く。
発射の衝撃と熱で膨張したレールが、二射目にしてその並行を完全に失った。
――カッ!!
光が走った。
一射目をも凌ぐ凄まじい雷光。
だが、歪んだレールから放たれた鉄塊は、標的であるリール地区を大きく逸れ、アラインカプス中央部――領主の館へと吸い込まれていった。
『崩壊』
激突した瞬間、館の尖塔は蒸発し、衝撃波が巨大な石造りの建物を内部から粉砕した。
爆発した瓦礫が雨のように降り注ぎ、旧時代の象徴であった館は、わずか一秒でただの石山の残骸へと成り果てた。
アラインカプス領主は、その瓦礫の下に消えた。
その光景を見届けた瞬間、ヴァレーの兵器から黒い煙が噴き出した。
木の桶は発火して燃え上がり、回路は焼き切れ、『雷電』は沈黙した。
「終わりだ」
ナノが風のように駆け出した。
反動で自壊し、動けなくなった兵器の元へ、一瞬で距離を詰める。
取り乱し、壊れたレバーを叩き続ける領主の首筋に、ナノの漆黒の剣が突きつけられた。
「……ひっ、あ、ああ……」
領主は腰を抜かし、泥の中にへたり込んだ。
軍に見捨てられ、神の力を失った彼は、もはやただの哀れな老人でしかなかった。
* * *
湊は、ナノに続いて現場へたどり着いた。
燃え盛る木の桶。
その中から、ナノがボロボロになったエレナを抱き上げる。
「エレナ! エレナ!!」
湊が叫びながら彼女の手を取る。
しかし、かつて石鹸を喜んでくれた彼女の手は冷たく、指先は魔力の過剰流動で細かく震えていた。
彼女は辛うじて息をしていたが、その瞳はどこまでも空虚で、何も映してはいなかった。
「……湊、見て」
リールが、いつの間にか背後に立っていた。
彼女は汚れた扇子を捨て、真っ白な布で自分の頬についた煤を拭いながら、街の方を指差した。
瓦礫の中から這い出してきた民衆たちが、こちらを凝視している。
「……ひ、化け物だ」
「あいつが、あの娘が……俺たちの家を、領主様を……!」
一人が叫ぶと、それは瞬く間に伝染していった。
リールの声は、冷徹なほどに透き通っていた。
彼女はパニックに陥った群衆の前に進み出ると、ひときわ高い声で宣言した。
「皆様、安心なさい! 暴君は捕らえられました! そして……二度とこんな悲劇を招かないためにも魔法使いたちは、今後リール商会の厳格な『保護』の下に置くことを約束します!」
民衆から、歓喜とも安堵ともつかない怒号のような声が上がる。
湊は、エレナの震える手を握りしめることしかできなかった。
焼け焦げた回路から、ぱちぱちと火花が散っていた。
民衆の歓声の中で、リールだけが静かに微笑んでいた。
エレナの手は、まだ小さく震えていた。




