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その知恵、世界の礎(いしずえ)につき ~現代知識で異世界を便利にしたら、女商人と共に世界の道理を書き換えていた~  作者: カミツキ
文明開化編

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第20話 その刃先、三賢の議論につき

アラインカプスの街並みを窓越しに見下ろしながら、湊は羽ペンを走らせていた。


ヴァレー領でエレナという魔法使いに出会ったことで、湊の中にある「魔法」への疑問が限界に達していた。


「――つまり、この世界の魔法は、一人につき一つの属性しか行使できないのですか?」


傍らで剣の手入れをしていたナノが、視線を上げることなく淡々と答える。


「ああ。属性は生まれつきの才能なんだ。火、水、雷、土。人はその内の一つを背負って生まれてくる。後は特殊なやつだな、治癒魔法もそのひとつだ。」


「発動には『詠唱』と『術式』がある、と以前聞きましたが……」


「使い分けの問題だな。詠唱は瞬間の放出。術式は現象の固定。術式は物に陣を刻み、術者が魔力を流し続けることで効果を維持する。……ただし、代償は重い」


ナノは愛剣の刃に指を添え、冷たく言い放つ。


「魔力回復薬を飲んだところで、削れた精神力――疲労までは戻らない。無理をして術式を使い続ければ、精神が焼き切れ、抜け殻になるか、そのまま事切れるだけなんだ」


湊は手を止めた。


『精神力は回復しない。』


それは、人間を無限のエネルギー源にすることへの、残酷なまでの制限だった。


「それに」


ナノが窓の外、天を突くようにそびえ立つ巨大な石造りの城壁を顎で示した。


「魔法は万能ではないんだ。術者の力量によって、威力も量も、決定的な差が出る。あの壁もそうだ。ただ土魔法の使い手が力任せに石を押し上げ、積み上げたに過ぎない」


「……押し上げた、だけですか?」


「ああ。そうすれば形にはなるからな」


(――そういうことか……)


土魔法で石を積めるなら、誰も滑車なんて作らない。


 魔法は便利すぎた。


だからこの世界は、『道具を工夫する文明』に進まなかった――。


「では、術式には他にどんな——」


ナノが、剣の手入れをしたまま片手で本を差し出した。


「読め。私が説明するより早い」


湊は、ゆっくりと羽ペンを置いた。


* * *


同じ頃、リール商会の工房では、重苦しい空気が漂っていた。


「……駄目だ。使い物にならねえ」


鍛冶師のオルメイが、完成したばかりの鉄の鍬を床に放り投げた。


鋭い金属音が響き、鉄の刃先が呆気なく粉々に砕け散る。


「ひぃっ、また割れたんですか!? 」


イベリーが、涙目で叫んだ。


工房の影で、リールが静かにその惨状を見つめていた。


「オルメイさん。火の魔法使いを雇って温度を一定に保たせることはできないの?」


「無理だ。魔法使い連中には自分たちの火力が一番だという誇りがある。焼き入れの温度が毎回違えば、鉄は脆くなるか、鉛のように曲がるかの博打になるんだ」


「かと言って、こんなすぐ壊れるものを安く売ったら、今度は修理の依頼ばかりで私たちが過労で倒れちゃいますよぅ……」


頭を抱えるイベリーの愚痴に、リールは扇子を口元に当て、目を細めた。


「安価に普及させ、かつ……壊れても『私共の商会でしか直せない』仕組み……オルメイさん、農具で一番よく壊れて、修理に持ち込まれるのはどこ?」


「そりゃ土を掘る『刃先』の部分だろ。柄の木とか根元の部分の修理依頼はあんまり来ねえな。」


「なら、話は早いわね」


リールがバンッと机を叩いた。


「全部を鉄で作るのをやめましょう。壊れる『刃先』だけを交換できるように作れないかしら?」


「……なるほどな! 本体は安物の青銅や木で作り、刃先だけを鉄で作って『びょう』で留めるんのか! それなら……」


「あっ! 壊れた刃先だけを新しいのに付け替えれば、修理もすごく簡単そうです!」


イベリーが弾かれたように顔を上げる。


「よっしゃ、ちょっとやってみるか!」


(本体さえ普及すれば、刃先の供給はこちらで握れる。最高だわ)


* * *

「――なるほど。刃先を交換式に……すごくいいですね」


湊は刃先の試作品を手に取り、すぐに眉をひそめた。


「でも、まだ『焼き入れの温度がバラバラになる問題』が残ってますよね?」


数時間後。

工房に顔を出した湊は、三人が自力で導き出したその仕組みを称賛した後、自身の案を提示した。


「ですから、この『温度を一定に保つ魔法の炉』を作ればいいんです」


「魔法の出力を、一定にする、と?」


「はい。石の炉に術式を彫り込んで、そこから一定の熱だけが出るように固定するんです。これなら術者の力量に関わらず、焼き入れの失敗はなくなります」


「……炉を作り直せば、できるな」


「でも、魔法使いは自尊心が高いと聞きました。こんな鍛冶屋の隅で、魔力を流し続けるだけの『熱源』みたいな地味な仕事、誰も引き受けてくれませんよね?」


「ああ。あいつらは、自分の火が裏方仕事に使われることを、侮辱だと考えるだろうな」


オルメイの言葉に、湊は一つの解決策を口にした。


「ですから、炎の才能はあっても火力が弱く、冒険者になれなかった人たちに依頼するんです。この術式なら、微弱な魔力でも十分に機能するはずです。仕事がなく、困っている彼らに仕事と寝床を提供できる。……みんな幸せですよね?」


湊は微笑んだ。


リールは少しだけ目を丸くし――やがて、口元を隠し、静かに喉を鳴らした。


「……ふふっ」


「え? なにかおかしいこと言いましたか?」


「いえ。湊は本当に……『優しい』のね。」


リールは、いつもの穏やかな商人の笑みを浮かべた。


「いい案だわ。彼らもきっと喜んでくれるはずよ」


(ええ。……喜んで、この仕事に『しがみつく』ことでしょうね)


「ですよね? よかった、リールさんにも賛成してもらえて。これで人員の問題も解決ですね」


(これで、彼らはもう壊れなくて済むわ)


リールもまた、穏やかな笑みを返した。


工房の炉では、術式の刻まれた石が、一定の熱を吐き続けていた。


誰の感情にも左右されず、ただ決められた通りに。


まるで、新しい時代の心臓のように。

第20話お読みいただきありがとうございます。


今回は、この世界の魔法の制限や、これまで道具が発展しなかった理由など、物語の根幹に関わるお話でした。


一人一属性の制限、精神力が焼き切れるというリスク。


魔法という便利すぎる力があるがゆえに、個人の才能ばかりが重視され、「誰でも同じように使える道具を工夫する」という文明の発展が停滞していた世界です。


いよいよ世界の道理が書き換わり始めます。

次回もお楽しみに!

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