第18話 その転動、依存の加速につき
ヴァレー領へと向かう馬車の中は、かつてないほどに快適だった。
完成した「鉄の輪」を焼き嵌めた車輪は、荒れた石畳や泥道をものともせず、滑るように地を噛み、突き進む。
湊はその静かな揺れに身を任せながら、窓の外を流れる景色を眺めていた。
「すごいな。鉄の輪をつけただけで、こんなに馬車って速くなるんだ……」
「本当ね。オルメイさんには感謝だわ。これがあれば、私たちの製品がより鮮度を保ったまま、より遠くの『胃袋』へ届けられるわよ」
リールは優雅に扇子を動かしながら、満足げに目を細めた。
湊はふと、拠点で訓練に励む仲間の顔を思い出した。
「ナノも、自分の魔法で刃こぼれしてたって言っていましたし。この鉄のこと知ったら、きっと喜びますよ!」
優秀な魔剣士が、折れない鉄の剣を手にする。
それは湊にとって、仲間がより安全に戦えるようになるという純粋な喜びだった。
「えっ?」
「武器はまだ作らないわ」
湊は拍子抜けした声を上げた。
「そうね……。まずは工具や農具辺りかしら。まあ、農具も武器にはなるけれど、剣よりはましでしょう。」
「でもリールさん。領主に剣とか盾とか鎧とかを作って売ったほうが、今より全然稼げますよ! 鉄の装備なんて、どの領主も喉から手が出るほど欲しがるはずだし」
それを聞いたリールは、ふっと小さく吹き出した。
彼女は湊の顔をじっと見つめ、小さく笑った。
「あなた、本当に向いてないわね」
リールの声から、いつもの柔らかさが消え、商会の主としての鋭利な響きが混じり始めた。
「例えば、この馬車」
リールは鉄輪のはまった車輪を軽く叩いた。
「これが普及すれば、他領はもう昔の速度には戻れない。速い物流に慣れた市場は、もっと速く、もっと大量に商品を欲しがるようになるわ」
「……あ」
「一度依存したら終わりよ。自分たちで作るより、私たちから買った方が安いんだもの」
「依存……?」
「そう。次に必要なのは、私たちを守る『盾』ね」
リールは淡々と告げた。
「市場だけ握っても、奪われたら意味がないもの」
リールの指先が、一定の間隔で窓枠を叩く。
カツ、カツ、カツ――。
その音を聞いていると、湊はなぜか落ち着かない気分になった。
「で、最後に『武器』よ。これは、作り方は徹底的に守って、完成品だけを売るわ」
リールはそこで言葉を切り、湊に悪戯っぽく、しかし冷たく微笑みかけた。
「壊れても、私たち以外には直せないようにするのが理想ね」
「……」
* * *
馬車がヴァレー領の境界を越える。
鉄の輪が地面を噛む乾いた音だけが、静かな野原へ長く響いていた。
「さあ、見えてきたわ。私たちの『真心』を、あの領主様にもたっぷりと味わってもらいましょう」
夕日に照らされたリールの横顔には、いつもの柔らかな笑みが浮かんでいた。




