表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その知恵、世界の礎(いしずえ)につき ~現代知識で異世界を便利にしたら、女商人と共に世界の道理を書き換えていた~  作者: カミツキ
文明開化編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/53

第16話 その凝縮、山を越える牙につき

赤茶色の煉瓦が並び、通りに「ファーガスの揚げ串と濃厚スープ」の香ばしい匂いが漂い始めると、新商業区の熱狂はもはや制御不能なレベルに達していた。


アラインカプス領内だけでなく、険しい山を越えた隣領「ヴァレー領」から、数日かけてやってくる者まで現れ始めていたのだ。


だが、その絶頂の裏側で、湊は頭を抱えていた。


「……どう計算しても、数字が合わない。これ、完全にパンクしてるな」


「湊さん、もう限界です……!今日も開店一時間で骨も端材もなくなっちゃいました。ヴァレー領から来たっていうお客さんが『せっかく山を越えてきたのに一口も飲めないなんて!』って泣き出しちゃって……」


イベリーが差し出した手鍋の中には、水分が完全に飛び、真っ黒でドロドロとした「何か」がこびり付いていた。


「お客さんの対応で手が離せなくて……気づいた時にはもう」


「二人とも、どうしたの?」


そこへ、扇子を揺らしながらリールが優雅に姿を現した。


「リールさん。イベリーがスープを煮詰めすぎちゃったんです。」


「あら、本当。……ヴァレー領から来たお客様が、一口も飲めずに帰られたんですって。あんな遠くから来てくださったのに、本当に胸が痛むわ……」


リールは慈愛に満ちた表情で鍋を覗き込む。


「すぐに洗ってきます!お湯を持ってきて!」


イベリーは慌てて熱々に沸いたお湯を、その「黒い塊」がこびり付いた鍋に注ぎ込んだ。


すると、ジュウッという音と共に、鍋の中にあった黒い塊が溶け出し――


一瞬にして、見慣れた「白濁したスープ」へと姿を変えた。


「……あ」


立ち上る香りは、紛れもなく屋台で出しているあのスープのものだった。


それを見たリールが、静かに呟く。


「……不思議ね。あんなに無残に固まっていたゴミのような塊が、お湯を注いだだけで『元の姿』に戻るなんて。これなら、腐る心配も重い樽を運ぶ苦労もなくて済みそうかしら。……たとえば……あの高い山を越えたヴァレー領にまで、この味を届けることも」


「……お湯を注ぐだけで、元通り……。ヴァレー領……?」


「リールさん、これ大発見ですよ!徹底的に煮詰めれば、スープをこの『塊』にできるんだ。これなら、ヴァレー領の人たちにも届けられます!」


無邪気に笑う湊の隣で、リールは黒い塊を静かに見つめていた。


「素敵ね。そんなことができたら、きっと向こうの人も喜ぶわ」


* * *


数日後、湊の手には、黒く輝く小さな樹脂のような塊が握られていた。


「これを運んで、あっちでお湯に溶かせば、この屋台と同じ味が再現できます!これならリールさんの言う通り、どこへだって運べますよ!」


「素晴らしいわ、湊。これなら荷馬車一台で、数万杯分の『真心』を運べるわね」


リールは黒い塊を指先で転がした。


拍子抜けするほど軽かった。


それなのに、山の向こう側の食卓まで変えられる。


湊は、黒い塊を両手で包んだ。


だがリールは、それとは別の価値を見ていた。


(……第二段階。意外と早く済みそうね)


商会の荷馬車は今日も山道を越え、小さな黒い塊をヴァレー領へ運び始めていた。


リールは遠ざかる荷車を眺めながら、静かに目を細める。


(人は、お腹を満たしてくれる相手を嫌いにはなれないものね)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ