第14話 その端材、銅貨の屋台飯につき
大工房の厨房には、高級な「ファーガスの燻製肉」を仕込む過程で出た、大量の骨と筋張った肉の切れ端が山積みになっていた。
「湊さん、お肉のいい部分は燻製に回しましたが、この骨と筋ばかりの端材はどうしましょう?」
イベリーが困ったように首を傾げる。
「いつもは森に捨てて獣の餌にするか、穴に埋めて捨てているんですが……」
「えっ、捨てる!? 嘘でしょ、これ全部『旨味の塊』じゃないですか!」
彼はすぐさま、潤沢になった油と捨てられるはずだった端材を使い、新しい料理の開発に取り掛かった。
湊は骨を石で叩き割り、露出した骨髄ごと巨大な鍋へ放り込んだ。
強火で煮立て続けるたび、鍋の中では脂と旨味が溶け合い、透き通っていた湯が次第に白く濁っていく。
立ち上る匂いは暴力的だった。
空腹の胃を直接殴りつけるような、濃厚な肉と脂の香り。
――ファーガス白湯スープ。
スープが白く濁り始めた頃、湊は筋張った肉の切れ端を叩き台に並べた。
それを、惜しげもなく大量の油でカラリと揚げる。
「よし、完成! 端材の串揚げと、濃厚スープのセットだ!」
揚げたての串と白濁スープから立ち上る、脂が焼ける暴力的なほど香ばしい匂い。
一口試食したリールは、驚きに目を見開いた。
「……信じられない。これが、捨てていたものから?」
「これを銅貨一枚で売りましょう。疲れた体に上品な味はいらないです!」
* * *
その日の昼。
大工房の敷地の外れ、街道沿いに小さな屋台がポツンと立てられた。
風に乗って、油と肉の食欲をそそる匂いが、街道を歩く行商人や、近くで働く木こり・人夫たちの鼻を直撃する。
「おい、すげえいい匂いだが……ここは高級な石鹸とか肉を売ってる商会の場所だろ? 俺たちじゃ買えねえよ」
匂いに釣られてフラフラとやってきた労働者たちに、イベリーが満面の笑みで声をかけた。
「こちら、ファーガス肉の揚げ串と濃厚スープのセットで、『銅貨一枚』になります!」
「ど、銅貨一枚!? 麦粥より安いじゃねえか!!」
屋台は瞬く間に大行列となった。
用意した端材は、あっという間に銅貨の山へと変わっていった。
少し離れた工房の二階から、湊とリールはその熱狂を見下ろしていた。
「ふふっ、湊。この調子なら、今まで日当として銅貨一枚で働いてもらってたけど、これからは銅貨三枚……いいえ、銅貨五枚で働きに来てもらってもいいわ」
「銅貨五枚!? どうして急に依頼料をあげるんですか?」
「だって、せっかく働いてもらって、みんなあんなに美味しそうに食事をしているのよ? 依頼している金額が銅貨一枚なんて周りに知れたら笑いものよ」
「リールさん……! リールさんって、ホント良い人なんですね!」
だが、窓の外を見つめるリールの瞳の奥には、一切の温もりなどなかった。
(彼らは働いて、ここで食べて、ここで眠る。つまり、払ったお金は外へ逃げない。……いい循環ね)
リールは窓の外の行列を眺めながら、静かに口元を吊り上げた。
(だから今は、利益より『依存』を作る方が大事なのよ)
「湊、この区画に労働者たちが安く泊まれる『住居』と、丈夫な作業着を売る『服屋』も作りましょう」
「住居に服屋まで……。福利厚生まで完璧にするなんて、本当に至れり尽くせりですね!」
「ええ…。すべてあなたのおかげよ」
湊の感嘆をよそに、リールは内心で続けた。
「それにね、湊。銅貨一枚なんて、原価ギリギリで儲けは薄いように見えるでしょう? でも、これに薄く切った『本物のファーガス肉』を一枚添えて、銅貨三枚で売ってみなさい? あなたならどうする?」
「え? うーん、もし給料が上がって手元に余裕があったりしたら、せっかくだし銅貨三枚の方を選びますね……はっ!?」
湊は、窓の外の行列をもう一度見た。
「でもリールさん、これだけ僕たちが独占して安売りを続けたら、近隣の食堂や屋台から恨まれたりしませんか?」
「ええ、いいことばかりじゃないでしょうね。間違いなく彼らは干上がって、私たちを逆恨みするわ。……でも、それは『対処』できるわ。今はとにかく、この街を大きくすることが先決よ」
リールは行列を作る市民たちを指し示した。
「いい? 湊。この銅貨一枚の商売は、あくまで『街をデカくするための撒き餌』なの。王都の貴族たちは、『本物』に飢えているわ。一度贅沢を覚えた人間は、もう安物には戻れないの……」
「…………」
窓の外では、労働者たちが夢中で串肉にかぶりついている。
リールは、行列を眺めながら静かに笑った。
街は、もう動き始めていた。
第14話、お読みいただきありがとうございます。
今回の「骨スープ」や「端材串揚げ」は、現実でいう屋台飯やB級グルメ文化をかなり参考にしています。
特に、捨てられていた部位を工夫して“安くて美味い料理”へ変える流れは、現実の歴史でもよく見られるものだったりします。
便利な場所には人が集まり、人が集まるほど、さらに便利になっていく――。
今回の話は、そんな街が生き物みたいに膨らみ始める瞬間を書いてみました。




