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その知恵、世界の礎(いしずえ)につき ~現代知識で異世界を便利にしたら、女商人と共に世界の道理を書き換えていた~  作者: カミツキ
文明開化編

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第13話 その限界、商業の産声につき

無音の圧搾機によって黄金のナッツオイルが潤沢に絞れるようになり、石鹸の品質はさらに一段階引き上げられた。


大工房はかつてない活気に包まれている。


そんな中、湊は空き時間に先の現象を考察していた。


 (魔法を圧力で『密閉』すると、エネルギーが外に逃げずに定着する……)


圧力をかけるほど、魔法が逃げなくなる。

それは見えない炎を、金属の中に閉じ込めているようだった。


湊は、この物理と魔法の融合がもたらす「バグ」のような現象を、石鹸作りの最大の難関である「釜の加熱」に応用できないかと考えていた。


* * *


湊はオルメイの鍛冶場へと向かった。


そこには、愛剣の刃こぼれをじっと見つめるオルメイとナノ、そして仕上がった道具の確認に来ていたリールの姿があった。


「ナノ、魔力のキレが上がってやがるな。その魔法を剣に乗せりゃ、並の青銅じゃ中から焼き切れちまう。これじゃあ、おまえの踏み込みに刃が追いついてねえ」


「ああ、自分でも驚いているんだ。近頃はどうも、魔力が溢れてしまってね」


「よし、新調してやる。俺が秘蔵してた『魔導硬金』を二重に叩いて、おまえの熱量に耐えうる最高の一振りに仕上げてやるぜ」


熟練者たちが言葉を交わすのをリールが静かに見守っているところへ、湊が姿を現した。


「お疲れ様です。……あ、剣、新しくするんですか?」


「ああ、その予定だ。……湊。今日は何か新しい相談かい?」


ナノの問いかけに、湊はうなずいて羊皮紙を広げた。


「ええ。実はオルメイさんに相談なんです。石鹸の釜を温めるのに、ずっと薪を燃やし続けるのは大変なんです。圧搾機みたいに、魔法を『閉じ込めた』熱源を作れないかなって」


「なるほど。だが湊、いつも手伝っているフィーナは炎魔法を扱えないぞ?」


「そう、だからナノさんにお願いしたかったんです。ナノさんの魔法を使いたいんです!」


湊は、自分が子供の頃に遊んだ「竹の水鉄砲」の動きをイメージしながら、独自の理論を語り始めた。


「魔法をただ箱に入れるだけじゃなくて、こう、ググーッと押し込んで『ぎゅうぎゅう』にできませんか? ほら、出口を塞いで無理やりレバーを押し込むと、中が熱くなるじゃないですか。あんな風に、筒の中を無理やり狭くすれば、釜を一瞬で温められると思うんです!」


「ほう、出口を塞いで無理やり狭いところに、か。……湊、そりゃ『面白い』。俺の打った一番分厚い青銅の筒なら、その『ぎゅうぎゅう』にも耐えられるぜ!」


「また妙なことを思いついたのね。お手並み拝見といかせてもらうわ」


リールも興味深そうに腕を組んだ。


オルメイはさっそく、極厚の青銅を削り出して頑丈な圧力容器を作り上げた。


そこにナノが、炎魔法を一点に集中させて注ぎ込む。


オルメイが水車のギヤを用いた巨大なプレス機を作動させると、「ぎゅうううっ」と重厚な金属同士が軋む音が響いた。


「……よし、少しだけ圧力をかけてみますね」


湊がピストンをさらに押し込もうとした、その瞬間だった。



――パキッ、メリメリメリ……!



分厚い青銅の筒が異常な高熱を持ち、赤熱して水あめのように歪み始めたのだ。


「うわっ、待って! 止めて! これ、青銅じゃ耐えきれない! 一歩間違えたら爆発します!」


湊は慌てて圧力を抜き、ひしゃげた青銅の筒を石の台座に転がした。


ひしゃげた青銅の筒は、赤黒く焼け爛れ、石台の表面さえ溶かしていた。


湊は唇を噛む。


(……足りない……これを耐えられる金属がない)


湊たちが話し合いながら後片付けを始める中、その場に一人残ったリールだけが、ひしゃげた青銅の筒を黙って見つめていた。


筒が触れていた石の台座には、ドロリと表面が溶け、黒く焦げた跡が残っている。


(……あの分厚い青銅を、一瞬でアメ玉みたいに溶かした? もしこれを……)


リールはふと、思考を打ち切るように目を伏せた。


そして、すぐにいつもの商人の顔を作って、歩き出した湊たちを呼び止めた。


「さて、実験はそこまでにしておきなさい。……湊。場所を工房に移しましょうか。」


一行は大工房のメインアトリエへと戻った。


* * *


工房ではイベリーがちょうど、搾りたてのオイルの品質チェックを行っていた。


リールは全員を集めると、机の上に地図と帳簿を広げた。


「いい? 石鹸は順調よ。次は『ファーガス肉』の流通だけど、価格設定はこうするわ。王都や他領への卸値は、超高級品として『銀貨七枚』。でも、この大工房周辺の直轄区画での販売価格は『銀貨三枚』にするわ」


「リールさん、銀貨三枚でも十分高い気はしますが……なんでそんなに価格差をつけるんですか?」


湊の問いに、リールは不敵に笑う。


「集客よ。他所じゃ銀貨七枚出さなきゃ食えない極上の肉が、ここに来れば半額以下で食える。そうなれば、金を持った商人や貴族のお使いが、わざわざこの区画まで足を運ぶようになるわ。それだけじゃないわ、湊、あなたが作った『お風呂』と『乾燥室』をもう一つ用意して頂戴」


「えっ?」


「ここの利用料は銀貨八枚。あの最高級の石鹸を、実際に『使える』場所にするのよ」


「銀貨八枚!? お肉より高いじゃないですか!」


驚く湊の横で、話を聞いていたイベリーが控えめに手を挙げた。


「あの、この木の実の油も、ボアの油と比べてとても綺麗でいい香りがするのですが、何か役立てないでしょうか?」


「(そういえば、母さんが高い美容オイルとか使ってたけど、これも同じ感じなのかな?)……イベリー、その件について心当たりがあるから、あとで試してみるよ」


「いいわねー。お風呂で気に入ってもらえたら、その油と石鹸を買って帰れるようにもしておかなくちゃね」


風呂で体験させ、帰り際に買わせる。完璧なビジネスモデルだった。


しかし、湊はふと疑問に思う。


「でも、ここに買いに来るにしても、全体的に高額すぎませんか? 大体の人は、目玉のファーガス肉だけ食べて終わりになりませんか?」


リールはパチンと指を鳴らした。


「いいところに気づいたわね! 湊、あなたにはこのファーガス肉の『骨』と『切れ端』、それから潤沢に絞れるようになった『木の実の油』を使って、別の食べ物を考えて頂戴!!!!」


「えっ!? こんなもので!?」


「うまく作れたら、それらは『銅貨一枚』で販売するわ」


「銅貨一枚!?」


銀貨の飛び交う話から一転、最低硬貨の登場に湊は目を丸くした。


「ええ。この国は、貴族の数より圧倒的に市民の方が多いわ。そんな市民への『真心』よ。それらを使って料理を作り、市民の鼻と胃袋を鷲掴みにして、人が人を呼ぶ。そうやってこの区画の地位を高めるのよ!」


匂いで人を引き寄せ、銅貨で満足させ、街を活気づける。


湊は現代の屋台街の熱気を想像し、目を輝かせた。


「想像しただけでわくわくしてきますね! 他には? 他はどんなことするんですか?」


「他? 湊、まずは少しずつ着実によ。いずれここにも、他の行商人が店を出すでしょうし……」


「えっ? どうしてせっかく自分たちの店しかないのに、他の商人にも店を出させるんですか?」


「当たり前でしょ。ここは『私』の土地よ? ここで店を出したいって商人が来たら、毎月銀貨数枚払ってくれるならいいわよって許可を出すの。店が増えれば増えるほど、人はここから『離れられなくなる』わ。そうすれば、私たちは何もしなくても、ここに居たい人たちが、勝手に街を育ててくれるのよ」


「す、すげぇー!!」


(リールさんが仲間で、ほんとよかったー……!)


「毎月の銀貨数枚は、最初の努力で増減するわ。だからみんな、気合い入れていくわよー!」


湊は顔を引き攣らせながらも、心の中で全力で神に感謝した。


耐熱の限界という壁にぶつかりながらも、街外れの工房は、したたかな商人の手によって一つの「巨大な商業街」へと姿を変える産声を上げたのだった。

今回の実験回、書いていてかなり楽しかったです。


「魔法を圧縮すると熱量が増す」という現象は、現実の圧力をかけることでエネルギー密度が上がるようなイメージを元にしています。


作中で解説を入れるべきか現象だけにしておくかの線引きって難しいですね(笑)


便利な熱源を作ろうとしていたはずなのに、青銅が歪み、石台まで溶け始めた瞬間、リールだけが別の可能性に気づきかけていましたが今後どうなるのか。


湊は生活を豊かにしたい。

でも、強い技術は生活だけで終わらない。


この世界の「道理」が、また少し危うい方向へ動き始めています。

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