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その知恵、世界の礎(いしずえ)につき ~現代知識で異世界を便利にしたら、女商人と共に世界の道理を書き換えていた~  作者: カミツキ
文明開化編

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第11話 その銭湯、商人の計算につき

巨大水車による攪拌の自動化は、大工房に劇的な変化をもたらした。


かつて地獄のデスマーチのようだった現場には、今や穏やかな時間が流れている。


人夫たちは交代で釜の様子を見守るだけでよくなり、精神的にも体力的にも余裕が生まれたのだ。


そんな中、湊は商会主のリールに一つの提案を持ちかけた。


「リールさん、折り入って相談があるのですが……。あの、レンガの乾燥を早めるための『乾燥室』を作らせてもらえませんか?」


「乾燥室? ……まあ、そうね。石鹸の量産も軌道に乗ったし、予備のレンガが早く仕上がるなら文句はないわ。許可するわよ」


湊はすぐさま、釜の排熱が一番溜まる壁の裏側に、小さな木造の小部屋を増設した。


当初、人夫たちは不思議そうに見ていた。


だが、湊がその熱気が籠もった部屋の中で黙々とレンガを並べる作業に勤しみ、汗だくになって外へ飛び出すと、そのまま冷たい川へダイブする姿を見て、彼らの目は変わった。




「ふー……っ。……整うなぁ」




川面にぷかぷかと浮かびながら、湊は至福の溜息をつく。


乾燥室の熱気で火照った体を、川の冷水で一気に冷やす。


この圧倒的な多幸感こそ、彼が求めていたものだった。


* * *


それから数日後。

味を占めた湊は、再びリールのもとへ向かった。


「あの、リールさん。水冷パイプの出口のところに、もう一つ部屋を作りたいのですが……。今度は『蒸し部屋』です。レンガを蒸気で蒸して、さらに頑丈にするんです!」


「蒸す?レンガを?……よくわからないけど、頑丈にならいいわ。許可するわよ」


(よし……!レンガとか泥を蒸気で蒸すと、化学反応がどうとかでカチカチに頑丈になるっテレビの無人島開拓番組でアイドルたちがやってた。父さん、毎週あの番組を見てくれててありがとう。)


湊は心のなかで、遠い世界の「開拓アイドルと父」に深く感謝した。



湊が突貫で作った「水冷ジャケット」は、青銅のU字板を窯の壁面に並べ、その継ぎ目を『灰色の泥』で塗り固めて密閉した、いわば「半円状のトンネル」である。

入口から注がれた冷水は、窯の熱を奪いながらこのトンネルを通り、最後は泥で塞がれていない末端部分……つまり「出口」から、沸騰間際の熱湯となってドバドバと吐き出される。

湊はこの「熱湯の出口」を囲うように第二の小部屋を作った。

熱湯を熱した石に浴びせ、部屋全体を猛烈な蒸気で満たす。

それがレンガの強度を高める「蒸し部屋」もとい、


――本格的な『スチームサウナ』の正体であった。――



これが人夫たちに大流行した。


仕事の合間や終わりに、レンガを並べるという名目で真っ白な蒸気の部屋に入り、汗を流してから冷たい川に飛び込む。


その爽快感に、荒くれ者たちが次々と虜になっていった。


* * *


「……リールさん。いい加減にしてほしいんだが」


人夫の一人が、代表してリールに詰め寄った。


「あのお風呂で銅貨一枚取るのはいい。だが、あの蒸しの部屋に入るのに追加でまた銅貨一枚取るってのは、さすがに強欲すぎねえか?」


リールは帳簿から顔を上げ、冷ややかに笑った。


「あら、心外ね。あそこは熱気が籠もるから、すぐにカビが生えるのよ。毎日隅々まで磨き上げる手間、誰がやると思ってるの?そんなに嫌なら、自分たちで掃除しなさいよ。……掃除しなくて平気?」


「……っ、掃除するくらいなら銅貨一枚払うよ!」


「ふふ、まいどあり」


リールがにやにやとしながら銅貨を数えていると、工房の入り口に馬車が止まった。


現れたのは、領主館の執事だった。


「……これは、一体何事ですか」


執事は絶句していた。


見たこともない速度で仕上がっていく石鹸の山。


そしてその横で、上半身裸の男たちが「整ったぁ!」と叫びながら川から上がってくる異様な光景。


「あ、執事さん! いらっしゃい!」


リールが慌てて執事の前に立ち、引きつった笑みを浮かべる。


「ええと……これはその、ええ、合理的な設備なのよ。あの水が流れているところは、窯を冷やすための、その……冷やす設備!で、あの蒸気がすごい部屋は……レンガを蒸して、カチカチに強化する、特別な……蒸し、みたいな?とにかく、品質向上のために必要なことなの!」


湊から聞いた理屈を必死に並べるリール。


正直、自分でも何を言っているのか半分も理解していなかったが、「これは凄いことなんだ」と全力で押し通した。


執事は圧倒されつつも、その生産力の高さと、リールの自信満々な態度に感銘を受け、契約が正しいものであったと深く頷いて去っていった。


それを見送った後、イベリーがリールに素朴な疑問を投げかけた。


「リールさん、どうして領主様ではなく、あの方と商談したのですか?」


「……ばかね、イベリー。私みたいなポッと出の弱小商人が、いきなり領主様とお会いできるわけないでしょ。門前払いにされて終わりよ。精一杯のコネを使って、執事さんに繋いでもらったのが限界だったの」


だが、リールの心の声は全く別のことを言っていた。


(ふふっ……本当は、執事さえ味方にすれば領主の財布を直接動かせるからよ。土地も、水源の利用権も、もうこっちのもの。今さら増税しようとしても、水源を握っているのは私なんだから、手出しはさせないわ)


リールは心の中でにやりと笑い、湊が広げた「銭湯」から上がる、銅貨の響きに耳を傾けるのだった。

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