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断罪された最強の女騎士、傭兵少女と地の底から逆襲を開始する 〜冤罪で国を追われた騎士団長は、王国を守るために牙を剥く〜  作者: 十目 イチ


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第9話 禁忌の魔道具

## 第九話:鋼の産声


 港町コークエの喧騒が、遠く潮騒に溶けていく。


 夕闇が街を包み込む頃、アルテアとミーナは、副団長ゼノスが消えていった崖上の旧公爵邸を目前にしていた。


 

 かつては貿易の要衝を見下ろす華やかな別荘だったというその建物は、今や蔦に覆われ、窓は固く閉ざされている。

 だがアルテアの鋭い感覚は、その静寂が偽りであることを感じていた。

 その旧公爵邸の裏手に回り、二人は建物の入口を探す。

 

「……アルテア、止まって。この先、見えない魔力の糸が張り巡らされているわ」


 ミーナが細い指を空にかざす。風の魔力が彼女の指先から、目に見えない波紋となって広がっていく。

 彼女の役割は、単なる後方支援ではない。戦場という盤面を読み、障害を排除する先導者であり、戦術家だ。


「感知の術式か?」

「ええ。機械的というか、執拗なまでの防衛回路。ここを管理している魔術師は、かなりの神経質みたい」


 アルテアは身を低くし、ミーナの合図を待つ。

 かつては王国最強の騎士団を率いた騎士団長が、今は一人の少女の言葉に従い、静かに呼吸を整える。

 その光景は奇妙ではあったが、二人の間には、これまでの戦いによる信頼が生まれていた。


「風の死角を作るわ。三秒だけ。その間にあのバルコニーの影へ」

「了解した」


 ミーナが短く呪文を唱えると、一瞬だけ大気の流れが歪み、二人の存在を背景に溶け込ませた。

 アルテアは音もなく地を蹴る。

 驚くほど軽やかな身のこなしで、ミーナの手を引き、二人は影から影へと渡り鳥のように移動し、屋敷の内部へと潜り込んだ。


 ◇◇


 屋敷の内部は、外観の荒廃ぶりとは対照的に、不気味なほど清潔に保たれていた。

 絨毯は新しく、壁には魔法灯が一定の間隔で灯っている。

 しかし、そこには生活の匂いが一切なかった。 

 アルテアが眉をひそめる。

 

「清潔なのに人がいない……? 聞こえるのは魔力炉の駆動音だけ……」

「アルテア、見て」


 ミーナが指差した先には、床に刻まれた深い「溝」があった。それは人間が歩いてできる擦れ跡ではない。もっと重く、硬い何かが、幾度となく同じルートを往復したことによって削り取られた痕跡。


 二人はさらに奥へと進む。地下へと続く階段を降りるにつれ、空気は次第に冷え込み、代わりに油の匂いと血の鉄臭さが混じった、異臭が鼻を突くようになった。


 

 地下広場へと続く巨大な扉。その手前の小部屋で、二人は積み上げられた書類の束を見つける。

 一番上に乗せられた書類に目を向けると、

 

「……『魔装鎧(まそうがい)・調整記録』。管理責任者……魔術師ヴェール」

 

 アルテアが書類をめくる。

 書類の中には、信じがたい記述があった。

 

『被験体(王家の血)の鮮度維持に関する報告』

『加護の抽出効率、前回比120%を達成。これにより「自律行動」の持続時間が大幅に向上』


「……王家の血? 加護の抽出……?」


 ミーナの声が震える。

 アルテアの拳が、みしりと音を立てて震えた。

 アルテアはかつて聞いたことがあったのだ。王家の血筋には脈々と受け継がれている『加護』という不思議な力が宿っているという話を。

 エリオス王子は死んだことになっている。

 だがもし彼が生きたままどこかに幽閉され、その血を魔力の触媒として搾り取られているのだとしたら。


「……許さない。ルーバス公爵も、これに関わる者すべて……」


 アルテアの瞳に、静かな、しかし苛烈な怒りの炎が宿る。

 

 その時、地下広場の向こうから、複数の足音が近づいてきた。

 二人は咄嗟に、巨大な貯蔵タンクの影に身を隠した。

 重厚な扉が開き、数人の男たちが現れる。その中には副団長ゼノスの姿もあった。

 

 彼は先ほど市場で見せた焦燥をさらに深めていた。傍らに立つ白衣の男が、薄笑いを浮かべながら説明を続ける。


「ゼノス閣下、やはりイゾルデ様が仰った通り、王家の加護は鋼に『魂』を与えました」

「ヴェール殿、『魂』……とはどういうことかね? 私にも分かるように詳しく説明を……」

「承知致しました。ご覧になった方が早いですな。こちらになります」


 ヴェールが合図を送ると、広間の魔法灯が一斉に点灯した。

 そこに広がっていた光景に、アルテアとミーナは息を呑んだ。


 数百体。

 広場の天井まで届くほど巨大な棚に、整然と納められた「鋼鉄の巨人」たち。

 それは騎士が纏う甲冑に似ていたが、決定的に異なっていた。

 関節部は複雑な歯車と魔力導管が剥き出しになり、頭部には瞳の代わりに不気味な紅いクリスタルが埋め込まれている。

 興奮気味のヴェールがゼノスと騎士団の男たちに語る。


「これが意志を持たず、苦痛を感じず、ただ命じられたままに行動する、不眠不休の魔導の兵士。魔装鎧(まそうがい)になります」

「……これが、ルーバス公爵閣下が仰っていた魔道具……」

 

 ゼノスの声には、畏怖と、そして拭いきれない嫌悪感が混じっていた。


「ええ。しかもこれらはまだ『試作品』に過ぎません。王子の血がより純化されれば、さらに強力な個体が誕生するでしょう」


 ヴェールが一体の魔装鎧に近づき、その胸部の術式に触れる。

 ドクン、と。

 地下室全体を揺らすような、不気味な鼓動が響いた。


「……っ」

 

 ミーナが恐怖に耐えきれず、わずかに出した吐息。

 それは、静まり返った工房の中では、あまりにも大きなノイズだった。


「誰だっ!」


 ヴェールの目が細まる。

 ゼノスが反射的に剣の柄に手をかけた。


 逃げ場はない。

 アルテアはミーナの前に一歩踏み出し、腰の『夜帷』を握りしめた。


「感知範囲内に侵入者を確認。……個体識別、不明。排除を開始します」


 ヴェールの声ではない。

 それは、棚に並んでいた一体の魔装鎧から発せられた、感情のない音だった。


 ギチリ、と鋼が軋む音が地下広場に反響する。

 最も近くにいた魔装鎧の紅い瞳が、ボウッと不気味な光を宿し、アルテアたちを捉えた。


「ミーナ、私の後ろに!」


 アルテアの叫びと同時に、鋼鉄の甲冑が床を砕いて降り立つ。

 

 今二人の前に、王国の未来を食いつぶす「鋼の絶望」が立ち塞がった。

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