第10話 託された真実
地下の工房に、鋼鉄が軋む不快な音が響き渡る。
紅い瞳を輝かせた魔装鎧が、床の石畳を粉砕しながら突進してきた。
その巨体からは想像もできない速度。
鋼鉄の甲冑が生物のように、鉤爪のついた腕を振り上げる。
それは王家の加護を歪めて動力に変えた、禁忌の兵器の初動だった。
「ミーナ、支援を!」
「ええ! 風よ、荒れ狂え!」
ミーナが杖を掲げると、彼女の周辺に猛烈な突風が巻き起こる。
その突風が、突進してくる魔装鎧へ向かう。直進しかできない魔装鎧は、風の壁に煽られ、その突進の軌道をわずかに逸らした。
その隙をアルテアは見逃さない。
彼女の手にある『夜帷』が、主の魔力に応えて漆黒の輝きを放つ。
超振動する空気の刃が刀身を覆い、その刃が唸りを上げた。
「……沈め!」
アルテアの踏み込みは、もはや人の目では追えない。すれ違いざまの一閃。
態勢を崩した魔装鎧の重厚な装甲を、空気の刃が紙のように断ち切り、装甲の中心にあった、動力源である魔力回路を正確に破壊した。
鋼の巨体は、体中から火花を散らしながら崩れ落ち、沈黙した。
「……やはり現れたか……団長」
少し離れた場所で、その戦闘の一部始終を見ていたゼノスがアルテアたちの前へと歩み出る。
冷ややかな声と共に、ゼノスが剣を抜き放った。
彼の背後にいた四人の騎士たちが、アルテアとミーナを包囲するように展開する。
「下がっていろ、ヴェール。これは騎士団の身内の問題だ」
ゼノスがヴェールを下がらせると、対峙するアルテアは『夜帷』の魔力刃を解き、構えを取った。
相手は魔獣でも、心なきゴーレムでもない。かつて背中を預け合った同胞たちだ。
「ゼノス、退け。私はお前たちを斬りたくない」
「……ならば、大人しく捕縛されろ!」
ゼノスの斬撃がアルテアを襲う。
重く、鋭い、教科書通りの一撃。
アルテアはそれを最小限の動きで受け流し、柄打ちでゼノスの体勢を崩す。
他の騎士たちも一斉に襲いかかるが、ミーナが放つ風の魔術が、彼らの足元を掬い、連携を乱す。
「無駄だ! お前たちに私は捕まえられない!」
アルテアの叫びと共に、激しい剣戟の火花が散る。
しかし、幾度目かの刃の重なりの中で、アルテアは違和感を覚えた。
ゼノスの剣に殺意がない。
それどころか、彼はわざとアルテアとの間合いを詰め、鍔迫り合いの形に持ち込んだ。力で押し込まれ、アルテアの背中が壁に触れる。
顔と顔が至近距離で重なり、その瞬間、ゼノスの唇が微かに動いた。
(……アルテア様、信じていた。貴女が殿下を殺すはずがないと)
蚊の鳴くような、しかし確かな声。
アルテアの目が見開かれる。
(公爵は……王都の旧王宮の地下に何かを隠している。そこに、全てを覆す『証拠』があるはずだ。今の私は動けない……貴女が行くしかない)
「ゼノス、お前……」
「うぐっ……!」
ゼノスは、わざとらしく弾き飛ばされたように大きく後方へ跳ぶんだ。アルテアのと距離が開くと、背後にいた魔導師ヴェールに向かって叫んだ。
「ヴェール! 奴らの足元を焼け! 逃がすな!」
「ええい、使えない騎士どもめ!」
ヴェールが苛立ち紛れに大規模な火炎魔術を唱えようとしたその時――。
ゼノスが足が滑ったふりをして、ヴェールの詠唱を邪魔するように接触した。
「あ、失礼……!」
「貴様、何を――ッ!?」
魔術の照準が大きく逸れ、工房の魔力タンクが直撃を受けて爆発した。
あっという間に、地下室が激しい煙に包まれる。
「今だ、行け!」
ゼノスの鋭い叱咤が、煙の向こうから聞こえた。アルテアは一瞬だけ彼の顔を見つめ、翻った。
「ミーナ、脱出するぞ!」
「うん!」
混乱に乗じ、二人は地下工房の非常口へと駆け抜けた。
背後ではゼノスが「追え! 奴らが右の通路へ出たぞ!」と見当違いな方向へ部下を走らせる号令が響いていた。
◇◇◇
コークエの街を抜け、夜の街道を駆ける二人の背後に、港の灯火が遠ざかっていく。
「……あのゼノスって騎士。あいつ、わざと逃がしてくれたんだね」
ミーナが息を切らしながら言う。
「あぁ。あいつはあいつなりに、公爵の影で戦っていたのだろう。……私に託したのだ、この国の真実を」
アルテアは夜空の先、王都の方向を見据えた。
……旧王宮の地下。
そこに何があるのかは分からない。
だが公爵が厳重に隠匿している何かが、そこにある。
「行こう、ミーナ。まずは王都への道中にある次の町で、体勢を整える」
「了解! 私たちの反撃はここからだね」
二人の影は、月明かりの下を力強く進んでいく。
王子の暗殺という偽りの歴史を塗り替え、奪われた誇りを取り戻すために。
港町コークエの戦いは、より大きな嵐の序章に過ぎなかった。
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