第11話 再会は酒の香りと共に
コークエを脱出し、王都へと続く街道沿いにある宿場町。
アルテアとミーナは、小休憩を取るべく、町で一番活気のある食堂の暖簾をくぐった。
それなりの広さを持つ店内、香ばしい肉の焼ける匂いと安酒の香りが鼻を突いてくる。
しかし席に座るよりも早く、店の片隅から怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、冗談じゃねえぞ! 散々飲んで食っておいて、金が足りねえだと!?」
恰幅の良い店主が、一人の客に詰め寄っている。
目の前に座っていたのは、見慣れぬ意匠の「刀」を腰に差し、使い古された外套を纏った黒髪の女性剣士だった。
彼女は店主の剣幕に動じる様子もなく、感情の読めない無愛想な顔で、空になった盃を弄んでいる。
「……すまない。計算を間違えた。……少し、飲みすぎた」
短く、低く、どこか鈴を転がしたような涼やかな声。
その聞き覚えのある声と、特徴的な後ろ姿にミーナの体が反応した。
自分がまだ幼かった頃、ギルドの誰よりも懐いていた「姉」の後ろ姿。
「……サギリ姉ちゃん?」
ミーナが恐る恐る声をかけると、女性剣士――サギリがゆっくりと振り返った。
切れ長の瞳がわずかに見開かれる。
彼女は一瞬、何かに迷うように瞬きをしたが、すぐに立ち上がり、ミーナの元へと歩み寄った。
「……ミーナ。……久し振りだな」
「やっぱりサギリ姉ちゃんだ! なんでこんな所に……って、まずはこれ……だね」
ミーナは苦笑いしながら財布を取り出し、未だ顔を真っ赤にした店主に頭を下げながら、足りない分の代金を支払った。
サギリは申し訳なさそうに、しかし至極真面目な顔で「……助かる」と小さく頭を下げた。
◇◇
食堂の隅の席に移り、三人が向かい合わせに座る。サギリの目の前には、ちゃっかり新たに注文した酒が置かれていた。
サギリは対面に座るアルテアを鋭い眼光で一瞥したが、ミーナの連れだと知ると、それ以上の追求はせずに再び盃を口に運んだ。
「隣国……セイナート帝国で一人で活動していた。護衛の依頼で、ちょうどこちらに戻ってきた所だ」
サギリは酒を飲み干し、静かに語り始めた。
「三年前……独立して腕を磨きたいと言って赤狼の牙を出たが、あそこが嫌いになったわけではない。……フロウド団長が亡くなったことは風の便りで聞いた。……バルトは、うまくやっているか?」
ミーナの表情に陰が落ちる。
隣に座るアルテアが、ミーナの肩にそっと手を置いた。
ミーナは震える声で、赤狼の牙に起きた出来事を話し始めた。
信頼していたファビアンという男の裏切り。
赤狼の牙傭兵団の事実上の崩壊。
そして、行方不明となった兄・バルトのこと……。
サギリは黙って話を聞いていた。
その表情は相変わらず無愛想で動かないが、盃を持つ指先が怒りで僅かに白くなっているのを、アルテアは見逃さなかった。
「……そうか。バルトが……」
サギリは空になった盃を机に置いた。
「……すまない、ミーナ。ワタシが抜けた後に、そんなことが起きていたとは」
「サギリ姉ちゃんが謝ることじゃないよ」
「だが……そうか、バルトが……」
サギリは視線を落とし、小さく呟いた。
その変化に乏しい表情からも、彼女の後悔と無念さが滲み出ていた。
俯くミーナに対し、サギリは大きな、しかし細くしなやかな手で、ミーナの頭を慈しむように撫でた。
「……泣くな、ミーナ。ワタシは不器用だから、気の利いた言葉は言えない。だが、お前がここまで立派に立ち向かってきたことは判る」
サギリの言葉は短いが、その内側には確かな熱があった。
彼女は真っ直ぐにミーナを見据えた。
「……ワタシに手伝えることはあるか? 刀を振るうこと以外、何もできないが……」
ミーナは涙を拭い、力強く頷いた。
「うん……お願い、サギリ姉ちゃん。私たちは今、王都の『旧王宮』に潜入しようとしてるの。そこには公爵の陰謀を暴くための大事な何かが隠されてる。……力を貸してくれる?」
「……旧王宮への潜入。……承知した。お前たち兄妹の人生を翻弄した奴らを、ワタシは許さない」
サギリは迷うことなく承諾した。
王都潜入に向け、サギリという大きな戦力が加わった。
ミーナが嘆願するぐらいなのだから、腕は信頼出来るのだろう、と隣でアルテアはそのやり取りを見守っていた。
「……ところで、ミーナ」
サギリがふと、真剣な顔で切り出した。
「何? サギリ姉ちゃん?」
「……さっきも言った通り、ワタシは今、全く金がない。酒代に全て消えた。……潜入までの間、ワタシの宿代も、頼めるだろうか」
そのあまりに情けないお願いに、ミーナは一瞬呆気にとられ、それから吹き出した。
「ふふ、あははは! 全然変わってないね、サギリ姉ちゃん! 腕は超一流なのに、お金はいつも全部お酒に使っちゃってたもんね!」
「……面目ない」
サギリは恥ずかしそうに視線を逸らしたが、その口元はどこか穏やかだった。
かつての仲間との再会。
不穏な王都までの道中に、束の間の、しかし確かな絆の温かさが戻っていた。
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