第12話 王都の灯
宿場町の朝は早い。
霧が立ち込める街道の入り口で、三人は出発の準備を整えていた。
サギリは無言で愛刀の調子を確かめ、ミーナは荷物の最終チェックに余念がない。
そんな中、アルテアは意を決したようにサギリの隣に歩み寄った。
その表情は、かつての騎士団長としての厳格さと、一人の人間としての切実な願いが混ざり合った神妙なものだった。
「……サギリ殿、一つ、私からの我儘を聞いてくれないだろうか?」
サギリは手を止め、静かにアルテアを見つめた。
「……なんだ。金の事なら、もうミーナに借りた」
「そうではない」
アルテアは苦笑し、腰に差した漆黒の細剣『夜帷』に手を置いた。
「この先、王都に近づけば……かつての私の部下、王国騎士団と剣を交えることになるだろう。……彼らを、斬らないでほしいのだ」
サギリの眉がわずかに動く。アルテアは言葉を続けた。
「この『夜帷』は、私の意志で刃を消すことができる。彼らは公爵に欺かれているに過ぎない。……ただ逆賊の私を討て、という命令に忠実に従っているだけに過ぎない。たとえ彼らに裏切り者と罵られようと、私はかつての仲間をこの手で殺める気はない。……これが、私の不殺の誓いだ」
静寂が流れる。
サギリはしばらくの間、アルテアの異なる色を持つ双眸を見つめ、その瞳の奥にある覚悟を推し量っていたが、やがて短く息を吐き、口角をわずかに上げた。
「……王国騎士団は、貴女にとっての仲間なのだろう? であれば、その考え方は当然だ」
サギリは刀を鞘に納め、その柄に手を添えた。そして神妙な顔つきのアルテアの顔をもう一度見つめて、続ける。
「……かつての仲間に剣を向けられるのは、いい気分はしないだろう。それでも貴女の、かつての仲間を憂う気高い精神に、ワタシも最大の敬意を払う。……ワタシもその不殺の誓い、胸に刻むと約束しよう」
「……感謝する、サギリ殿」
アルテアは深く頭を下げた。
正統な騎士道を歩んできた者と、放浪の傭兵団に身を寄せていた者。歩んできた道は違えど、仲間を想う心に境界はない。
二人の間に、確かな信頼の糸が結ばれた瞬間だった。
◇◇◇
王都へと続く街道は、宿場町から遠い場所へ行くほど魔獣の影が濃くなっていく。つまり王都に近付けば魔獣に襲われることは少なくなる。
彼女らが歩いている場所からは、もう王都に近いが、それでもまだ凶悪な魔獣が、街道には時々現れる。
昼過ぎ、三人が鬱蒼とした森に近い街道を通りかかった時、前方から数頭の「剛角熊」が咆哮と共に飛び出してきた。
「来るよ! アルテア、サギリ姉ちゃん!」
ミーナが即座に身を低くし、風の魔力を練り上げる。
「私が引き付ける!」
アルテアが踏み出そうとした瞬間、その横を風のような速さでサギリが通り抜けた。
「……見ていろ」
サギリの動きには、一切の予備動作がなかった。
大股で歩くような自然な足運びで、巨大な熊の懐へと滑り込む。
アルテアの剣術が「洗練された点と線」であるならば、サギリのそれは「流れるような円」だった。
カチャリ、と微かな金属音。
抜刀した瞬間に放たれた一撃は、魔獣の強固な毛皮を易々と裂き、急所を的確に突いた。
サギリはそのまま独楽のように回転し、残る二頭の攻撃を紙一重で回避。
流れるような動作で刀を振り抜き、目にも留まらぬ速さで鞘に納めた。
「……終わりだ」
ドサリ、と巨体が三つ、同時に崩れ落ちる。
アルテアは思わず息を呑んだ。
無駄を極限まで削ぎ落とした、東方の異質な剣技。
「……凄い。やっぱりサギリ姉ちゃんの剣は、見てて惚れ惚れしちゃう」
ミーナが興奮気味に声を上げる中、アルテアもまた、サギリのその剣技に心からの敬意を抱いた。
◇◇◇
旅路を急いだ三人の眼前に、ようやく巨大な城壁に囲まれた街並みが姿を現した。
夕日に照らされた王宮の尖塔が、遠くで黄金色に輝いている。
だが、その美しさは偽りだ。
あの光の下には、王子を陥れ、騎士団を歪めた公爵の陰謀が渦巻いているのだ。
「……王都、か」
騎士団の一員として慣れ親しんだはずの王都が、今では主君を奪い、自らを貶めた陰謀を含んだ伏魔殿のように見えた。
アルテアのその声には、決意と僅かな緊張が混じっていた。
「潜入は夜。……まずは、この先の宿場町で休息を取ろう」
サギリが冷静に促す。
王都の目鼻の先にある最後の宿場町に到着した時、街はどこか殺気立った空気に包まれていた。
騎士団の哨戒が強化され、検問の数も増えている。
いよいよ、偽りの平和を切り裂く戦いが始まろうとしていた。
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