第13話 旧王宮の深淵
王都の喧騒が眠りに落ちた深夜。
月明かりに照らされた旧王宮は、かつての華やかさを奪われ、巨大な墓標のように沈黙していた。
以前は美しい庭園や豪華な回廊が一般公開され、観光客で賑わっていたこの場所も、今は「修繕中」という無骨な立て札によって拒絶されている。
しかしその周囲を巡回する兵たちの足音は、修繕工事とは無縁の殺気を孕んでいた。
この旧王宮の庭園まで忍び込んだ三人は、庭園のモニュメントに身を隠し、そびえ立つ王宮の周りをじっくりと観察していた。
「……修繕中、ね。深夜にこれだけの重装歩兵を配備するほど、熱心な大工仕事があるなんて初耳だよ」
ミーナが風のざわめきに耳を澄ませ、低く呟く。
「隠し事は下手なようだな。……行くぞ」
サギリが影に溶け込むように踏み出す。
彼女の隠密術と、ミーナが周囲の音を消し去る風の結界が合わさり、三人は音もなく、警備の網をすり抜けて王宮内部へと潜り込んだ。
◇◇
内部にも警備が巡回していたが、それらをやり過ごし、三人は旧王宮の最深部を目指す。
ミーナの風の魔術は三人の足音を完全に消し去る。そして、アルテアとサギリが警備の足音を聞き分け、最善のルートを辿っていく。
迷路のような地下通路を降り、辿り着いたのは、地図にさえ記されていない最深部の巨大な石室だった。
そこで三人が目にしたのは、幻想的で、かつ生理的な嫌悪感を催す光景だった。
青白く光る巨大な魔導水晶。
その中心に、アルテアのかつての主君、エリオス第一王子が囚われていた。
青白く生気の失せた顔色。
眠っているように見えるエリオス王子の体は水晶体の中で宙に浮いているようにも見える。
だが王子の体からは、血管のように脈動する無数の魔力導管が伸び、水晶体の側に設置された不気味な装置へと繋がっている。
「……エリオス殿下……」
アルテアが、フラフラと吸い寄せられるように石室の中央へと歩み寄った。
生きていた……その安堵に胸が震える。
しかし、あまりにも無惨なその姿……生ける動力源として、自らの魔力と精神を搾り取られ続ける光景に、彼女の指先は激しく震えた。
「なんてことを……! こんなことが、許されるはずがない!」
「許す、許さないの問題ではないよ、アルテア」
アルテアの意図せず漏らした声に、背後の暗闇から、冷徹で自信に満ちた声が応えた。
三人が一斉に振り返ると、そこには純白と蒼の軽甲冑に身を包んだ男が立っていた。
アルテアが目を見開き、呻くように声を出した。
「……ベルガ、貴様か」
ベルガと呼ばれたその男の腰には、形状が『夜帷』と似た、魔法細剣『蒼氷』が帯びられていた。
アルテアの声に、地を這うような怒りが混じる。
「今すぐエリオス王子を解放しろ。……貴様、自分が何をしているのか解っているのか!? 騎士として、人として、一線を越えているぞ!」
ベルガは表情を一つ変えず、ゆっくりと歩を進め、三人の顔を見回す。
その優雅な歩調は、かつて王宮の回廊を共に歩んだ騎士時代のままだ。
「もちろん、十全に理解しているとも。……むしろ、理解しているのは私だけかもしれないな。アルテア……君は王家という名の幻想に縛られすぎている」
「幻想だと……?」
「そうだ。この国を発展させ、周辺国からの脅威を防ぐには、兵器を運用する強大な魔力資源が必要だ。これまでは王家の人間個人の才覚や采配に頼っていたが、それでは不安定すぎる」
ベルガの視線が水晶体の中で囚われているエリオス王子に向く。
「こうしてシステム化することで、エリオス殿下の魔力は永続的に、そして効率的に最強の魔道具、『魔装鎧』の動力へと変換される」
ベルガは誇らしげに、水晶を流れる魔力の奔流を見つめた。
「エリオス殿下は、この国の発展と安定、そのための最大の功労者となるのだ。個人の感情などは些末なこと。……エリオス殿下も、民を愛する王族として、これが最善の献身である、と本望に思われているはずだよ」
「……ふざけるなッ!」
アルテアの叫びが、巨大な石室に反響した。
「本人の意志を奪い、魔力を搾り取ることのどこが献身だ! それはただの搾取だ! お前は、エリオス殿下の誇りも、この国の騎士道も、すべてを踏みにじっている! それが解らないのかっ!」
「誇りか。……素晴らしい言葉だね。だが私は結果だけで国を救う。君のような、綺麗事だけで剣を振るう旧時代の人間とは違うのだよ」
ベルガが静かに、その細剣を抜いた。
瞬間、石室の気温が氷点下まで急降下するような感覚が広がる。彼の周囲に不気味な蒼い炎が揺らめき始める。
「私兵団、出ろ。潜入者を排除する。……アルテア、君の騎士道がどれほど無力なものか、ここで身を以て知るがいい」
「ベルガ……! 貴様だけは……貴様だけは、私が止める!」
アルテアの『夜帷』が、怒りに呼応するように激しく振動する。
かつての仲間であり、騎士団長の座を争った最大の好敵手であった男との、魂を削り合う死闘の幕が切って落とされた。
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