第14話 敗走の果て
石室ではアルテアとベルガが対峙し、ミーナとサギリは、ベルガが率いる私兵団と向かい合っていた。
地下石室の冷気がアルテアとベルガ、ミーナたちと私兵団、二つの戦闘が生み出す熱で歪んでいく。
アルテアの放つ『夜帷』の不可視の震動と、ベルガの細剣『蒼氷』が纏う不気味な蒼炎。
かつて王立騎士団で切磋琢磨した二人の剣技は、鏡合わせのように互いの急所を読み合い、致命の一撃をことごとく相殺していた。
「……どうした、アルテア! その程度の覚悟で、私に勝てると思っているのか!」
ベルガの鋭い刺突が、アルテアの頬をかすめる。
アルテアの心には、拭いきれない葛藤があった。
目の前の男は、今確かに王室への忠義という道を踏み外した。
だが、かつては共に王国の平和を誓い、背中を預け合った無二の戦友だ。
そんな男に純然な殺意を向けることが出来ない……その迷いが彼女の剣撃を鈍らせていた。
対して、ベルガに迷いはない。
彼にとってこの戦いは、旧時代の象徴であるアルテアを葬り、自らが望む新時代を切り拓くための儀式だった。
「貴女の剣は、『汚名』という呪いに縛られ、牙を抜かれた老犬と同じだ」
ベルガの『蒼炎』が、アルテアの『夜帷』の魔力を喰らい、その火力を増していく。
一歩、また一歩と、アルテアは後退を余儀なくされる。
そしてベルガのその強力な一撃に、アルテアが態勢を崩す。
その背後には、水晶の中で眠るエリオス王子。ベルガが残酷な笑みを浮かべ、必殺の構えを取った。
「かつての主君の隣で果てるがいい。……それが、君に相応しい最期だ」
蒼い炎が細剣の先端に収束し、一条の雷光となって放たれる。
魔力を奪われ、体勢を崩していたアルテアには、それを防ぐ術は残されていなかった。
「――アルテア、危ないッ!」
鋭い叫びと共に、視界の端に割り込む小さな影があった。
ミーナだった。
彼女は強力な魔力を絞り出し、圧縮した空気の盾をアルテアの前に瞬時に展開する。
しかし、ベルガの蒼炎は魔法そのものを喰らう。風の盾は紙細工のように焼き千切られ、蒼炎の魔力の奔流が、術者のミーナの細い体に返ってくる。
「が……はっ……!」
ミーナの小さな体が吹き飛ばされ、石畳の上を無惨に転がり、彼女の血が宙に飛ぶ。
「ミーナ!? ……ああ、嘘だ、そんな……!」
アルテアの頭が一瞬で真っ白になる。
ミーナの元に駆け寄ろうとするが、膝が震えて力が入らない。
自らの甘さが、仲間を傷つけた……。
その罪悪感が、彼女を底なしの絶望へと引きずり込もうとしたその時。
「アルテア! 前を見ろッ!!」
鼓膜を突き破らんばかりの一喝。サギリだった。
彼女は襲いかかる私兵団の兵士たちを、鬼神の如き太刀筋で斬り伏せながら、アルテアの傍らへと跳んだ。
「立ち止まるな! ここは一旦退く! ミーナを抱えろ、早くしろッ!」
サギリの鋭い眼光に、アルテアの意識が強制的に引き戻される。
そうだ、絶望している暇はない。今ここで倒れれば、ミーナの献身が…王子の生存が無意味になる。
「……わかった。……すまない、サギリ殿!」
アルテアは血に染まったミーナを抱え上げ、出口へと走り出す。背後からは、ベルガの冷徹な追撃の号令が飛ぶ。
「……ここから先は、一歩も通さない」
サギリが独り、追撃の群れに向かって立ち塞がった。
彼女は東方刀『不知火』を正眼に構え、吐息と共に体内の気を練り上げる。
私兵団の兵士たちが一斉に襲いかかるが、サギリの姿は一瞬でかき消えた。
「『落花!』」
舞い散る花びらの如き円運動。
すれ違いざまに放たれた三連撃が、先頭の兵士たちの膝関節と手首を正確に破壊した。不殺の誓いを守りつつも、二度と剣を握れぬほどの打撃。
「化け物め……! 構わん、魔法で焼き払え!」
石室に駆けつけた魔導師たちが詠唱を開始する。
だが、アルテアの腕の中で意識を繋ぎ止めていたミーナが痛みに耐えながら、その魔術師たちに向かって指先を動かした。
「……風よ……すべてを、覆い隠して……!」
風の大魔術。
地下石室に猛烈な塵旋風が巻き起こり、視界をゼロにする。
その混乱に乗じ、サギリはアルテアたちの背を押し、複雑に入り組んだ王宮の通路の一つへと姿を消した。
舞い上がる風の向こうで、扉の中に消える三人の姿を見送ったベルガが呟く。
「……逃がしたか」
ベルガは剣を鞘に納め、風に舞う塵を見つめていた。
その瞳には、かつての友を追い詰めた愉悦と、想定外の戦力……ミーナとサギリへの警戒が混在していた。
◇◇◇
深夜の王都。
人目を避け、暗い路地裏を走り抜けた三人は追っ手を振り切り、崩れかけた廃屋の影に身を潜めた。
ミーナの呼吸は浅い。
アルテアは必死に止血を試みるが、その手も激しく震えている。
サギリは刀に手をかけたまま、周囲の気配を探っていた。
「……クソっ、私兵団だけじゃない。騎士団の哨戒網に参加してきている。夜明けまでにここを脱出するのは……」
サギリの言葉が、途切れた。
背後の闇から、乾いた拍手の音が聞こえてきたからだ。
「……いやぁ、傑作だな。元騎士団長ともあろうお方が、泥棒猫みたいに路地裏を這い回るとはな」
路地裏の陰から、ゆっくりと一人の男が姿を現した。
重厚な鎧を纏い、背中にはワイヤーの付いた巨大な大剣。
彼はまるで散歩でもしているかのような軽薄な足取りで、アルテアたちとの距離を詰める。
「これはツイてる。私兵団の連中に捕まっちまったかと思ったが、俺の鼻を信じて正解だった」
男の視線が、ぐったりとしたミーナ、そして消耗しきったサギリとアルテアを舐めるように動く。
「その眼、その佇まい……。ボロボロだが、間違いねえな。あんたが懸賞金三億ゴルドの主、元騎士団長アルテアだな?」
「お前は誰だ?」
「俺ぁ、ただの賞金稼ぎだ。グレイブってんだ。以後お見知りおきを……元騎士団長殿」
「賞金稼ぎ……」
賞金稼ぎと名乗ったグレイブの目的は、自分だと察知したアルテアはグレイブから遠ざけるようにミーナをサギリに預け、ふらつく足取りで前に出た。
「目的は私か?」
「決まってんだろ」
グレイヴが背中の大剣を抜き放ち、肩に乗せた。
その瞳には、戦士の誉れも正義もなく、ただ獲物を値踏みする強欲な光だけが宿っている。
「お前の首は、俺がいただく。……安心しな、ガキとそっちの浪人娘には興味ねえ。死体が増えると運ぶのが面倒だからな」
アルテアが漆黒の刃を構える。
ベルガという強壁を越えた直後に現れた、賞金稼ぎ。
満身創痍のアルテアの前に、一筋の情けも持たない男が立ち塞がった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
凄く励みになりますので、面白いとか、続きが気になるとか思った方はぜひブックマーク、★評価をお願いします。




