第15話 死神の嘲笑
深夜の王都。
暗い路地裏には、冷たい湿気と鉄錆の匂いが充満していた。
アルテア、サギリ、そして重傷のミーナを阻むのは、賞金稼ぎの男グレイヴ。
彼は巨大な大剣を肩に担ぎ、獲物の逃げ道を完全に塞いでいた。
「さあて……三億ゴルドの首を、どう料理していただいてやろうか?」
グレイヴが指先を弾いた瞬間、目に見えぬ細い鋼鉄のワイヤーが路地の壁から壁へと張り巡らされた。
サギリが反射的に抜刀するが、放たれた斬撃は空を切り、代わりにワイヤーが彼女の腕に絡みつき、肉を割く。
「……っ、ただの糸じゃない。重りが仕込まれている!」
「正解だ。浪人娘」
グレイブが懐から出した投擲玉を投げる。すると割れた玉から凄まじい勢いで煙幕が上がり、辺りは更に暗闇が広がる。
暗闇に溶け込む不可視のワイヤー。
グレイヴがそのワイヤーを引くと、サギリの体勢が強引に崩される。
そこへ彼の大剣が、重戦車のような圧力で振り下ろされた。
アルテアが何とか『夜帷』で受け止めるが、超振動の刃を持ってしても、純粋な質量とワイヤーによる不規則な遠心力を加えた一撃は、彼女の腕に痺れるような衝撃を与えた。
トリッキーというよりも野性的と言ってもいいグレイヴの戦い方は、アルテアたちが歩んできた武道とは対極にあった。
彼は正面から打ち合うことを徹底的に避ける。影に潜み、壁を蹴り、死角から隠し刃を放つ。
アルテアが間合いを詰めようとすれば、足元を這わせたワイヤーが波打ち、その足を止めさせる。
更に大剣の柄と繋がったワイヤーを掴み、不規則な斬撃を放つ。
アルテアとサギリの剣撃は、ダメージの影響で本来のキレを落としているとはいえ、僅かな動きで軌道を察知され、躱される。
「テメェらの剣は分かりやす過ぎんだよ! 騎士様だの、武道だの……教本通りの動きじゃ、俺みたいなドブネズミは殺せねぇぜ!」
焦りがアルテアの動きを更に硬くする。
背後で壁に寄りかかっているミーナの顔色は、失血のために今や紙のように白い。
「……ぁ……アル、テア……」
掠れた声。うなされたようなその声が、アルテアの心に冷たい刃のように突き刺さる。
「諦めな、騎士団長さんよ。周りにゃ公爵私兵団がわんさかいる。どう足掻いたってもう逃げ切れやしないぜ。あんたの首にゃ、一生酒に溺れて暮らせるだけの金がかかってるんだ。俺は逃がさねえぜ」
グレイヴがワイヤーを操り、アルテアの『夜帷』の刀身をがんじがらめに封じ込める。
力任せに引き剥がそうとするアルテアへ、グレイヴが隠し持っていた鋼鉄の礫を投げつけた。
「死ねッ!」
礫がアルテアの肩に当たり、骨を砕く音と同時に刺すような痛みが走る。
ついに膝を突きそうになるが、彼女の視界の端に、傾けた態勢から必死に自分を見つめるミーナの瞳が入った。
(……ミーナ、すまない。私が巻き込んでしまったがために……。だが、私はまだ戦えるッ!)
アルテアの中で、何かが音を立てて崩れ去った。
彼女は『夜帷』を握り直すと、これまでの洗練された構えを完全に捨てた。
地面を這うように駆け、身を投げ出すように回ると、グレイヴの懐へ入り込んだ。
「……なんだと!?」
グレイヴが驚愕する。
正統派の騎士がするはずのない、獣のような泥臭い突撃。
アルテアは上から突き刺すように、グレイヴの足首を『夜帷』で抉った。
「が、あぁぁぁぁッ!?」
アルテアの意表を突いた攻撃に悲鳴を上げ、グレイヴが後方へ大きく跳んだ。
その衝撃で彼のベルトから転げ落ちた投擲玉……その投擲玉をアルテアは迷わず拾い上げ、
「喰らえッ!!」
騎士の礼節も、戦士の誇りも捨てた一投。
玉はグレイヴの鼻先で炸裂した。その投擲玉は目眩ましだったようだ。
強烈な閃光と鼻を突く刺激臭が路地を包み、グレイヴは顔を抑えて呻きながら後退する。
「サギリ殿ッ!」
アルテアは激痛のする肩でミーナを抱え上げ、サギリの手を掴んで、煙の向こう側……グレイブのいる方向とは反対へ駆け出した。
背後からグレイヴの「待ちやがれ、このクソ女ぁ!」という怒号が聞こえてくるが、今のアルテアにはそれさえも遠い雑音に過ぎない。
月明かりに照らされて、アルテアは二人を連れて必死に走った。
そして三人は、逃げ込んだ広場の隅にある、重厚な鉄の蓋をこじ開けた。
暗く、悪臭の漂う地下水道の入口。
そこへ滑り込むようにして、彼女たちは追っ手の光から逃れた。
◇◇◇
しぶきを上げ、冷たい汚水の中に着地した三人は、息を殺して地下の迷宮へと消えていく。
地上ではまだ遠くに、私兵団の哨戒の声が交錯していた。
しかし彼女たちは気づいていなかった。
滑り込むように逃げた広場の石柱の影に身を潜め、震える手で治癒魔法の紋章を握り締めている一人の青年の存在を……。
彼は自らの罪悪感と希望をその眼差しに込め、地下水道の中へと消えた三人の後を追い、白い法衣が汚れるのも構わずに、自らも地下水道へと入って行った。
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