第4話 不穏な灯火
鉄錆の町ハルの夕暮れは早い。
空を覆う煤煙が陽光を遮り、町全体が重苦しい琥珀色に沈んでいく。
そんな中、ガルフの工房『鋼の溜息亭』からは、地響きのような鎚の音が絶え間なく響いていた。
カラン、と火床の爆ぜる音が混じる。
アルテアたちが到着した日の夕方。
魔力の酷使と精神的な疲労により、ミーナは奥の寝所で深い眠りに落ちていた。
ザックス、ロイ、カレンの三人は、ファビアンの手の者がこの町に潜んでいないか、あるいは追っ手の影がないかを確認するため、町の見張りと警戒に出払っている。
ふと目を覚ましたアルテアは、吸い寄せられるように工房の熱気の中へと足を向けた。
薄暗い工房内、赤々と燃える火床の光に照らされて、ドワーフのガルフが一心不乱に鉄を打っている。
飛び散る火花が、彼の煤けた顔を峻烈に浮かび上がらせていた。
「……起きたか。病人なら奥でしっかり休んどけと言ったはずだぞ、騎士様」
背中を向けたまま、ガルフが野太い声で忠告した。アルテアは足を止め、無骨な背中を見つめる。
一定のリズムで響く鎚の音が、彼女の胸に深く響く。
「……すまない。少し邪魔する」
アルテアは一歩踏み出し、床に置かれた素材や工具の山を見つめた。そして、意を決したように深々と頭を下げた。
「ガルフ殿。……心苦しいが、今の私には何も持ち合わせがない。名誉も、地位も、金も……すべて失った。だが、打ってもらっているその剣の支払いは、いつか必ず、命に代えても果たすと約束しよう」
張り詰めた空気の中、ガルフの手が止まった。
沈黙。
次の瞬間、工房の屋根を震わせるような豪快な笑い声が爆発した。
「ガハハハッ! さすがは元騎士団長様だな。儂の知っとるこの町のボンクラ共に、その律儀さの一欠片でもあれば苦労せんな!」
ガルフは笑いながら汗を拭い、真っ赤に焼けた鉄の塊を再び睨みつけた。
「気にするな。この剣のお代は、お前さんの事が済んだら、何倍にして返してくれればええ。それまでは貸しにしといてやる。ドワーフの貸しは高くつくぞ?」
皮肉めいた、しかし温かいその言葉に、アルテアの唇に自然と苦笑いが浮かんだ。
ガルフは再び鎚を振り下ろし、リズム良く鉄を叩きながら、独り言のように語り始めた。
「……ところで騎士様よ。あんた、ルーバス公爵の不吉な噂を知っとるか?」
アルテアの表情が引き締まる。
「最近流れてくる噂じゃ、奴はどこかの町『禁忌の魔道具』を造らせとるらしい。それも、ただの武器じゃねえ。人の魂か、あるいは古い神の呪いでも詰め込むような、ろくでもない代物だとな」
「……禁忌の魔道具、か」
アルテアの脳裏に、騎士団長時代の記憶が蘇る。当時、公爵の私兵が特定の古物商や禁書を持つ魔術師と接触しているという報告があった。
そしてルーバスという男の野心の強さは以前から感じていた。あの男が裏で何かを企んでいるのは間違いない、という確信はあの当時からあった。
「私も、その噂には心当たりがある。当時は確証が掴めなかったが、部下に命じて奴の動きには注視させていた。……だが、まさかこれほど早く形にしようとしているとはな」
アルテアは拳を握りしめた。もしその魔道具が完成間近なのだとしたら……。そしてそのために「王家の血」や「混乱」が必要だったのだとしたら。
「エリオス王子の暗殺……。すべては、その魔道具を起動させるための『生贄』か、あるいは目を逸らさせるための『欺瞞』だったのではないか……?」
疑念は確信に近い重みを持ち始める。自分を陥れたのは、単なる権力欲だけではなく、より根源的な「悪意」の達成のためだったのかもしれない。
ガルフは手を休めることなく、火花の中で力強く言い放った。
「どのみち、答えを出すには動けるようにならんと始まらん。剣が出来上がるのは夜明けだ。それまでお前さんはしっかり休んどけ。戦う前から倒れられたんじゃ、儂の傑作が泣くわ」
「……あぁ。心から感謝する、ガルフ殿」
アルテアはもう一度短く頭を下げると、静かに工房を後にした。
夜の冷気が火照った頬を撫でる。背後からは再び、規則正しい「コン、コン」という高い金属音が響き始めた。
その音は、まるで闇夜に抗う鼓動のようだった。
背中を見送ったガルフは、二度と振り返ることなく、一心不乱に目の前の漆黒の鉄を打ち出し続けた。
夜明けと共に生まれる、汚名を着せられた騎士のための剣を求めて。
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