第26話 二つの忠義
旧王宮の最深部
そこは、王国の華やかな表舞台とは切り離された、冷徹な静旨が支配する心臓部であった。
アルテアとミーナが辿り着いた広大な円形の間には、巨大な水晶体が中央に鎮座し、その周囲には無数の管が血管のように這い回っている。
管の先には、沈黙を保つ数体の魔装鎧が繋がれていた。水晶体を取り囲む鋼鉄の塊たちは、暗がりの中で不気味に明鳴している。
水晶体の中心に、青白い光に包まれて浮かぶ影があった。
「殿下……!」
アルテアが息を呑む。
眠るように意識を失っているエリオス王子が水晶体の中で漂っていた。
王家の加護を持つ彼の魔力を、この装置が強制的に吸い上げているのだ。
アルテアとミーナがその水晶体に向かって行く。
「……ついに戻って来たか、アルテア」
水晶体の陰から、一人の男が静かに歩み出た。
公爵私兵団長、ベルガ。
かつて王国騎士団において、アルテアと次期団長の座を激しく競い合い、誰よりも切磋琢磨した、好敵手であった男だ。
「ベルガ……貴様……」
「ここで貴様たち二人を私が討てば、全てが終わる。……アルテア。貴様にはまだ王都から逃亡するという選択肢も残っているぞ。満身創痍の体で、それでもなお、この王子を助けたいと思うか?」
ベルガの問いに、一瞬でアルテアの瞳に怒りの色が灯る。
アルテアは迷いなく漆黒の細剣『夜帷』を正眼に構えた。
「愚問だな……。我が主君に命を賭けずして、何が騎士か。貴様は……そんな事も忘れてしまったのか? ベルガ!」
アルテアの叫びが、冷たい壁に反響する。しかしベルガは表情一つ変えず、淡々と、しかし重みのある声を返した。
「騎士の誇り、か? 相変わらず貴様は、騎士の矜持に酔いしれているな。貴様や今の王室の愛国心もそうだ。人の善性に頼ったあまりにも脆弱な幻だ。人が気高くいられるのは、平和という揺るぎない基盤があってこそ。これはエリオス王子一人の魔力を礎とすることで、この国に永劫の平穏を刻もうとしているのだ。貴様にはそれが理解出来まい」
「平穏だと……? 冗談ではない! 民衆を騙し、殿下の命をただの部品として扱うその果てに、何が残る! 誇りを失い、血に塗れた鉄の兵隊が守る場所など、もはや私の知る王国ではない!」
アルテアの言葉に、ベルガは初めて微かに眉を動かした。それは怒りではなく、哀れみのような色を帯びていた。
「エリオス殿下は、人柱になられるのだ。この国の未来を支える、最も尊き犠牲としてな。彼一人の魔力で、万の民が魔装鎧の加護を得る。これほど合理的で、気高い愛国心が他にあるか? 貴公が捨てきれなかったその『矜持』こそが、この国を停滞させているのだ」
「黙れ! 殿下を人柱などと呼び、都合よく神格化するな! 貴様がやっていることは、殿下を一人の人間として見ることを放棄し、使い捨ての動力源として消費しているに過ぎない! それが人としての誇りを失った傲慢だと何故解らぬ!」
二人の間には、かつて同じ理想を追いかけ、共に研鑽を究めた過去がある。
しかしその根底にある「国への忠義」の解釈が、二人の運命を決定的に分かつこととなった。
アルテアにとって、忠義とは献身と自己犠牲であった。国に尽くすということは、己を犠牲にしても捧げることだった。
対してベルガは、忠義とは国に貢献を示すことだった。その為、他国に対する絶対的な強さを手に入れ、王国に平穏をもたらす……それが彼にとっての忠義であり、貢献であった。
一人の王子の尊厳よりも、万の民を守る兵器の出力を優先する。
その強兵主義の果てに、彼は騎士団を去り、ルーバス公爵の懐刀となる選択をしたのだ。
ベルガは表情を変えることなく、アルテアを見据え、淡々と応える。
「……理解し合えるとは思っていない。貴様は人の輝きに国を委ね、私は国の鋼に未来を託す。アルテア……その錆びた忠義ごと、王国の新たな夜明けに沈むがいい!」
ベルガが愛刀う『蒼氷』を抜き放つ。
傍らの水晶体の光に照らされて、その刀身は青白く揺らぐ。
「来い、アルテア! どちらの正義がこの国の明日を担うに相応しいか、ここで決めてやる!」
「ああ。貴様の歪んだ野望ごと、私の忠義で断ち切ってやる!」
二人の視線がぶつかる。
その刹那、アルテアの足元の床が爆ぜた。
アルテアの鋭い踏み込みは、もはや人の目では追うことすら困難な速度だった。
その速度に乗った漆黒の突きがベルガの喉元を狙うが、ベルガはそれを最小限の動きで躱し、石畳を叩き割るような猛烈な振り下ろしの一撃をアルテアに叩き込む。
体を回転させてその一撃を躱したアルテアが、回転を利用して次はベルガの顔面を横薙ぎに狙う。
頭を低くして躱すベルガ。そして後方に跳びながら、アルテアの膝を斬りつける。
足を引いて躱したアルテアも、そのまま後方へと跳んだ。
両者に再び距離が出来る。その間、わずか一秒足らず。
極速の攻防を交えた両者の頬から、わずかに血が滴り落ちる。
ミーナは加勢すべく魔力を練り上げていたが、二人の戦いはあまりにも高次元で、かつ凄まじい速度であった為、魔術を放つ暇を見出す事が出来なかった。
一歩でも割り込めば、その余波だけで自分が命を落としかねない……そんな危機感が彼女に魔術を躊躇わせた。
「……っ、速い……!」
ミーナは歯を食いしばり、二人の動きを目で追いかけるのが精一杯だった。
ベルガの剣は重く、鋭い。
だがアルテアの剣には、自分をここまで導いてくれた仲間たちへの想いと、主君を救いたいという不退転の意志が宿っている。
二人はかつての訓練をなぞるように、しかし確実に殺意を持って互いの命を削り合う。
その激闘を、離れた上層の回廊から冷徹に見下ろす二つの影があった。
「……ふむ。かつての王国騎士団の双璧か。実に美しい殺し合いだ」
ルーバス公爵が、愉悦に歪んだ笑みを浮かべて呟く。
その横にはもう一人、壁に背を預け、ただ濁った瞳で眼下の激闘を眺める男がいた。
「……くだらねえ」
独り言を呟く男を、ルーバスは一瞥すると、眼下の激闘に視線を戻す。
「万が一ベルガが敗れたとしても、エリオス王子はもういい。まだ予備があるのだからな」
ルーバスから狡猾な笑みが漏れる。
隣の男は、この男に支配される王国は気の毒だな、と内心で思いつつ吐き捨てるような溜め息をついた。
眼下では、アルテアの剣がベルガの装甲を切り裂き、ベルガの剣がアルテアの肉を赤く染める。
両者譲らない死闘の中、王国の運命を分かつ終焉は、間違いなくすぐそばまで近付いていた。
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