第25話 鋼の墓標
普段、静寂が支配しているはずの回廊は、いまや肌を焼く魔力の奔流が渦巻く煉獄と化していた。
三体の『強化型魔装鎧』が、地響きを立てて突進する。
エリオス王子の魔力を直接注ぎ込まれたというその鋼鉄の甲冑は、これまでの量産型とは次元が異なる出力を誇っていた。
人の腕を模した腕を振り上げ、巨躯に見合わぬ速度で繰り出される鋼の拳が、大理石の壁を紙細工のように粉砕し、爆鳴が鼓膜を震わせる。
「……ッ、ミーナ、左だ!」
「うんっ!」
アルテアの叫びに応じ、ミーナが風の防壁を展開する。
直後、魔装鎧の剛腕が結界を叩き、凄まじい衝撃波が回廊を駆け抜けた。
拳を弾かれた魔装鎧の巨体がわずかに揺らぐ。その隙を突いてアルテアが漆黒の細剣『夜帷』を閃かせる。
刀身には高密度の魔力刃が纏わされ、振るうたびに黒い残光が空間を切り裂いた。
アルテアの動きは、もはや人の領域を超えていた。
鬼神の如き身のこなしで、三体の巨像の間をすり抜け、その拳を躱し、魔装鎧の関節部の隙間へ正確に刃を叩き込む。
金属が激しく擦れ合う不快な音が響き、火花が夜の闇のような回廊を鮮烈に照らし出した。
しかし、戦況は過酷を極めていた。
強化型の装甲はアルテアの超人的な剣撃を受けてもなお致命傷に至らず、しつこくアルテアを追いかける。
攻撃の威力も、速度も落ちない無尽蔵のスタミナ。
逆に人間離れした動きを続けていたアルテアだが、徐々にその動きにキレが無くなってくる。
「ふふ……どうしたの、騎士団長? もう苦しくなってきたのかしら? その程度では、私たちの魔装鎧は止められないわよっ!」
後方で杖を掲げるイゾルデが、狂気に満ちた声を張り上げる。ヴェールもまた、冷徹な眼差しで指先を動かし、魔装鎧へ次々と行動命令を送り込んでいた。
だが圧倒的な能力を持つ強化型にも欠陥が存在した。
それは、あまりにも高すぎる出力と、ロールアウト直後ゆえの連携の欠如だ。
三体はただ目の前の標的を屠ることだけを命じられ、互いの位置取りなど一顧だにしていなかった。
アルテアは魔装鎧の猛攻を凌ぎながら、その三体の欠陥に気付き始めていた。
そして二体の間に挟まれた瞬間、アルテアはその欠陥を突く。
アルテアが鋭く踏み込むと、二体の魔装鎧が反応し、同時に拳を振り下ろした。
だがアルテアは羽のようなしなやかさで、一体の脇をすり抜ける。
さっきまでアルテアのいた場所で、二体の魔装鎧の互いの拳が激しく衝突する。
「ええい! 何を遊んでいるの! さっさと仕留めなさい!」
追い込んでいるはずなのに進まぬ戦況に、イゾルデの余裕が徐々に焦りへと変わる。
彼女は魔術を紡ぎ、杖の先から猛烈な火炎の渦を放った。
同時に隣にいたヴェールも忌々しく叫びながら、空間を裂くような紫色の雷撃を投射する。
「消えろっ! この異物どもがっ!!」
火炎と雷撃。
二人の高位魔術師による二つの魔術が、回廊を飲み込むように迫る。
だがアルテアはその絶望な光景を前にしても、冷静にミーナに指示を出す。
「ミーナ! 私に合わせろ!」
「分かった! いくよ!……風よ、集え!!」
アルテアは、ミーナの風魔術に乗って、空中へと舞い上がり、その二つの魔術を躱した。
イゾルデが更にもう一つ、火球を生み出し、アルテアの着地点目掛けて、その火球を放った。
「喰らいなさい! 騎士団長!」
アルテアは落下しながら『夜帷』を纏う刃の出力を上げる。そして着地と同時にイゾルデの放った火球が眼前に迫る。
その場にいた誰もが直撃したと、思った瞬間、アルテアは『夜帷』を大きく横に振った。
空中高くから着地してからの大振り。アルテアの身体能力限界の動き。
『夜帷』は火球を横殴りに叩き、火球の向きが変わった。
――轟音。
イゾルデの火炎が魔装鎧一体の頭部に直撃し、その魔装鎧の頭部が吹き飛んだ。
更にアルテアは地を駆け、別の魔装鎧の足元で地面を蹴った。
魔装鎧の頭部の高さまで跳んだアルテアが、『夜帷』を振り抜いた。
頭部を両断された魔装鎧が、そのまま真後ろに倒れていく。
イゾルデの火球と、アルテアの袈裟斬りで倒された二体の魔装鎧たちは、体中をショートさせ、至る所かは煙を上げながら完全に沈黙した。
「な……!? そんな馬鹿な……!?」
驚愕に目を見開くヴェール。
残る一体は他の二体が上げる煙のせいで、アルテアの姿を見失った。頭部の紅光がアルテアを探すように左右に動き回る。
アルテアはその一瞬の隙を見逃さなかった。
黒煙の中から弾かれたように飛び出した彼女は、光のような速さで、残る一体の魔装鎧の眉間へ、『夜帷』を渾身の力で突き立てた。
「これで、終わりだ!!」
魔力を凝縮した一撃が頭部の中にある核を貫いた。
魔装鎧は黒煙から突如現れたアルテアを、その腕で捕らえようとしたが、アルテアの体に触れると同時に、その動きは止まり、大きな音を回廊に響かせて倒れた。
倒れた魔装鎧から下りたアルテアの視線が、驚愕に顔を引き攣らせる二人の魔術師に向けられた。
アルテアの翠と緋の双眸がイゾルデとヴェールを睨みつける。
戦慄する魔術師たち。
アルテアとの距離は、もはや絶望的だった。
「ひ、うあ……っ」
逃げようとしたイゾルデの正面にあっという間に回り込むアルテア。
そして何か言おうとするイゾルデの胸元を、アルテアの剣が非情に切り裂いた。
鮮血が舞い、彼女は悲鳴を上げて床に転がる。
同時にヴェールへ向けて放ったミーナの圧縮空気の弾丸が、彼の防壁を粉砕してその身体を壁へと叩きつけた。
ヴェールは体を壁にめり込ませ、血と亀裂を壁に残して、床へずるりと落ちた。
静寂が戻った回廊。
血塗れになりながらも、這いずってその場を離れようとするイゾルデを見下ろし、アルテアは冷たく言い放つ。
「心なき甲冑如きに、私の忠義は挫けない」
その異なる色に光る瞳には、慈悲も、迷いもない。ただ一つの目的だけを捉えた、鋭い輝きがあった。
アルテアはイゾルデから視線を外し、相棒に目を向ける。
「行こう、ミーナ。殿下はすぐそこだ」
「うん!」
二人は倒れ伏す魔術師たちを顧みることなく、旧王宮のさらに深く、王国の真の闇が眠る最深部へと足を進めていった。
背後で煙を噴き上げる鉄の残骸が、彼女たちの不退転の決意を象徴するように、いつまでも不気味な熱を放っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
凄く励みになりますので、面白いとか、続きが気になるとか思った方はぜひブックマーク、★評価をお願いします。




