第24話 共鳴の鐘
旧王宮へと続く緩やかな石畳の坂道は、今や鉄と血の匂いが立ち込める茨道と化していた。
白亜の外壁を誇る宮殿の正門前には、ルーバス公爵が最も信頼を置く私兵団が幾重にも陣を敷き、その背後には不気味な光を放つ魔装鎧の群れが、獲物を待つ蜘蛛のように静まり返っている。
アルテアの漆黒の細剣『夜帷』が空を裂き、私兵の槍を弾き飛ばす。
そのすぐ傍らで、傷の癒えきらぬ体を押してバルトが大剣を豪快に振り抜き、サギリが流れるように、敵の隙間を縫って急所を突く。
ミーナは三人の背後で風魔術による鋭利な風の刃を放って、敵の密集地帯を切り崩そうとしていたが、戦況は芳しくなかった。
「……数が多すぎる。これでは王宮の扉に辿り着く前に押し潰されるぞ!」
バルトが荒い息を吐きながら叫んだ。
彼の言葉を裏付けるように、旧王宮の巨大な扉がゆっくりと開き、中から十数体もの魔装鎧が地響きを立てて這い出してきた。
これまで広場で相手にしていたものよりも出力が高いのか、そのレンズに灯る紅い光は一段と強く、大気を震わせるほどの駆動音を響かせている。
鋼鉄の甲冑たちが、逃げ場を塞ぐように扇状に展開し、無機質な殺意を伴って四人を包囲していく。
絶望的な包囲網。
だがその閉塞感を打ち破ったのは、遠く離れた時計塔の方向から響いてきた、少年の喉を枯らさんばかりの叫びだった。
「――準備ができた! 撃つよ!!」
テオの声だ。
その合図と同時に、ミーナは弾かれたように叫んだ。
「みんな、私のそばに!! 離れないで!!」
アルテア、バルト、サギリが反射的にミーナを中心とした円陣を組む。
ミーナが両手を天に掲げ、祈るように目を閉じると、両手から溢れ出した淡い青光が、四人を包む半球体の強固な風の結界となった。
直後、王都全体の空気を物理的に揺らすような、凄まじい「音」が王都を支配した。
ゴォォォォォン――。
それは単なる鐘の音ではなかった。
テオとミーナが全魔力を注ぎ込んで仕掛けた広範囲魔術。
時計塔の鐘そのものを巨大な音波増幅器へと変え、人の耳には聞こえぬほど高密度の「超振動」を風魔術の術式に乗せて、街中に叩きつけたのだ。
物理的に大きなダメージを与えるものではないが、不可視の振動波が王都を駆け抜ける。
その超振動の音波は、魔力を動力源とし、常に繊細な魔力循環を必要とする魔装鎧にとって、神経系をかき乱し、体中を麻痺させる猛毒に等しかった。
「……ッ、ガ、ガガガガガガッ!!」
目前まで迫っていた魔装鎧たちが、一斉に断末魔のような火花を撒き散らした。
装甲の隙間から黒い煙が上がり、魔力供給回路が過負荷で次々と焼き切れていく。
超振動の直撃を受けた鋼鉄の甲冑は、糸の切れた人形のようにガクガクと震え、膝から崩れ落ちて石畳を砕いた。
ミーナの結界の内側にいる四人だけは、その破壊的な共鳴から完全に守られていた。
「鉄屑が動き出す前に、中へ!!」
機能停止した魔装鎧と、耳を押さえてうずくまる私兵団たちの間を、四人は嵐のような速さで駆け抜けた。
アルテアが旧王宮の重厚な扉を蹴り開き、一行は滑り込むようにして静まり返った大ホールへと侵入し、重い扉を閉ざした。
外の喧騒が嘘のように静まり返った、旧王宮の広大なエントランスホール。
高い天井には豪奢なシャンデリアが輝いているが、その光はどこか冷たく感じる。
背後からは、正気を取り戻した私兵たちが怒号を上げながら扉をこじ開けようとしていた。
その追撃を遮るように、バルトとサギリが足を止める。
「俺たちがここで食い止める! アルテア、ミーナ、お前たちは王子の所へ行け!」
「バルト兄ちゃん!?」
驚きに目を見開くミーナに対し、大剣を肩に担ぎ直したバルトは、かつての快活な笑みを浮かべて見せた。
しかしその瞳には、傭兵団団長としての、そして兄としての不退転の決意が宿っている。
「行け……アルテアを頼むぞ、ミーナ!!」
その言葉は、共に戦う「戦友」への信頼そのものだった。
サギリもまた、言葉少なに東方刀を腰に据え、影のように扉の脇に陣取る。
彼女の冷徹な眼差しは、一人たりとも敵を通さないという固い意志を物語っていた。
「……恩に着る。二人とも、死ぬなよ」
アルテアは短く答え、ミーナの手を強く引いた。
ミーナは溢れそうになる涙を堪え、愛する兄に背を向けて走り出す。
二人の足音が冷たい大理石の床に、力強く響き渡った。
◇◇
エリオス王子が幽閉されている、旧王宮最深部へと続く、どこまでも長く、光の届かぬ回廊。
二人の行く手を阻むように現れたのは、これまでの魔装鎧と違う、禍々しい威容を誇る三体の魔装鎧だった。
闇をそのまま固めたような漆黒の装甲からは、血管のように脈動する紫の魔力が漏れ出している。
その三体の中心には、勝利を確信した薄笑いを浮かべる魔術師イゾルデと、冷徹に眼鏡の縁を上げるヴェールの姿があった。
「強化型のロールアウトが今、終わったところよ。侵入者のお二人さん」
イゾルデが優雅に杖を振り、二人を見下ろす。その瞳には狂気にも似た愉悦が宿っていた。
「エリオス殿下の魔力を、一切の劣化なく直接流し込んだ、私の最高傑作……。王子を救いたいのでしょう? なら、貴女たちがこの強化型の最終試験の相手をしてくれるかしら?」
ヴェールが静かに指を鳴らす。
それを合図に、強化型魔装鎧のレンズが冷酷に発光し、回廊の空気が一気に重圧で塗り替えられた。
「ミーナ、行くぞ!」
「うん……! アルテア、行こう!」
逃げ場のない回廊で、アルテアは漆黒の剣を正眼に構え、ミーナは嵐のような魔力を両手に集約させる。
王国の運命を分かつ、最後の戦いが今、幕を開けた。
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