第27話 断罪の烈風
円形の間には、絶え間なく鉄がぶつかり合う咆哮が吹き荒れていた。
アルテアの漆黒の細剣『夜帷』と、ベルガの『蒼氷』が幾度も激突し、そのたびに衝撃波が大理石で出来た空間に反響する。
激闘が始まってから、それほどの時間は経過していないが、二人の呼吸は荒く、全身は汗と返り血に濡れていた。
そして局面が動く。
両者の距離が開いた瞬間、アルテアが鋭く踏み込む。
たがアルテアの足元が砕けた石に揺らいだ。そのわずかな隙を、ベルガは見逃さない。
「ぐっ……」
「終わりだ! アルテア!」
蒼い残像を残す一撃が、アルテアの回避を上回る速度で放たれた。
鈍い衝撃と共に、アルテアの左肩が斬り裂かれる。鮮血が舞い、激痛が脳を焼いた。思わず膝をつきそうになるアルテアを、ベルガの追撃が容赦なく襲う。
「主君の側で果てるがいい! 我が国の礎となれ!」
振り下ろされる渾身の一撃。アルテアは死を覚悟した。
その瞬間、彼女を包み込んだのは柔らかな、しかし鉄よりも強固な風の結界だった。
「アルテア!」
ミーナの鋭い叫び。彼女のかざす両手から生み出された、風の防壁がベルガの剣を弾き飛ばした。
体勢を崩したベルガの胸元に、アルテアの視線が突き刺さる。
「ミーナ!これで……決める!」
痛みを気合で捩じ伏せ、アルテアが爆発的な踏み込みを見せた。
漆黒の細剣が黒い閃光となって、ベルガを突く。一撃、二撃。防具の隙間を的確に貫く神速の連続攻撃に、ベルガの体が揺らぐ。最後の一閃が彼の中心を捉え、かつての友であり宿敵であった男は、大きく後方へ飛び、床に叩きつけられた。
少し遅れてベルガの愛剣『蒼氷』が甲高い音を立てて、床へ落ちた。
因縁浅からぬ二人の、決着が決した瞬間だった。
「アルテア!」
肩を押さえ、激しく喘ぐアルテアのもとへ、ミーナが駆け寄る。
その表情には、戦いを終えた安堵よりも、目の前に囚われている、主君の状態を危惧する感情が滲んでいた。
「私は大丈夫だ……それよりも、王子を……早く……」
「わ、分かった!」
ミーナが水晶体に向き直り、魔力を練り上げる。
「吹き荒れろ、風の刃!」
風魔術の刃が水晶体に繋がる不気味な管を、一本残らず切断した。
魔力の供給源を失った水晶体が砕け散り、中から青白い光と共に、ぐったりとしたエリオス王子の体が流れ出す。
アルテアは痛む体を引きずって、エリオス王子の体を抱え上げる。
「王子……エリオス殿下! 分かりますか、私です、アルテアです!」
アルテアの必死の呼び掛けに、王子の瞼がかすかに震えた。ゆっくりと開かれた瞳が、涙を浮かべる騎士の姿を捉える。
「……やあ、アルテア。……どうしたんだい? そんな顔をして。ここは何処だい……? 僕は、とても長い夢を見ていた気がするよ」
いつもの穏やかで、少しだけ浮世離れした微笑。その声を聞いた瞬間、張り詰めていたアルテアの感情が溢れ出した。
「王子……ああ、良かった……無事で、本当に……」
アルテアが顔を伏せ、抱えたエリオス王子の体に彼女の涙が零れ落ちる。
そしてミーナも二人の側へと駆け寄って行った。
……不意にこの広い空間の暗がりから二人の男が姿を現した。
「……実に見事だ。感動的な再会のところを邪魔して、実に心苦しいよ」
静寂を破ったのは、ねっとりとした不快な拍手の音だった。
そこに立っていたのは、ルーバス公爵。そして、その傍らには、濁った瞳を光らせる賞金稼ぎのグレイブが控えていた。
「ルーバス……貴様っ」
アルテアが王子を庇いながら立ち上がろうとするが、膝が激しく震え、力が入らない。肩の傷から流れる血が、床を赤く染めていく。
ルーバス公爵の一歩前に歩み出たグレイブが長剣を肩に担ぎ、傷だらけのアルテアたちを一瞥する。
「すまねえな、騎士様。依頼主から、お前たちを消すように言われてるんだ。悪いが、ここでお別れだ」
グレイブが音もなく数歩前に出る。その全身から鋭く、冷徹な殺気が放たれている。
その後ろで悠然と立つルーバス公爵が口を開く。
「アルテア、そしてそこの魔術師。お前たちはここで、反逆者として確実に死んでもらう。……そしてエリオス王子。貴方には、また我々の輝かしい計画に協力してもらう」
「何を馬鹿げたことを……そんなこと……」
「させない、か? そのボロキレのような体で、王子を守れるとでも? 元騎士団長殿?」
ルーバスは歪んだ笑みを深め、追い打ちをかけるように告げた。
「安心してください、王子。貴方はただ、そこで寝ているだけでいい。……貴方の妹君、フェレシア王女からも『王家の加護』を拝借する予定ですのでね。兄妹手を取り合って、未来の王国の礎となっていただく。……これほど美しい愛国心があるでしょうか」
「貴様……! フェレシア様までも手をかけるつもりか……!」
激しい怒りが、アルテアの体を震わせる。しかし、彼女が剣を握り直すよりも早く、グレイブの長剣が目前に迫った。
「お前はここで殺す。言っただろ、仕事なんだ」
グレイブの長剣がアルテアの喉元を狙う。
だが……
「……いい加減にして」
冷たく、そして底冷えするような低い声が、広間に響き渡った。
グレイブの動きが止まる。
声の主は、アルテアの横で静かに俯いていた少女、ミーナだった。
「さっきから黙って聞いていれば……。そんな自分勝手な理屈が、許されるわけないでしょ……」
「ふっ、勝手だと? そうかもしれんが、全てはこの王国に永遠の繁栄をもたらすためだ。お前たちのような愚民に、理解など求めていない」
ルーバスが鼻で笑った、その瞬間。
空間が、爆ぜた。
ミーナが指先を向ける。
そこにはもはや、いつもの丁寧で大人しい少女の面影はなかった。
彼女の周囲で狂ったように渦巻く風は、極限まで圧縮され、不可視の凶弾へと変貌していた。
「――消えて」
ドシュッ!
空気を切り裂く異音と共に、風の弾丸がグレイブの胸を撃ち抜いた。
超高速の振動を伴う衝撃が、避ける間もなく彼の頑強な肉体を吹き飛ばす。
グレイブは血を吐きながら、何が起きたのかさえ理解できぬ表情を浮かべながら、遠く部屋の壁まで吹き飛ばされたのだ。
壁にめり込んだグレイブが、白目を剥きながら床へと崩れ落ちた。
ミーナは倒れたグレイブを見向きもせず、ゆっくりと立ち上がる。
その瞳には、かつて見たこともないような峻烈な光が宿っていた。
そして大きく目を見開いたまま固まっている、ルーバス公爵にその瞳を向ける。
「あなたは……言葉で言っても理解できないみたいね。覚悟はいいかしら? 公爵様」
普段の彼女からは想像もできないほどの、圧倒的なプレッシャー。
ルーバス公爵の顔から余裕が消え、その表情は恐怖によって、凍りついていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
凄く励みになりますので、面白いとか、続きが気になるとか思った方はぜひブックマーク、★評価をお願いします。




