第22話 真実の咆哮
ミストルの山小屋を後にしてから、馬車は一度も止まっていない。
ザックスが手配した頑強な二頭立ての馬車は、御者台に座るテオの必死な手綱捌きによって、夜の闇を切り裂き、泥を跳ね上げながら街道を突き進んでいた。
◇◇
夜明け前、王都まであと数刻という距離にある宿場町に差し掛かったとき、前方に松明の列が見えた。
一台や二台ではない。数十台もの馬車が列をなし、牛歩のような速度で王都を目指している。
「……何だ、あの列は」
窓から顔を出したザックスが顔を顰める。
その列の側に馬車を止め、ミーナが素早く列の末尾にいた荷馬車の商人に声をかけに行く。
戻ってきた時、ミーナの顔は抑えきれないような怒りに染まっていた。
「アルテア……明日、いえ、もう今日ですね。王都の中央広場にて、エリオス王子の『国葬』が執り行われるそうです」
その言葉が発せられた瞬間、馬車内の空気が凍りついた。
「国葬だと……?」
アルテアの声は、地底から響くような低さだった。
まだ生きている王子を死者として葬る。
その行為は、救出を諦めさせるための政治的策略であると同時に、王子の存在そのものをこの世から抹消しようとするルーバスの冒涜に他ならない。
「商人が言っていました。あの花は広場を埋め尽くすための弔い花だそうです。そして……犯人である騎士団長アルテアは、今なお卑怯にも逃亡を続けている、と。民衆は皆、そう信じ込まされています」
アルテアの拳が馬車の木枠をミシリと打ちつけた。
血管が浮き出し、その手からは抑えきれない怒りの震えが伝わってくる。
「ふざけるな……! 殿下をあのような鉄屑の動力源に貶め、その死を祝うかのような真似を……っ!」
今にも馬車を飛び出し、王都へ単身斬り込まんとするアルテアの肩を、バルトとザックスが同時に押さえつけた。
「待て、アルテア! 今出たって何もならねえ! 今ここで捕まったら王子は助けられねえぞ!」
「放せ! バルト!」
「アンタが今捕まったら、誰が王子を救えるんだ!」
バルトの制止に、アルテアは辛うじて踏みとどまった。
ミーナが馬車に乗り込み、肩を上下させるアルテアの側に座る。
そして荒い呼吸を繰り返す彼女に、ミーナが静かに、しかし決然とした瞳で話し掛ける。
「アルテア……エリオス王子を助ける為に、一つ、策があります」
ミーナの声には、迷いがなかった。
彼女はこれからの王都突撃、その皮切りとなる「ある提案」を口にした。
その内容を聞き終えたとき、ザックスは絶句し、バルトは目を見開いた。
アルテアもミーナを見据え、信じられないといった様子で言葉が漏れる。
「……正気か、ミーナ? それは、一歩間違えれば……」
「わかってる。だから、実行するかどうかはアルテアが決めて。効果的だとは思うけど、アルテアが嫌なら、別の方法を考えるから」
アルテアは、ミーナの瞳をじっと見つめ返した。
この見た目は可憐な少女が提案したとは思えない大胆な王都突撃の策。
肝が据わっているどころではない、地獄へ足を踏み入れる覚悟すら決めている、アルテアはそう感じた。
「……分かった。その策でいこう」
「本当にいいのね?」
「ああ。今の私に、守るべき名誉も形式も、もはや存在しない。エリオス殿下を救い出し、真実を白日の下に晒すためなら、私は何にでもなろう」
朝日が地平線から顔を出し始めた。
偽りの葬儀が始まろうとしている王都へ向けて、馬車は再び速度を上げた。
◇◇
王都、中央広場。
かつて栄光のパレードが行われたその場所は、今や広大な葬儀場と化していた。
宿場町で見かけた白い花が、雪のように広場一面を埋め尽くしている。
その純白の色とは対照的に、群衆が集まった広場を包む空気は、冷たく不気味な圧迫感に満ちていた。
広場の四方を囲むのは、黒い礼装に身を包んだ王国騎士団。そしてその背後には、動かぬ像のように鎮座する『魔装鎧』の列があった。
不気味な魔力の脈動を放つその兵器群が広場に見えない圧迫感を与えていた。
群衆は静まり返っていた。
王子の死を悼む悲しみと、急速に変わりゆく王国の空気に、誰もが怯えていたのだ。
やがて、中央広場を見下ろす王宮のバルコニーに、喪服を纏った王妃が姿を現した。王妃が震える声でエリオス王子への弔辞を読み上げ、最後にこう告げた。
「……我が息子、エリオスの命を奪った暴虐は許されるものではありません。この悲劇を乗り越えるため、王室は全権をルーバス公爵に委ね、王国の守護を託すことを……ここに宣言いたします」
群衆から、溜息のような動揺が漏れる。
代わって前に出たのは、ルーバス公爵だった。彼は悲劇の演出家として完璧な表情を作り、朗々と声を響かせた。
「我々はエリオス王子という一人の英雄を、重大な裏切りによって失った。だが民よ! 恐れることはない。この魔装鎧こそが、この国を永久の平和へと導く盾となり、矛となる! この忠義の魔道具は人の情念に左右されず、ただ我らの正義の命令に従い、我らの守護者となる! この守護者たちが、二度とあのような裏切りを許しはしない!」
公爵の手が空を仰ぐ。
それを合図に、広場に並んだ魔装鎧たちのレンズが呼応するように深紅に発光する。
市民たちはその威圧感に気圧され、誰もが沈黙を守るしかなかった。
「今、ここに新たな王国の新時代の幕開けを……」
ルーバスが勝利を確信し、言葉を続けようとした、その時。
――カツン。
広場を切り裂くように、硬い音が響いた。
それは広場の中央にそびえ立つ古い時計塔の頂から聞こえてきた。
皆が空を仰いだ。
朝陽に照らされた時計塔の天辺。
そこに、一人の騎士が立っていた。
風が吹き抜けた。白い花びらが舞い上がり、その騎士の影を際立たせる。
群衆の視線が一点に集まり、静寂が波のように広がっていく。
騎士はゆっくりと、腰に佩いた細剣を引き抜いた。
朝日を一切反射しない漆黒の剣先が、王宮のバルコニーにいるルーバスに向けられた。
「……ここまでだ、ルーバス」
低く、しかし王都の隅々にまで染み渡るような声。
次の瞬間、その騎士は自らの名を、魂を震わせるような咆哮と共に轟かせた。
「私は王国騎士団長、アルテア・アイゼンシュタイン! 欺瞞の幕を引くために、戻ってきた!」
時が止まったかのような静寂。
そして、爆発的な動揺が広場を飲み込んでいった。
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