第21話 一人じゃない
霧の立ち込める町、ミストル。
川沿い特有の湿った空気が、アルテアたちの肌にまとわりつく。
町の手前で馬車を降りたアルテアたちはミストルの町を眺める。
この広い町で、果たしてどうやってザックスたちを見つけ出すのか?
アルテアが懸念を口にする前に、サギリが迷いのない足取りで町外れへと歩き出した。
「町に入る前に確かめたい事がある」
そう言ったサギリに導かれ、一同はミストルのすぐ側にある森の方へと向かった。
森との境界線まで来ると、サギリは立ち止まり、深く息を吸い込む。
そして静寂を切り裂くような、鋭く高い指笛を鳴らした。
鼓膜が震えるほどの大音響が、霧の向こうへの森の中へと吸い込まれていく。
数秒の沈黙の後……。
遥か遠く、森の深部から、全く同じ音色の指笛が応じるように響いてきた。
「やはり……あちらだ。行くぞ」
サギリの短い促しに従い、四人は徒歩で森の中へと踏み入った。
戸惑うのはアルテアとテオ。ミーナは確信したような表情を浮かべ、二人に告げる。
「私たち赤狼の牙伝統の合図なの。五キロ先まで聞こえるわ」
信じられないといった表情のあるとテオを引き連れ、四人は木々を掻き分け、霧の薄れる場所まで進んで行った。
果たしてそこには、ひっそりと佇む小さな山小屋があった。
小屋の前に差し掛かった瞬間、頭上の枝から一人の少女が軽やかに舞い降りる。カレンだ。
「 ミーナ! アルテア! 無事だったんだね!」
カレンは弾けるような笑顔で駆け寄り、ミーナの手を取った。
しかしふと背後に控える人物に気づき、その瞳を驚愕に見開く。
「……えっ、サギリ姉ちゃん!? なんで、どうしてミーナたちと一緒に……」
「たまたま巡り会ってな。それよりもカレン……少し前から丸見えだったぞ。見張りをするなら、もっと気配を消せるようになれ」
サギリの冷静な指摘に、カレンは「うわぁ、やっぱサギリ姉ちゃんには敵わないよ……」と苦笑しながら頭を掻いた。
カレンは四人を伴って、山小屋へと向かう。
「驚くのはまだ早いよ。……中に入って」
◇◇
カレンに案内され、四人は山小屋の扉を開けた。
一歩踏み出したミーナは、その光景に息を呑んだ。
部屋の奥には、ザックスとロイが座っていた。
そして、同じ部屋の壁際のベッドに横たわっていたのは……全身を幾重もの包帯で巻かれ、今なお痛々しい姿のバルトだった。
「兄さん……!」
ミーナが駆け寄り、ベッドの傍らで崩れ落ちるように膝をついた。
「昨日、ようやく意識が戻ったんだ」
ザックスがミーナの肩に手を置いて語る。
瀕死の状態で見つかったバルトは、昨日まで死線を彷徨っていたのだという。
不用意に町へ連れて行けばファビアンの一味に見つかる危険があると考え、彼らはこの狭い山小屋で、息を潜めるようにして看病を続けていたのだという。
涙を浮かべる妹の頭を撫でながら、バルトが声を発する。
「ミーナ……無事で、よかった……」
バルトの声は掠れていたが、妹を見つめる瞳には確かな慈愛が宿っていた。
テオがすぐさまバルトの側に寄り、ミーナの隣で静かに治癒魔術を行使する。
テオの手から溢れる魔力が、温かな光となってバルトの体を包み込み、傷を癒していく。
その間、ザックスとロイは驚きを隠せない様子でサギリを見つめていたが、アルテアの眼差しに、今は何よりも語るべきことがあるのだと察し、静かに居住まいを正した。
テオのバルトへの治癒魔術が一段落し、部屋に静寂が戻ると、アルテアは重い口を開いた。
エリオス王子が生存し、旧王宮に幽閉されていること。
ルーバス公爵が禁忌の魔道具『魔装鎧』を量産し、王宮を、そしてこの国そのものを軍事国家へと変えようとしていること。
語られる絶望的な現実に、その場にいた者たちは言葉を失った。
そして皆の顔を見回しながら、
「……私は、エリオス殿下を救いに行く」
アルテアは一人ひとりの顔を見つめ、静かに、しかし突き放すような冷徹さを持って告げた。
「だが、ここにいる皆には私に付いて来る義理はない。既に多くの犠牲を払わせた。ここからは、私一人の戦いだ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、場を制したのはミーナの鋭い声だった。
「何言ってるの……!」
普段は大人しく、声を荒げることなどないミーナが珍しく激昂し、立ち上がり、アルテアを真っ直ぐに睨みつけた。
「アルテアを一人で行かせるわけないでしょ! 私も行くよ!」
「ミーナ……いいのか?」
「……『いいのか』じゃなくて! 『頼む』でしょ、こういう時は!」
有無を言わせないミーナの強い言葉に、アルテアは言葉を詰まらせた。
その様子をベッドから見ていたバルトが、微かに口角を上げて笑った。
「……騎士団長さん。妹にここまで言われて、背中を向けるわけにはいかんだろう。もちろん、俺も手伝わせてもらう」
バルトの申し出に、ザックスも言葉を告げる。
「俺たちもだ。バルトやミーナだけを行かせたら、赤狼の牙傭兵団の名折れだ」
ザックス、ロイ、そしてカレンも力強く頷く。
サギリは何も言わなかったが、その視線は既に次の戦場を見据えていた。
アルテアは視界が熱くなるのを堪えるように、深く、深く頭を下げた。
「……かたじけない。皆、本当に……ありがとう」
震える声で感謝を述べるアルテアの隣で、ミーナがそっとその手を握った。
繋がれた手の温もりが、絶望に抗うための唯一にして最強の力であることを、アルテアは感じていた。
小さな山小屋で、反撃の炎が静かに、しかし激しく燃え上がったのだった。
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