第20話 迫り来る鉄塊
王都の外れの地下運河の出口近くで待機していたサギリと無事に合流を果たしたアルテア一行は、休む間もなく馬車を走らせていた。
目指すは、かつてファビアンがバルトを見失ったという川の、少し下流に位置するミストルという町。
そのミストルを拠点にザックスたちがバルトの捜索を続けているはずだった。
揺れる馬車の荷台。
王都を無事に脱出できた安堵からか、ミーナが隣に座るテオに、柔らかな笑みを向けた。
「テオ君、本当にありがとう。君が用意してくれたこの馬車や爆弾のお陰で、作戦は上手くいった」
この二日間、追跡されて動けない三人に代わって、この脱出劇に必要な全ての物を揃えたのはテオだった。
「い、いえ。僕なんて……。この水瓶が上手くいったのはミーナさんの風魔術が凄かったからです。こんな繊細な魔力調整、そこいらの魔術師には到底出来ないよ」
ミーナは謙遜するように首を振ると、胸元から銀のネックレスを取り出した。
「これのおかげなの。これを着けてから、細かな魔力調整が出来るようになって。先代のフロウド団長が、私たちが一人前になったら……って言って残していってくれた物なんだ」
そのネックレスを大事そうに触れるミーナの指先には、敬愛する者たちへの想いが滲んでいた。
テオは感心したように頷き、話を続けた。
「それにしても、本命で使うはずだった地下運河を逆に囮にするなんて……あの発想は何というか……凄いね」
「それはサギリ姉ちゃんの情報があったからだよ。さっき聞いたんだけど、やっぱり賞金稼ぎが運河で待ち伏せてたみたい。上手くハマってよかった」
そう言って笑い合う二人だったが、ふとミーナが自分の袖の匂いを嗅いで顔をしかめた。
「……でも、体中が薬草の匂いですごく臭くなっちゃった」
「あはは、そうですね。でも安心してください。もう少し行けば川がありますから、そこで洗い流せますよ」
「本当? じゃあ、そこで体を流していこ」
決死の脱出劇の中、二人の間には戦友としての和やかな空気が流れる。
ミーナはふと表情を改め、テオの横顔を見つめた。
「……でも、テオ君は王宮治癒院の治癒師さんなんだよね? 凄い優秀でエリートじゃなきゃ入れないって聞いてるけど……」
「あはは……でも僕はまだ見習いだから……あそこは確かに、誇り高い場所ですけど……」
テオは少し視線を落とした。ミーナは静かに言葉を重ねる。
「そんな所にいた人が、私たちを助けたら……戻れなくなっちゃうよ? いいの?」
テオは一瞬戸惑ったように言葉を詰まらせたが、すぐに顔を上げ、絞り出すように答えた。
「いいんです。それに今さら、です。あの王子の暗殺事件の日、僕はあれが偽装だと知っていたのに、勇気が出なくて声を上げられなかった……。そのせいでアルテア団長は王子暗殺の汚名を着せられ、追われることになった……。だからもう僕は……もう後悔したくないんです」
その悲痛な告白を、ミーナは優しく受け止めるように見守っていた。
「テオ君は、強くて優しい人なんだね」
「そんな! 僕なんて、皆さんよりずっと弱くて……」
「そんなことないよ。もっと自信を持って。テオ君のお陰で、私たちはこうして生きて王都を出られたんだから」
ミーナに笑顔を向けられ、顔を赤らめるテオ。
彼は心の中で、自分がした事は間違いじゃなかった、と確信したのだった。
その後も馬車はミストルへ向けて、山間の街道を心地良く進んで行く。
その時、前方を見張っていたサギリとアルテアが鋭く反応した。
「……来る。隠れるぞ」
サギリの警告に、テオは素早く馬車を街道から外れた山中へと滑り込ませた。
茂みに馬車を隠し、身を潜めて息を殺す。
街道を伺う四人の前に、異様な一団が姿を現す。
進んで来るのは、数台の巨大な馬車の一団。
そこの荷台には、ルーバス公爵私兵団の紋章が刻まれた木箱が、いくつも積み上げられていた。
周囲を固めるのは、王国騎士団と公爵の私兵団。
その一団の中に、コークエで見た魔術師魔術師ヴェール、そして騎士団副団長ゼノスがいるのを、アルテアは見逃さなかった。
(あの木箱の中身……間違いない)
アルテアとミーナの脳裏に、あの鉄の甲冑の姿が浮かぶ。
「……アルテア団長、あれに公爵が造らせたっていう、禁忌の魔道具『魔装鎧』が入っているんですか?」
テオの問いに、アルテアとミーナは無言で、しかし重く肯定した。
一団が王都の方角へ過ぎ去るのを待ち、アルテアが低く、険しい声で口を開いた。
「あれが魔装鎧なのは間違いない。恐らく王都へ運ばれているのだろう。もし旧王宮に運ばれれば、殿下の救出は今よりもさらに困難になる……」
王子の安全、そして兵器の動力源としての利用。刻一刻と状況が悪化していくのを肌で感じ、アルテアは三人に告げた。
「急ごう。これ以上の猶予はない」
四人は再び馬車に乗り込み、バルトの手がかり、そしてザックスたちのが待つ次の町ミストルへと急いだ。
車輪の音だけが、静かな山道に焦燥を刻んでいった。
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