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断罪された最強の女騎士、傭兵少女と地の底から逆襲を開始する 〜冤罪で国を追われた騎士団長は、王国を守るために牙を剥く〜  作者: 十目 イチ


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第18話 蠢く猟犬と支配者の冷笑

 アルテアたちが下層街の空家で潜伏し、包囲網突破に向けて、休息していた頃。

 

 陽光すら届かぬ下層街の酒場にその男はいた。 

 自分の獲物がこの同じ下層街の目と鼻の先にいるとも知らず、賞金稼ぎグレイヴは煤けたテーブルに足を投げ出し、自らの足首に巻かれた包帯を忌々しげに睨みつけていた。


 アルテアに付けられたその傷は、深くはないが、彼のプロとしての自尊心に消えない泥を塗っていた。


「……あの女騎士、この借りは高くつくぜ……」


 グレイヴは懐から一枚の汚れた地図を取り出し、卓上に広げた。

 彼の目的はただ一つ。

 公爵私兵団や王国騎士団がアルテアを捕らえる前に、その身柄を確保し、法外な賞金を独り占めすることだ。


「さて……あの手負いの面子が、いつまでも騎士団や私兵団相手に、この王都で逃げ回れるはずがねぇ。今はどこかで隠れてんだろ。もし動くんなら今夜か、遅くとも明日。……だが、どの門も騎士団が目を光らせてやがる」


 グレイヴの指先が、昨晩アルテアを見失った地図上の水路をなぞる。

 彼の賞金稼ぎとしての勘と経験がアルテアたちの逃走ルートを辿り、その足取りを嗅ぎ取っていた。

 

 追い込まれた時、人は必ず隠された穴を目指す。

 グレイブは既にその隠された穴の情報を掴んでいた。


「……密輸に使う地下運河……商人どもの裏ルートか……。門から出られねえなら、奴らが使うのはこれだ」


 グレイヴは硬貨を席に叩きつけると、獲物を追う猟犬の瞳で、王都の街へと消えていった。


 ◇◇◇◇


 一方その頃、王宮の最上階。

 そこには、地上の喧騒が嘘のように静まり返った、冷徹な秩序が支配する執務室があった。


 窓際に立ち、眼下に広がる城下町を見下ろす一人の男、ルーバス・ボルドン公爵。


 整った顔立ちには三十代らしからぬ若々しさが残るが、その瞳には老練な政治家のような鋭い老獪さが宿っていた。

 彼は無駄を嫌い、合理性を重んじる。

 王家の血統という古い殻を破り、軍事力による新国家の形成を目論む、新進気鋭の野心家であった。


「……アルテアが現れましたか。それも、旧王宮の最深部まで……」


 ルーバスは振り返らず、背後で直立不動の姿勢を取るベルガに問いかけた。

 その声は低く、どこか音楽的な響きさえあるが、わずかな感情の揺らぎも許さない冷徹さを孕んでいた。


「はっ。速やかに排除すべきでした。……申し訳ございません」

「気にするな、ベルガ。彼女がエリオス王子の生存を確認したところで、今の彼女の声に耳を傾ける者などいない。……『王子殺しの逆賊アルテア』。彼女に手を貸す者など、たかだかならず者ばかりだろう。むしろ彼女には、この新しい国家の礎に、旧時代の王家が敗北する様を見せつけてやらねばならん」


 ルーバスが椅子に深く腰を下ろすと、部屋の影から一人の女が音もなく姿を現した。

 ルーバス公爵の右腕、魔術師イゾルデ。

 魔装鎧の開発を統括する魔導技術者でもある。

 白衣のように仕立てられた魔導法衣を纏い、眼鏡の奥で知的な光を放つ瞳は、常に実験結果だけを追い求めている。

 彼女は一見すると正常で理性的な人間に見えるが、その思考には倫理や道徳といった人間的な制約が完全に欠落していた。

 彼女にとってエリオス王子は、敬意を払うべき王族ではなく、その血に『王家の加護』を持つ、高純度の魔力を供給する極めて優れた検体に過ぎない。


「すべては計算通りに進んでおります、閣下。エリオス殿下という苗床は、期待以上の魔力を供給してくれていますわ」


 イゾルデは優雅な所作で一礼し、手に持った魔導記録板を提示した。


「コークエの工房で最終調整中だった魔装鎧の初期ロット……。これらを王都へ運搬する段取りが整いました。あとはこれに直接王子の魔力を注ぎ込むだけ。……ああ、早く見たいものです。血の通わぬ鉄の軍勢が、脆弱な肉体を蹂躙する光景を。それは何よりも、美しい数学的勝利だと思いませんか?」


 彼女はうっとりと、まるで恋人を語るような毒のある甘い声で続けた。


「……コークエからの運搬か。途中の警備に抜かりはないだろうな?」


 ルーバスの問いに、イゾルデは氷のように冷ややかな微笑を湛えて答える。


「もちろんですわ。陸路での運搬となりますが、現地担当のヴェールと公爵私兵団の一部隊、それと騎士団副団長のゼノスの部隊が王都までの道程を護衛致します。賊程度の輩であれば、手出しは不可能でしょう」

「ふむ……。魔装鎧のことは任せたぞ、イゾルデ。そしてアルテアだが……」


 ルーバス公爵の視線がベルガに向く。

 ベルガが反射的に背筋を伸ばした。


「彼女は必ずまた、エリオス王子を救うべく旧王宮に現れる。彼女に我らの計画を邪魔することは出来ぬだろうが、かと言って横槍を入れられるのはまかりならん。次に現れた時は解っておるだろうな? ベルガよ」

「はっ! 必ずや討ち取ってご覧に入れます」

「うむ」


 ベルガの返答に対し、ルーバス公爵は満足げに頷いた。

 彼の目指す、軍事力による領土拡大はあと一歩で完成する。

 ルーバス公爵の視線が、再び王都に注がれる。

 

「アルテア……。君の正義が我らのこの力の前に、どれほど無力か、その身で味わうがいい」


 支配者の冷笑が、静かな部屋に響いた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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