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愛の致死量  作者: 藤堂虎太郎
強欲の章
34/41

リアル・タイム・アタック(6)

 ピンポーンピンポーンドンドンドン! チャイムとノックの連打音がユイの悲鳴と重なり不協和音を奏でる中、俺は「静かにしろ居留守だNHKと宗教のハイブリッドだと思え!」と叫んで布団を被ろうとした刹那、ガガンッ! という鈍い破壊音と共にドアチェーンが弾け飛び、玄関ホールという名のロード画面を挟むことなく聖女カスミがボス部屋にエントリー! 「いやチェーン引きちぎるとかゴリスかよ!」という脳内ツッコミが追いつく間もなく、雨でずぶ濡れになり髪を振り乱したカスミが台所から持参した包丁という名の課金装備を片手に突進してくるフレーム回避不可の即死攻撃! 俺はとっさに「ごめんユイちゃん!」と全裸のユイを盾にするという人道的に最低だが生存戦略としては正解のムーブを試みるも、カスミのヘイトは正確に俺の座標をロックオンしておりユイを突き飛ばして俺の腹部にダイレクトアタック!


 ドスッ。


 ……あ?

 なんだこれ、熱い、いや冷たい? 違う、熱い! 焼けた鉛を胃袋に流し込まれたみたいに内臓が沸騰してる! 痛い痛い痛い痛い痛い! バグか? これバグだろ運営! 痛み設定がリアルすぎるんだよFPS値が低下する! 視界が赤い、警告灯が点滅してる、腹からドクドクと溢れ出す液体が生温かくて鉄の臭いがして気持ち悪い、吐きそうだ、いや吐いてる、俺の口から泡と悲鳴が漏れ出してる! 「キャアアアア!」とユイが発狂して部屋の隅へ逃げる音が遠くに聞こえるがBGMがバグって聞こえない、目の前には返り血を浴びてうっとりと微笑むカスミの顔面アップ!

「あたたかいね、ヒロトくん。中身、ちゃんと入ってたんだ。赤いね、綺麗だね」

 彼女が包丁を引き抜く感触、ズルリ、という肉と金属が擦れる振動が脊髄を駆け上がり、脳汁がドバァァァッと噴出する! やばいやばいやばいやばい、死ぬ、これ死ぬやつだYOU DIEDの文字が見える!

「ひ、ぁ……や、やめ……タイム! メニュー、画面、開かせろ!」

 俺は床を這いずり回る、無様だ、子鹿のようなステップなんて踏めない、ただの瀕死の芋虫だ、血で滑る、フローリングがぬるぬるして踏ん張れない、スリップダメージでHPがゴリゴリ削れる!

「どこ行くの? ヒロトくん。違うの、殺すんじゃないの。減らすの。選択肢を減らしてあげるの」

 カスミがゆっくりと近づいてくる、その足取りは軽い、スキップしてるみたいだ、手には真っ赤な包丁、瞳孔が開いて真っ黒な瞳!

「足がなくなれば他の女のところに行けないでしょ? 顔がぐちゃぐちゃになれば他の女が見向きもしなくなるでしょ? そうすればヒロトくんは私だけのものになるじゃない。簡単な引き算だよ、どうしてわからないの? ねぇ!」

 ヒイィィィ! ロジックが破綻してるようで妙に一貫性があるのが一番怖いんだよ! 要するに俺をダルマにして飼育するってことか!? そんなバッドエンド回収したくねえ! 俺はゴミ袋に躓いて仰向けに転倒する、カスミが俺の上に跨る、重い、女の重さじゃない、絶望の質量だ!

 逆手に持った包丁が、今度は俺の股間──俺のアイデンティティそのものに狙いを定めている!

「ここがいけないんだよね。ここが元気すぎるから、ヒロトくんは狂っちゃうんだよね。やっぱ切除しなきゃいけないね」

 やめろ! そこだけは! そこは俺のコントローラーだ!  俺は絶叫し、必死に腰を捻る、脳内麻薬で感覚が麻痺してるのか恐怖で狂ってるのかわからないが「スティックだけは守れ!」という生存本能が体を突き動かす!

 ザシュッ!  刃が股間を、俺の聖域を深く抉る!

「ぎゃああああああああああああ!」

 噴き出す鮮血、海綿体いったか? 尿道断裂か? 視界がブラックアウトしかける、痛い熱い怖い寒い、誰かログアウトさせてくれ電源を切ってくれ! 「大丈夫、悪い寄生虫は取り除いたからね、これでもう暴走しないね……」とカスミが血濡れの包丁を掲げて微笑む、股間から熱い液体がドバドバ流れるのが分かる、これは血か? それとも最後の精液か? あああ世界がラグり始めた! 意識と肉体のネットワーク接続が切断されました! ああ終わった俺のクソみたいな実況プレイここで打ち切りかよ。ご視聴ありがとうございました、チャンネル登録と高評価よろしく。──ブツン。




 ……ピッ、ピッ、ピッ。

 電子音。

 リスポーン? 俺、生きてる?

 目が覚めるとそこは真っ白な天井だった。病院のベッド。体を動かそうとすると下半身に焼けるような激痛、腹部から下には重たい違和感、そして尿道には冷たいカテーテル。助かったのか、野次馬の通報が間に合ったのか、いやそれよりステータスチェックだ! 俺はシーツをめくろうとするが手が震えて動かない!

 気がつきましたか。

 サイドに立っていたのは白衣の男、たぶんゲームマスター。いや、医者。その目は冷酷なシステム管理者のように無機質で、俺に非情なパッチノートを読み上げる。

 命に別状はありません。ですが局部への損傷が激しく、修復は不可能でした。全摘出です。ぐにゃあ。思考が溶ける。つまり? 俺の装備は? 俺の伝説の剣は?

 生殖機能および勃起機能は、永久に失われました。

 BAN! 物理的BAN処分!

 サイドテーブルのスマホを見る。ロック解除。『マッチングアプリ乱用男、交際相手にメッタ刺しにされる』『現場は血の海、吉祥寺の惨劇』。俺の本名と顔写真がデジタルタトゥーとして永遠に刻まれている。SNSのリプライ欄は「自業自得」「クズの末路」「ざまぁw」の嵐、会社からは懲戒解雇通知、実家からは絶縁宣言、友人は全ブロック。

 俺が積み上げてきたレベルも装備も人間関係も、すべて運営によって消去された! 残ったのは虚無の股間と一生外れないカテーテルと幻肢痛だけ。詰んだ、完全に詰んだ! コントローラーがないのにどうやってプレイしろって言うんだ! これはもう強制引退です。

「点滴変えますね」

 病室のカーテンがシャラリと開き、看護師の女が入ってくる。

 俺は死んだ魚のような目でそちらを見る。もういい、武器がない勇者に何ができる、俺はもうプレイヤー失格だ……。

 ……ん?

 マスク越しでもわかる、あどけない目元。名札には「サクラ」の文字。推定23歳、Cカップ、色白、ちょいドジ属性あり。

 ドクン。

 俺の心臓が、不整脈ではなく、別の意味で跳ねた。


 ドクン、ドクン、ドクン!


 おいおいおいおい嘘だろ、あんなに痛い目を見たのに? 肝心のジョイスティックが根元から消滅してるこの状態で?

 動く。動くぞ。俺の脳内CPUだけが、ハードウェアの喪失を無視して、ファンを唸らせてリブートする音が聞こえる!

 入力デバイスがないのに、プログラムだけが暴走している。「ヤりてえ」というバグだらけの命令コードが脳髄を駆け巡る。

「あ、ありがとうございます……あの、サクラさんって、いつもこの時間なんですか?」

 俺の口は勝手に動いていた。弱々しい「去勢された悲劇のイケメン」のアバターを即座に装備し、上目遣いで彼女を見る。「メンヘラ彼女に局部を抉られた現代の阿部定事件被害者」という前代未聞のロールプレイが、今ここに爆誕した!

「え? あ、はい、そうですけど……大丈夫ですか? まだ痛みます?」

 少し頬を赤らめるサクラ。

 ヒット判定! チョロい! まだイケる! いや、物理的にはイケない! 絶対に勃たない! ゴールのないマラソン! 虚無への全力疾走!

 それでも脳内でファンファーレが高らかに鳴り響く!

「新規クエスト発生。担当ナース・サクラを攻略せよ。ただし武器なし」

「報酬:終わらない渇き」

 懲りない? 反省? 知るかよそんなもん!

 俺の強欲は、肉体というハードウェアを超越して、概念となって永遠に彷徨い続ける悪性ウイルスだ!

 世界にはまだ俺が攻略していない女が三十億人以上いる! 身体機能が全廃しようが脳みそが焼き切れようが、俺の欲望だけはこの無理ゲーをコンテニューし続けてやる!


 さあ、第二章の始まりだ!

 リスナー、チャンネル登録解除すんなよ?

 ここからが、伝説の「攻略不可能」実況プレイの本番だッ!


(強欲の章・完)

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