リアル・タイム・アタック(5)
エリア移動! ロード時間を挟んで新マップ「吉祥寺」へようこそ! タクシー代一万円という課金アイテムを消費して新宿から物理的に距離を取った俺は、今、井の頭公園の入り口でターゲット4「ユイ(20・大学生)」と合流するという神ムーブを決めている。どうだリスナー、このリカバリー能力! さっきまで鬼と化した聖女に追われていた男が、三十分後には別の女と「初めましてぇ」なんてやってるこの精神力、もはやeスポーツ選手というよりデルタフォースのソルジャーだろ。雨は上がった。俺の運気も上昇気流に乗っている。ユイは写真通りのサブカル系女子、古着のワンピースにボサボサの髪、そして「私、メンヘラ男子好きなんです」という最高のパッシブスキル持ちだ。俺の今の「追われてる感」「挙動不審さ」すらも「ミステリアスで素敵」と好意的に解釈してくれる、まさに今の俺に特攻持ちのヒロイン! 運営の采配に感謝! 俺たちはストゼロを片手に、彼女のアパートへと向かう。「終電逃しちゃってさ(タクシーで来たけど)」「いいですよ、私の家、汚いけど」というQTEもノーミスでクリア。カスミ? 誰それ? 新宿エリアのボスキャラが、吉祥寺エリアまで湧いてくるわけねーだろ。MMORPGの基本だ、敵モンスターにはアグロってのがあるんだよ。エリア外に逃げればタゲは切れる。これが鉄則。俺は今、無敵の新規サーバーにいるんだ!
ユイの部屋は、予想通りのゴミ屋敷だった。脱ぎ散らかされた服、読みかけの漫画、飲みかけのペットボトル。足の踏み場もない。だが、それがいい。この「生活感」という名のノイズこそが、カスミの「無菌室」で窒息しかけていた俺の肺を蘇生させる。俺は靴を脱ぐなり、彼女を汚れた布団の上に押し倒した。「え、早くない? てか、お風呂入ってないし」とユイが抵抗するが、そんな衛生観念は捨てろ! 俺たちは獣だ、泥の中で交わるからこそ美しいんだ! 「君の匂いが好きなんだよ(定型文C)」と囁き、強引にキスをする。唇が触れ合った瞬間、俺の脳内で「実績解除:吉祥寺の夜」のトロフィーが解禁される。よし、イケる。今日も俺は勝った。三人目だ。一日に三人の女を攻略する、この偉業! ギネス申請しろよ! 快楽物質が脳内を駆け巡り、さっきまでの恐怖を完全に上書きしていく。俺の股間の聖剣も、度重なる激戦で耐久値は赤ゲージだが、持ち主の気合に応えてリスポーンしようとしている。さあ、クライマックスだ。このまま朝まで延長プレイといこうぜ!
その時だった。
枕元に放り投げていた俺のスマホが、異常な挙動を始めたのは。
ブブブブッ、ピロリン、ブブブッ、テロン、ピロリン!
通知音が重なって、不協和音を奏でる。
着信じゃない。LINEでもない。
X、インスタグラム、あらゆるSNSが同時に悲鳴を上げている。
なんだ? バズったか? 俺の魅力がついに世界に見つかったか?
ユイのブラのホックを外しながら、俺は片手でスマホを掴み、画面を覗き込む。
そして、凍りついた。
『拡散希望:この男に気をつけて。性病持ちのクズです』
『被害者の会立ち上げました。顔写真とLINEのスクショ公開します』
『#ヒロト #やり捨て #マッチングアプリ』
は?
画面を埋め尽くすのは、俺の顔写真。
ミホとカフェにいる写真。アイリとタクシーに乗る写真。マドカとホテル街を歩く写真。
そして、それら全ての投稿主は──『Kasumi_niceboat』。
カスミだ。
あいつ、物理攻撃じゃなくて、広域魔法を使ってきやがった!
しかもタグ付けが完璧だ。俺の大学のサークル仲間、会社の同期、インスタで繋がっている「見込み客」の女たち、全員にメンションが飛んでいる。
通知欄が滝のように流れる。
『うわ、ヒロトくん最低』『マジかよ』『死ね』『幻滅しました』『ゴミクズ』友達からのDM。『お前、何したの?』『万バズじゃんよかったなワロタ』。実家の母ちゃんからのLINE。『ヒロくん、これはどういうこと?』。
終わった。
俺の社会的信用、全ロスト。
アカウントBAN。永久凍結。
俺がコツコツ積み上げてきた「爽やかイケメン」という称号が、一夜にして「性病持ち(仮)のゴミクズ」という称号に書き換えられた。
「ねえ、なんか通知すごくない? 大丈夫?」
ユイが心配そうに俺の顔を覗き込む。
大丈夫? 大丈夫なわけあるか! 俺の人生は今、サ終のお知らせが出てるんだよ!
普通なら、ここで萎える。絶望して、スマホを投げ捨てて、頭を抱える。だが。
この期に及んで、俺の脳裏をよぎったのは「どうやって言い訳するか」でも「どうやって謝罪するか」でもなかった。
──サービス終了するなら、サーバーが落ちる最後の瞬間まで遊び尽くすのが、廃課金プレイヤーの矜持だろ?
俺はスマホを裏返し、通知の嵐を視界から消した。
「大丈夫、ただのスパムだよ」
引きつった笑顔でユイに告げる。
「それより、続きしようぜ」
「えっ、でも……」
「いいから! 今すぐ! 俺たちに残された時間は少ないんだ!」
そう、時間がない。この炎上がユイのスマホに飛び火するまで、あと数分、いや数秒かもしれない。彼女がスマホを見たらゲームオーバーだ。その前に、一発やる。何がなんでも「実績解除:ユイ」のフラグだけは立てる! 社会的に死んでも、俺の遺伝子データだけはこの世に残す!
俺は半狂乱でユイに覆いかぶさる。
「ちょ、痛い、ヒロトくん!?」
「愛してる! 君だけだ! 世界中が俺を敵に回しても、君だけは抱く!」
もはや口説き文句ですらない、破滅に向かう男の遺言。
ブブブブッ! ブブブブッ!
裏返したスマホが、ベッドの上で狂ったように震え、ドラムロールみたいに音を立てている。炎上通知のバイブレーションをBGMに、俺は最後のボスバトルに挑む。入れ! 入れ! サーバーが落ちる前に! ログインさせてくれ!
その時。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
軽快な電子音。
俺の腰が止まる。ユイも動きを止める。
「……誰? こんな時間に」
ユイが不思議そうに玄関の方を見る。
俺は知っている。
このタイミングで、この場所に来る奴を、一人しか知らない。
GPS? 違う。さっきのSNSだ。俺がマドカといた場所、そして移動した時間、それらを解析して「吉祥寺」というエリアを特定し、さらに……いや待て、どうやってこの部屋を特定した? 『Tinder』の位置情報か? それとも背景に映り込んだ景色か? わからん。
だが、わかることが一つある。
あの扉の向こうにいるのは、ウーバーイーツじゃない。
ピンポーン。ピンポーン。
連打されるチャイム。
ドンドンドンドン!
ドアを叩く音。
物理攻撃開始。
「ヒロトくーん? そこにいるんでしょー? 開けてよー」
声が聞こえる。ドア一枚隔てた外側から。
あの、優しくて、慈愛に満ちた、聖女の声が。
「えっ、誰? 彼女さん?」ユイが青ざめる。
「違う! NHKの集金だ! 絶対に出るな!」
俺は叫び、ユイを押さえつけ、それでもなお、最後の一押しを試みる。諦めない。俺は諦めないぞ! ドアが蹴破られるのが先か、俺がイくのが先か。
これぞ究極のRTA! ファイナル・ラウンド、ファイトッ!




