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愛の致死量  作者: 藤堂虎太郎
強欲の章
31/41

リアル・タイム・アタック(3)

 ボス、ダウン!

 ファンファーレ鳴らせ、紙吹雪飛ばせ、俺の脳内Twitchコメント欄は「GG」「神プ」「課金勢の力w」で埋め尽くされている! 港区のレイドボス・アイリは現在、高級ホテルのキングサイズベッドという名のフィールドで、HPを全損して気絶中だ。強かった、マジで硬かった。ガードの上からブランド知識と年収マウントで殴ってくるパワータイプだったが、最終的には俺の「虚構の愛」という名の貫通弾がクリティカルヒットして沈んだ。「私、こんなに愛されたの初めてかも……」とか寝言ほざいてやがるが、悪いな、その愛は全部AIで生成されたフェイクデータなんだよ。俺はベッドから音もなく滑り降りる。ステルス判定成功。シャワーを浴び直す時間はない。ウェットティッシュでイチモツについた高級な体液を拭い取り、パンツを履き、服を着る。この間、わずか三十秒。RTA走者としての無駄のないムーブに我ながら惚れ惚れするね。枕元に「急な仕事でごめん、愛してる」と走り書きしたメモを残す。これで彼女は起きた後も「忙しい彼氏」というロアを勝手に補完して、俺への好感度を維持し続けるだろう。チョロい。人間ってのは脳内で都合よくレンダリングする生き物だからな。

 ホテルを出て、タクシーという名のファストトラベルを使用。「新宿、歌舞伎町まで。高速使って、最短ルートで頼む」。運転手がバックミラーで俺を見る。「急ぎですか?」「ああ、世界を救わなきゃいけないんでね(性的な意味で)」。車内で俺はエナジードリンク『モンスター』を喉に流し込む。カフェインと糖分が血管を駆け巡り、摩耗したスタミナゲージが無理やり回復していく。現在時刻19時15分。ターゲット3・マドカ(21・アパレル店員)との待ち合わせは19時30分。ギリギリだ。フレーム単位の調整が必要だ。スマホを見る。通知センターが地獄絵図になっている。ミホからの「次はいつ会える?」という追撃メール、アイリからの(まだ寝てるはずだが)未来の束縛を予感させるLINE、そして新規マッチングの通知、通知、通知! うおおおおお、モテる! 俺はモテている! いや違う、これはモテているんじゃない、需要に対して俺が供給しすぎているだけだ! 世界が俺の種を求めている! この全能感、この脳汁ドバドバ状態、やめらんねえ! 俺は片っ端から既読をつけずに通知をスワイプし、タスクキルしていく。だが、一つだけ無視できないポップアップが残った。『カスミ:冷蔵庫にケーキあるよ。今日帰ってくる?』。セーブポイントからの定期通信。チッ、うぜえな。安全圏は黙って回復魔法だけ唱えてりゃいいんだよ。「仕事終わんない、今日は会社に泊まるかも(定型文B)」を送信。これで明日の朝まで自由時間は確保された。完璧だ。俺の盤面に死角なし。

 歌舞伎町に到着。ネオンが眩しい。ここはこのゲームにおけるPvPゾーン、欲望と暴力と吐瀉物が混ざり合うカオスサーバーだ。ドン・キホーテ前にマドカはいた。金髪ボブに鼻ピアス、ダメージジーンズ。わかりやすい「サブカル・メンヘラ・ビッチ」属性。ミホがチュートリアル、アイリがボス戦だとしたら、マドカは「ボーナスステージ」だ。この手のタイプは攻略手順が単純で、かつアクション性が高い。

「おつー、マドカ? 待ったっしょ」

 俺は「チャラ男・バンドマン風アバター」を即座に装備し、軽いノリで声をかける。

「ううん、今来たー。てか、お兄さんイケメンじゃん、ウケる」

「だろ? 俺もマドカの写真見てビビったわ、実物のがいいって詐欺だろ」

「やだー、アゲないでよー」

 会話のキャッチボール? 必要ない。これはQTEだ。表示されたボタンをタイミングよく押すだけで好感度がマックスになる。

「酒、飲みたくね?」

「飲むー。てか、あたしこの後予定ないし、朝までいけるよ?」

「話が早くて助かるわ。じゃあ、行こうか」

 どこへ? 決まってんだろ、目の前に林立する休憩三千円の安ホテル街へだ! カフェ? 食事? そんな中継地点はいらねえ! 直通だ!

「え、いきなり? ウケる、強引すぎ」

「嫌か?」

「……嫌じゃないけどぉ」

 ニヤつくマドカ。はい確定演出! 勝利確定BGMスタート! 俺たちは手を繋ぎ、雑居ビルの隙間にある安っぽいラブホへと吸い込まれていく。アイリとの高級ホテルからの落差で耳がキーンとなるが、このジャンクな味わいこそがスパイスなんだよ。高級フレンチの後に食うカップ焼きそばが一番美味いのと同じ理論だ。

 部屋に入った瞬間、マドカが抱きついてくる。「ねえ、キスして」。早えよ! イベントシーンくらい見せろよ! でも俺の身体も限界に近い。性欲という名の本能が、理性を乗っ取って暴走を始めている。アイリ戦での消耗? 関係ねえ、新しい女の肌に触れれば、HPなんて無限湧きするんだよ! 俺はマドカをベッドに押し倒す。服を脱がす手間すら惜しい。スカートを捲り上げ、下着をずらす。雑だ。扱いが雑すぎる。でもマドカはそれを喜んでいる。「実績解除:即尺」「実績解除:歌舞伎町の獣」。脳内コメント欄が「ペース配分考えろw」「死ぬぞお前」「腹上死RTA」と騒いでいるが、うるせえ黙ってろ! 俺は今、生きている! この瞬間のために生きている! 三十億人の女がいるこの星で、俺は今日三人目の女と繋がっている! これ以上の充実感がどこにある? マドカの安っぽい香水の匂い、耳元のピアスが揺れる音、彼女の軽い喘ぎ声、すべてが俺の強欲を満たすためのマテリアルだ。もっとだ、もっとよこせ、俺の空洞を埋めろ!

 行為の最中、ふと、ベッドのサイドテーブルに置いた俺のスマホが光った。

 通知じゃない。着信だ。

 こんな時に? 誰だ? ミホか? アイリが起きたか?

 マドカの首筋に顔を埋めながら、横目で画面を盗み見る。


『カスミ』。


 ……は?

 またかよ。しつけえな。さっき「泊まる」って送っただろ。バグか? NPCの挙動がおかしいぞ。

 無視だ。今はマドカとのボス戦中だ。コントローラーの手を離せるか。

 ブブブブッ、ブブブブッ。

 スマホが震え続ける。

 長い。コールが長い。留守電に切り替わらない。

 マドカが「ん……電話、出なくていいの?」と喘ぎながら聞く。「いいんだよ、間違い電話だ」と俺は腰を動かし続ける。

 ようやく振動が止まった。

 ふう、と息をついたのも束の間。

 ピロリン。LINEの通知音。

 画面にポップアップされたメッセージを見て、俺の動きがフリーズした。思考処理がクラッシュした。

『ねえ、今、歌舞伎町にいるでしょ?』

 は?

 なんで?

 なんでバレてんだ?

 インスタも投稿してない。完全ステルスで行動してたはずだ。まさかGPSでも仕込まれたか?

 背筋に、冷たいものが走る。アイリの高級ホテルの空調とは違う、墓場のような冷気。『GPS信号を確認しました』とかいうシステムメッセージじゃない。生身の人間からの、確定的な観測報告。

「どうしたのぉ? 止まっちゃったじゃん」

 マドカが不満そうに身体をくねらせる。

「あ、いや……なんでもない」

 俺は動揺を隠して行為を再開しようとするが、イチモツが萎え始めている。おい嘘だろ、俺の最強の聖剣が、たった一行のテキストでデバフ食らっただと?

 ピロリン。

 追撃の通知。

 恐る恐る画面を見る。

 画像が送られてきた。

 それは、さっき俺とマドカが、このラブホテル街の入り口で手を繋いで歩いている後ろ姿の写真だった。

 ブレている。

 でも、間違いなく俺だ。そして、撮影アングルは、すぐ後ろ。

 数メートル後方。

『見つけた』

 ゾワリ、と鳥肌が立つ。

 コメント欄が「ホラー展開キター!」「後ろ後ろ!」「これBANされるやつw」と一斉に草を生やす。

 近くにいる。

 絶対安全圏が、ダンジョン内を徘徊している。

 バグだ。これは致命的なバグだ。

 安全地帯のNPCが、敵対クリーチャーとしてフィールドにポップしている!

 俺はマドカを押しのけ、慌てて窓の外、歌舞伎町の雑踏を見下ろした。

 雨が降り始めている。

 傘の波。欲望の渦。

 その中に、見慣れた白いコートを着た女が、じっとこのホテルを見上げているような気がした。

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