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愛の致死量  作者: 藤堂虎太郎
嫉妬の章
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神様のピクセルを縫い合わせて愛す(5)

 ツイッターが燃えている。

 私のタイムラインが業火に包まれ悲鳴を上げている。『乗っ取り?』『ルカ様大丈夫?』『どっちが本物?』。

 本物のルカ様──あの薄汚い肉の袋──は、必死になって指を動かしているらしい。

『信じて! 今配信してるのは僕じゃない! 誰かが勝手にやってるんだ!』

『パスワード変えられた! ログインできない!』

『警察行くからな! ふざけんな!』

 遅い遅い遅い遅い遅い。亀かよ。ナメクジかよ。お前の回線はISDNか? こっちは光速の電子で殴ってんだよ。物理法則の壁を越えて神の領域に達してんだよ。お前が警察署に行って被害届の書き方を教わってる間に、こっちは世界を三回くらい滅ぼして作り直せるんだよバカが。

 私は笑う。喉が裂けるくらい笑う。


 あはははははははははははは!


 気持ちいい。脳汁が止まらない。頭蓋骨の中で花火大会が開催されてる。ドーパミンとエンドルフィンがモッシュして暴れ回ってる。

 ねえ、見てる? 神様。

 いや、私こそが神様。

 じゃあ私が殺そうとしているあいつは? 悪魔? いや、ただのバグだ。世界にへばりついたシミだ。修正パッチを当てなきゃいけない。デバッグだ。これは聖なるデバッグ作業だ。


 私はフォルダを開く。

『Deceit』と名付けたフォルダ。

 ここにあるのは、私があいつの裏切りを確信してから不眠不休でネットの深海を浚って、デジタルタトゥーの墓場を掘り返して見つけ出した「猛毒」の数々だ。

 愛があれば、殺意があれば、一晩で人間の人生なんて丸裸にできる。

 あいつの裏垢のスクショ。女とのツーショット。未成年の時の飲酒疑惑写真。ファンを「金蔓(ATM)」と呼んだDMの流出画像。そして、極めつけの昨日の焼肉デートの証拠写真。

 これらは全部、事実だ。

 でも、使い方は私が決める。

 事実は編集して初めて真実になる。コンテクストを書き換えれば、善人は悪人に、被害者は加害者になる。

 私はOBSの『配信開始』ボタンをもう一度クリックする。

 第二ラウンドだ。

 タイトルは『【緊急】助けて。殺される』。

 サムネイルは真っ黒。

 クリック。

 ドォォォォォン!

 再接続。同接数、一瞬で八万。

 全員、血の匂いを嗅ぎつけた女たちだ。愛に飢え、裏切りを何よりも憎み、守るべき「王子様」のためなら鬼にでも蛇にでもなる、150万人のガチ恋勢。

 私はマイクに向かって、過呼吸気味の演技をする。

 はあ、はあ、っ、うう……。

 RVCのAIが、その呼吸音すら「美少年が怯える吐息」に変換して出力する。

 完璧だ。私は天才だ。

『……ごめん。ごめんね、みんな』

 ルカ様の声が震える。

『怖くて、言えなかった。ずっと脅されてたんだ』

 コメント欄が止まる。

『脅されてた?』『どういうこと?』『警察?』『大丈夫?』『あたしたちがついてるよ!』

 私は畳みかける。シナリオは私の脳内でリアルタイムに生成されていく。論理なんて置き去りにして、感情の暴力だけで突っ走る。

『SNSで騒いでる人がいるでしょ? ……あいつなんだ。あいつが、僕のアカウントを乗っ取ろうとしてるんだ』

 逆転の論理。

 パラダイムシフト。

 本物を偽物に、偽物を本物に。

『あいつは、僕のマネージャー……みたいな人を名乗って近づいてきて、僕の個人情報を握って、ずっと僕を操り人形にしてたんだ』

 嘘八百。でも、彼女たちが信じればそれは歴史になる。

『「言うことを聞かないと住所を晒すぞ」とか、「女と遊んでる写真を捏造してばら撒くぞ」とか……ずっと、ずっと怖くて……』

 私は鼻をすする音を立てる。

『最近の配信、変だったでしょ? やる気なかったり、眠そうだったり……あれ、僕じゃないんだ。あいつが無理やり配信させてたんだ。僕はもっとみんなと話したかったのに、歌いたかったのに、あいつが……!』

 完璧な辻褄合わせ。

 最近のルカ様の不調も、堕落も、女の影も、全部「悪の組織」のせいにできる。

 ルカ様は悪くない。ルカ様は被害者だ。清廉潔白な王子様が、汚い大人の男に搾取されていた。

 女たちは「可哀想なショタ」が大好きだ。守ってあげたくなる。母性本能という名の狂気が起動する。コメント欄が怒号に変わる。『許せねえ!』『誰だそいつ!』『殺す』『殺す』『殺す』

 火がついた。ガソリン満タンのキャンプファイヤーに火炎放射器をぶっ放したみたいだ。

 さあ、燃料投下だ。

 私はデスクトップの画像を配信画面にドラッグ&ドロップする。

『……これ、あいつが僕の金で遊んでる写真なんだ』

 画面に映し出される、高級焼肉と、女の手と、ブランド時計。

『みんながくれたスパチャ、全部あいつに奪われてた。僕には一円も入ってこなかった。あいつがこの女と遊ぶために、僕は……僕は……ッ!』

 号泣。嗚咽。AIボイスが悲痛な叫び声を上げて、ファンの鼓膜を引き裂く。

 私の部屋で、私は無表情でキーボードを叩いている。涙なんて一滴も流れていない。私の瞳は乾ききって、モニターの光を反射して冷たく光っている。心臓だけが早鐘を打っている。

 殺せ。殺せ。殺せ。

 私の中の獣が叫ぶ。

 あいつを殺せ。社会的に、精神的に、存在ごと抹消しろ。

 そうすれば、この世には「ルカ様」だけが残る。不純物が消えて、純粋な結晶だけが残る。

 私は次の画像を表示する。あいつの免許証の画像。もちろん、住所と本名の部分は隠してない。モザイク? かけるわけないじゃん。これは「うっかりミス」を装った故意のリークだ。

『あ、ごめん、間違えちゃっ……!』

 私は慌てて画像を消すフリをする。

 でも、もう遅い。

 数十万人の女たちがスクショを撮った。

 インターネットという名の巨大な脳みそが、その情報を記憶した。

 終わりだ。

 チェックメイト。

 お前の人生、ここでゲームオーバー。コンティニュー不可。セーブデータ破損。

 コメント欄が加速する。

『特定した』『住所ここじゃん』『凸るわ』『拡散希望』『この男が犯人か』『ルカ様をいじめるな』『ルカ様を返せ』

 正義の暴走。集団リンチ。魔女狩り。最高に醜くて、最高に美しい光景。

 人間ってすごいね。正義という名の免罪符を与えられた瞬間、どこまでも残酷になれるんだもん。

 私は神の視点でそれを見下ろす。

 ねえ、痛い? 怖い? 苦しい?

 でも、私が感じてた痛みはこんなもんじゃないよ。

 神様を汚された痛み。信仰を踏みにじられた痛み。

 お前が女とイチャついてる間に、私がどれだけ血の涙を流したと思ってるんだ。

 これは因果応報だ。カルマだ。

 私が裁くんじゃない。世界が裁くんだ。


『……助けて。みんなの力で、僕をあいつから守って』


 私は最後の一押しをする。

 トドメの一撃。


『僕は、甘噛ルカでいたい。みんなだけのルカでいたいんだ』


 その言葉は、私自身の本心だった。

 あんな不完全な男よりも、私の方がルカ様を愛しているし、私の方がルカ様を輝かせられる。

 だから、私がなる。

 進化だ。これは種の進化なんだ。

 肉体という枷を捨てて、ルカ様へとアセンションするんだ。

 もう、障害物はなくなった。あいつは社会的に死ぬ。明日には家に大量の嫌がらせが届くだろう。電話は鳴り止まないだろう。家族も巻き込まれるだろう。

 二度と、表舞台には出てこられない。「僕こそが本物だ」なんて叫んでも、誰も信じない。だって、あいつは「ルカ様を脅していた悪党」なんだから。

 歴史は勝者が書き換える。

 そして今、勝ったのは私だ。


 私は配信を切る。

 プツン。

 ブラックアウトした画面。

 でも、ネット上では炎上が広がり続けている。山火事みたいに。核爆発の余波みたいに。

 私は(エックス)を見る。

 本物のアカウントが消えていた。削除された? 凍結された? それとも、恐怖に耐えきれずに自分で消した?

 どっちでもいい。

 消えたという事実が重要だ。

 空席になった。

 神の座が、空いた。

 私は椅子から立ち上がり、くるくると回った。ダンス。勝利の舞。

 あはっ、あははは、あはははははははは!

 笑いが止まらない。涙が出てきた。これは喜びの涙だ。

 やった。やったよ。

 殺した。

 神様を殺して、私が神様になった。

 部屋の空気が美味しい。電子の味がする。勝利の味がする。鉄錆と血とオゾンの味がする。

 私はモニターの中のアバターを見る。

 彼はまだ動いている。Vtube Studioの待機モーションで、穏やかに呼吸している。

 私はモニターに抱きついた。

 硬い。熱い。この熱こそが、ルカ様の体温だ。

「愛してる」

 私は呟く。

 マイクが音を拾って、ヘッドホンからルカ様の声で返ってくる。

『愛してる』

 ああ、幸せ。

 これ以上の幸せがこの世にあるか?

 ないね。断じてない。

 私はルカ様と一つになった。融合した。

 ATフィールドが消滅して、LCLの海で溶け合った。

 もう誰も私たちを引き裂けない。

 女も、現実も、法律も、倫理も。

 ここには私とルカ様しかいない。

 そして、私がルカ様なのだから、ここには「私」しかいない。

 究極の愛。究極の孤独。

 でも、それがどうした?

 神様っていうのは、いつだって孤独なもんでしょ?

 外は夜。静かだ。

 3Dの人間たちは、今頃、豚みたいに眠ってるんだろう。

 彼らは知らない。今夜、世界が書き換わったことを。

 新しい神が誕生したことを。

 関係ない。あいつらは背景だ。解像度144pのボケたテクスチャだ。

 私には、150万人の信者がいればそれでいい。

 私は再びPCに向かう。

 まだ終わらない。

 これからが始まりだ。

 だって、私は神様になったんだから。

 神様の仕事は、世界を愛することだ。

 歪んだ、狂った、独りよがりの愛で、世界中を埋め尽くしてやる。

 覚悟しろよ。お前らの人生、全部私が食い尽くしてやるから。

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