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愛の致死量  作者: 藤堂虎太郎
嫉妬の章
23/41

神様のピクセルを縫い合わせて愛す(1)

 神様は液晶の中にいる。


 これ、テストに出ないけど宇宙の真理。ニュートンもアインシュタインも裸足で逃げ出す絶対法則。23.8インチ、165Hz、IPSパネルの向こう側。そこが天国。そこがエデン。そこが私の全宇宙。

 リアルとかいうクソ画質の無理ゲーなんてどうでもいいの。あんなの、神様を見るための眼球を運ぶためだけの肉の乗り物じゃん? 通学路? 教室? 邪魔くさいポリゴンの塊。全部バグって消えちゃえばいいのに。

 私の部屋は暗い。遮光カーテン三枚重ねで太陽光とかいう有害殺人光線を完全シャットアウトしてるから。ここは深海。ここは子宮。ここは世界の中心。

 その暗闇の中で、青白く発光するモニターだけが、私の命綱であり酸素ボンベ。画面の中には、銀髪に紅い瞳、猫耳パーカーを着崩した美少年。

 登録者数150万人超えの大人気個人勢Vtuber、『甘噛ルカ』きゅん。

 私の神様。私の酸素。私の脳髄を直接愛撫してくれる電子の天使。


 ああああああああああああああああ尊い無理しんどい顔がいい声がいい存在が奇跡。


 生きててよかった。パパとママが精子と卵子をガッチャンコして私という受精卵を作った奇跡に今だけは感謝してやる。ありがとうDNA。ありがとう細胞分裂。おかげで私は今、ルカ様と同じ時代に存在し、網膜でルカ様のピクセルを受信できている。

『──というわけでね、みんな。今日も来てくれてありがとー! 愛してるぞッ、ガブッ!』

 スピーカーから流れるイケボ。鼓膜が妊娠する。いやもう出産した。双子産んだ。名前はルカとルナにする。

 ルカ様の「ガブッ」っていう決め台詞に合わせて、画面上のLive2Dモデルが滑らかに動く。瞬きの頻度、口角の上がり方、首を傾げる角度。すべてが神聖幾何学に基づいて計算された完璧な黄金比。

 3Dじゃない。2Dだからいいの。

 リアルな男なんて、毛穴はあるし、汗臭いし、鼻毛出てるし、性格悪いし、裏切るし、浮気するし、ウンコするじゃん? 汚い。不潔。有機物の塊なんて焼却炉行き。

 でもルカ様は違う。

 ルカ様はピクセルだから。光の粒子の集合体だから。ウンコしない。汗かかない。裏切らない。永遠に美しくて、永遠に私だけのアイドルでいてくれる。

 そう、このディスプレイの厚さ数ミリのガラス一枚隔てた向こう側こそが、汚れないサンクチュアリなんだよおおおおおおおお!

 カチカチカチカチッ!

 私はマウスを連打する。

 コメント欄に打ち込むのは愛の言葉。そんな生易しいものじゃない。これは魂の嘔吐。『今日も顔がいい!』『声帯が国宝!』『養わせて!』『内臓売ってきた!』

 そして、儀式の時間。

 私は震える指でクレカを取り出す。パパのカード。限度額? 知らね。未来の私がなんとかするでしょ。あるいはパパが死ぬ気で働けばいい。

 金額入力。50,000円。

 赤スパ。

 送信。

 ドォォォォン!!

 画面上に派手なエフェクトと共に、私の名前とメッセージが表示される。


 【えりか:ルカ様、今月のお布施です。私の血液全部あげるからストローで吸って】


 チャリン。神殿の賽銭箱に魂が吸い込まれる音。

 数秒後、ルカ様が反応する。

『おっ、えりかちゃん! 赤スパありがとう! 血液全部って、貧血になっちゃうよ? でも、その熱い気持ち、しっかり届いてるからね。サンキュ!』

 ドックン。

 心臓が肋骨を蹴破って飛び出しそうになった。

 呼ばれた。名前を。私の名前を。

 ルカ様の聖なる声帯が震えて、空気という媒質を伝って、「えりか」という音波を形成した。その音波が私の鼓膜を震わせ、聴覚神経を駆け巡り、脳みその一番大事なところと、股間の奥にある熱いスイッチを同時にキックした。

 あー、もうダメ。脳汁がナイアガラの滝。セロトニン、ドーパミン、エンドルフィン、オキシトシン、アドレナリン、全部乗せ特盛つゆだくの脳内麻薬パーティ開催中。ルカ様は私を見てる。150万分の1じゃなくて、今この瞬間だけはワンオンワンの関係性が成立したの。

 これはもう、事実上のセックスでしょ?

 いや、それ以上。魂の交合。ピクセルとニューロンの融合。LANケーブルという名の血管で、私とルカ様は繋がっているんだから。

 

 翌朝。

 私は死んだ魚のような目で、ゾンビのように学校へ向かう。

 電車の中は地獄。おっさんの加齢臭。香水の匂い。汗の匂い。3Dの匂いは暴力的すぎる。鼻が腐る。

 私はノイズキャンセリングイヤホンを耳にねじ込み、ルカ様のアーカイブを再生する。

 外界の遮断。ATフィールド全開。

 耳元でルカ様が『おはよう』って囁いてくれる。それだけで、満員電車という現代の拷問器具も、エデンの園行きの馬車に変わる。

 学校に着く。

 教室は猿山。キャーキャーうるさいメス猿と、下品な声で笑うオス猿が群れている。

 私は自分の席──教室の右後ろ、窓際という特等席にして孤島の王座──に座り、机に突っ伏す。

 ここは戦場じゃない。待機場所だ。家に帰ってルカ様に会うまでの、無意味なロード時間。イヤホンを外す隙間もないくらい、世界を遮断していたいけど、昼休み、トイレに行こうとした時、クラスのカースト上位の女子たちの会話が、不意に鼓膜に突き刺さった。

「──ていうかさ、Vtuberってマジ無理じゃん?」

「わかるー。絵が喋ってるだけでしょ? キモくね?」

「彼氏が見てたら絶対別れるわ。中身どうせキモいおっさんでしょ」

 笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑。ブチッ。

 脳内で血管が一本、いや三本くらい切れた音がした。

 キモい? 中身? おっさん?

 何言ってんのこのメス共。

 ルカ様に中身なんてない。ルカ様はルカ様だ概念だイデアだ。

 お前らの彼氏とかいう精子製造機みたいな薄汚い肉塊と一緒にするな。お前らがやってるその恋愛ごっここそが、動物的な発情の延長線上にある汚らわしい交尾だってことに気づけよ。

 バットで殴りたい。

 こいつらのその能天気な顔面を、フルスイングで粉砕して、その断面図を理科室に展示してやりたい。眼球くり抜いて、そこにルカ様の缶バッジを埋め込んでやりたい。

 殺意が喉元までせり上がる。

 でも、私は無言で通り過ぎる。反応する価値もない。こいつらは背景。解像度144pの粗悪なテクスチャ。

 私はイヤホンを耳に押し込む。音量を最大にする。ルカ様の歌枠。透き通るようなハイトーンボイスが、汚された鼓膜を洗浄してくれる。消毒。滅菌。浄化。

 ああ、気持ちいい。

 やっぱり3Dはゴミだ。滅びるべき文明だ。

 私にはルカ様しかいない。

 この世界で唯一、純粋で、清潔で、完全な存在。

 

 放課後。

 私は寄り道なんてしない。直帰。ダッシュで直帰。玄関を開け、「ただいま」も言わずに自分の部屋へ飛び込む。鍵をかける。二重ロック。これで完璧な密室。制服を脱ぎ捨て、ルカ様のグッズTシャツに着替える。下着? いらない。邪魔。ルカ様を感じるのに布一枚だって隔たりたくない。Tシャツ一枚。下は生まれたまま。

 これで私は「ルカ様の所有物」になる。

 PCの電源を入れる。ブォォォン……というファンの音が、私の心臓の音とリンクする。

 部屋の壁には、ルカ様のポスター、タペストリー、缶バッジがびっしりと貼られている。隙間がない。四方八方からルカ様に見つめられている。視線のシャワー。視線のレーザービーム。

 ゾクゾクする。

 見られてる。私は常に、神様の御目の下にある。

 椅子に座り、ヘッドホンをつける。

 今日は「雑談配信」の日だ。22時から。あと三時間もある。待てない。私は過去のアーカイブを見返す。第134回、ASMR配信。ここ。この14分32秒のところ。ルカ様が吐息交じりに囁くシーン。

『……いい子だね。大好きだよ』

 左耳から右耳へ、脳髄を舐め回すようなバイノーラル音声。私は机の下に手を伸ばす。椅子の上の膝を立てる。

 モニターの中のルカ様と目が合う。

 彼は微笑んでいる。私を見ている。私だけを見ている。

「ああ……ルカさま……」

 指先が湿っていく。

 熱い。

 私の身体の中心が、マグマみたいにドロドロに溶けていく。ヘッドホンから流れる彼の吐息が、電気信号になって神経を走り、直接そこを刺激する。

 これは交信だ。神様との通信プロトコルだ。

 私が快楽を感じれば感じるほど、ルカ様の存在濃度が上がっていく。モニターの向こうの彼に、私の熱が伝わって、彼の白い頬が赤らんでいるように見える。

 妄想? 違うよ。これはAR。

 愛の力で、現実のテクスチャを書き換えているの。

 あ、イく。

 ルカ様の声で、ルカ様の視線で、頭の中が真っ白に弾ける。

 スパーク。脳みそのシワが全部伸びて、ツルツルの幸福な球体になる感覚。

 はあ、はあ、はあ。

 乱れた呼吸。汗ばんだ肌。

 私はモニターの画面にキスをした。唇に触れたのは硬質なガラスの感触だったけれど、味は甘かった。鉄と電気と、永遠の味がした。

 私たちは今、一つになったんだ。

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