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愛の致死量  作者: 藤堂虎太郎
憤怒の章
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聖女の救済に関する論理的証明(6)

 鋼鉄の棺桶──エレベーターという名の垂直輸送機が、重力という物理法則に逆らって上昇を開始する。

 ブーンという低い駆動音が、俺の鼓動と完全にシンクロし、やがてそれは天地を震わせるパイプオルガンの重低音へと変貌を遂げた。俺の体内では、脳内麻薬が神の配合比率で混合され、血液の代わりに金色の霊酒となって血管を駆け巡っている。指先が痺れる。視界の端がチカチカと発光し、世界のフレームレートが異常なほど高まっているのがわかる。俺は今、肉体という牢獄から精神を半ば飛翔させ、純粋なエネルギー体として、魔窟の最上階へ、すなわち世界の頂点へとアプローチしているのだ。

  チン、という軽薄な到着音が、開戦の銅鑼のように響いた。

 扉が左右に滑り、開かれる。

 そこには、偽りの楽園が広がっていた。

 スモークという名の欺瞞の霧。LEDという名の人工の星々。そして、シャンパンの腐臭と安っぽい香水が混ざり合った、資本主義の腐敗臭。

 店内は満席だった。無数の顔のない亡者たちが、席を埋め尽くし、我が聖女を消費し、貪り食っている。彼らの笑い声は、俺の耳には不協和音のノイズとして、あるいは地獄の釜が煮える音として届く。

 ああ、なんと醜悪な光景か。

 だが、嘆くことはない。救済者は今、到着したのだから。


 俺はコートの内側から、銀色に輝くバールを引き抜いた。

 その瞬間、店内の空気が凍りついた気がした。否、それは彼らが、俺の放つ圧倒的な「聖性」に気圧され、本能的な畏怖を抱いたからに他ならない。

 俺は一歩を踏み出す。重厚なブーツの音が、フロアに第一の審判を告げる。


「──粛清を開始する」


 俺の唇から漏れた言葉は、誰に向けたものでもない。宇宙の法則そのものへの宣言だ。

 俺は右手に握ったバールを、指揮者がタクトを振るうように優雅に振り上げた。狙うは、入り口近くにある巨大なクープグラスのタワー。あの、欲望と虚飾が積み上げられたバベルの塔だ。

 銀色の軌跡が空を裂く。

 

 ガシャアアアアアアアアアアンッ!


 美しい。あまりにも美しい音色が弾けた。

 数千のクリスタルが同時に砕け散り、光の粒子となって虚空に舞う。それは破壊ではない。解放だ。ガラスという物質的な拘束から解き放たれた光たちが、本来あるべき混沌(カオス)へと回帰していく、物理学的な祝祭だ。

 店内に悲鳴が轟く。「きゃああああ!」「なんだお前!」「やめろ!」

 違う、それは悲鳴ではない。歓喜の歌だ。彼らは俺の行使した奇跡を目の当たりにし、そのあまりの神々しさに魂を震わせ、感謝の言葉を叫んでいるのだ。

 俺は笑う。腹の底から、魂の奥底から、笑いがこみ上げてくる。世界がスローモーションになる。飛び散るガラス片の一つ一つが、虹色のプリズムを描いて回転している。その中を、俺は舞踏会で踊る貴族のように軽やかに進む。

 店員が、客が、俺から逃げるように駆けていく。

 彼らの顔は恐怖に歪んでいるように見えるが、それは俺の脳内フィルタを通して変換され、慈悲を乞う信徒の表情へと昇華される。

 邪魔だ。俺の行進を妨げるな。

 俺はバールを横薙ぎに払う。

 硬い感触。鈍い衝撃。

 誰かの体が、物理法則に従って吹き飛んでいく。

 俺は彼を傷つけたのではない。彼の身体にこびりついた「凡庸」という垢を、衝撃によって払い落としてやったのだ。真っ赤な塗料が空中に撒き散らされる。ああ、なんて鮮やかな朱色だ。それは生命の輝きであり、彼らが初めて「生きている」ことを実感した証の色彩だ。

 ガシャン! バリン! ドゴォッ!

 俺は止まらない。踊るように、歌うように、鉄槌を振るう。

 テーブルを粉砕し、椅子を蹴散らし、壁に飾られた安っぽい絵画を引き裂く。破壊すればするほど、視界がクリアになっていく。偽りの装飾が剥がれ落ち、世界の骨組みが露わになっていく。

 そうだ、これだ。この瓦礫と赤い液体の海こそが、この世界の真実の姿なのだ。

 俺は創造主だ。一度世界を無に帰し、そこから新たなエデンを構築する権限を持った、唯一の特権者だ。

「どこだ……どこにいる、りりちゃ……」

 俺は瓦礫の海を泳ぐように進む。

 スモークの向こう、カウンターの奥に、彼女の姿を見つけた。

 りりちゃ。

 彼女は床に座り込み、膝を抱えて震えていた。その姿は、廃墟に咲いた一輪の白百合のように、痛々しいほどに美しかった。

 彼女の周りには、店長やケント、そして数名の男たちが盾のように立ちはだかっていた。

 愚かな。彼らはまだ気付いていないのか。自分たちが守っているつもりになっているその行為が、彼女を窒息させる監禁行為であることを。彼らこそが、世界の瘴気の発生源なのだ。

「退け。雑魚ども」

 俺は鞄から石頭ハンマーを取り出した。

 左手にハンマー、右手にバール。二刀流。今の俺には、ミカエルとルシファー、双方の力が宿っている。

 俺はケントに向かって歩み寄る。

 彼の顔には、生理的な恐怖と、理解不能なものへの嫌悪が張り付いていた。

 ああ、可哀想に。論理の通じない獣よ。お前には、この愛の崇高さが一生理解できないだろう。だから俺が、その蒙昧な脳髄ごと、世界から消去してやる。

 俺はハンマーを振り下ろす。

 乾いた音がした。スイカが割れるような、あるいは枯れ木が折れるような、自然界の音がした。

 ケントが崩れ落ちる。

 店長が何かを叫びながら椅子を投げつけてくるが、今の俺には当たらない。俺には「絶対回避」の加護がある。すべての攻撃は、俺の聖なるオーラの前で無力化され、空を切る運命にあるのだ。

 次々と男たちを消去していく。

 バールが一閃するたびに、赤い花が咲く。ハンマーが唸るたびに、不快なノイズが沈黙に変わる。

 床には赤い河が流れている。照明を反射して、黄金のように輝く聖なる河だ。


 静寂が訪れる。

 動く者は、もう誰もいない。

 ただ、壊れたスピーカーから流れるノイズ混じりのBGMと、俺の荒い呼吸音だけが支配する空間。


 ついに、俺は彼女の前に到達した。

 遮るものは何もない。すべての障害物は、瓦礫の一部となって床に転がっている。

 りりちゃが顔を上げる。

 その瞳には、涙が溢れていた。そして、その瞳孔の奥に、返り血で真っ赤に染まった俺という存在が映り込んでいる。

 恐怖?

 違う。断じて違う。

 それは「感動」だ。

 長い幽閉生活の果てに、ついに現れた王子様を前にして、言葉を失い、魂が震えているのだ。彼女のDNAが、俺の優秀な遺伝子を前にして、歓喜の悲鳴を上げているのだ。


「待たせたね、りりちゃ」


 俺は優雅に、温かい液体で濡れた手を差し伸べる。

 ポタ、ポタ、と指先から赤い雫が落ちる。それは俺たちが結ばれるための聖なるインクだ。

 背景には瓦礫の山。足元には沈黙した男たちの肉塊。

 完璧だ。

 このシチュエーション、このライティング、このカタルシス。

 すべては、この瞬間のために用意されていた舞台装置だったのだ。


「さあ、手を取って。もう大丈夫だ。この偽りの城は、俺が壊した。君を縛る鎖は、もう存在しない」


 俺は微笑む。

 慈愛に満ちた、聖人のような笑みを向ける。

 りりちゃの唇がわなないている。腰が抜けて立てないようだ。

「ひっ……あ……あ……」

 言葉にならない。当然だ。あまりの幸福に、言語中枢がショートしているのだ。

 俺は彼女の手を強引に掴む。

 柔らかい。温かい。

 電流が走る。

 これで契約は完了した。俺と彼女は、論理的に結合され、新しい世界の創世神話となる。

 俺は彼女を引き寄せ、その白い服に俺の赤い印を刻み込む。

 誰の邪魔も入らない。

 ここは俺が創造した新世界なのだから。


「行こう、りりちゃ。ここからが、俺たちの本当の物語だ」


 俺は彼女の手を引き、瓦礫の山を越えていく。

 崩壊した世界の中心で、俺たちは永遠に結ばれたのだ。

 俺の意識は、真っ白な光の中へと溶けていく。

 そこにはもう、バグも、エラーも、凡庸な現実も存在しない。


 あるのは、俺という賢者が定義した、完璧で美しい論理の楽園だけだった。


(憤怒の章・完)

JBNニュース速報 @JBN_Breaking

【速報】東京・秋葉原のコンセプトカフェで男がハンマー等を振り回し、店長と客の男性ら5人が死傷した事件。逮捕された男(34)は「世界を修正した」「魔王を討伐した」などと意味不明な供述を繰り返しており、刑事責任能力の有無を含め捜査中。被害者の女性店員(19)は精神的ショックが大きく、会話が困難な状態。

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総合暴露ニュース @Takigare_Parody

【独自】秋葉原コンカフェ襲撃事件の犯人、特定される。自称・転生賢者の34歳男、被害女性を「聖女」と呼び一方的にストーキング。犯行直前に自身のアカウントに「世界を修正する」「魔王を討伐する」とポエムを連投。連行時の笑顔が「完全にキマってる」と話題に。取り急ぎまとめました。

[画像:加害者の男が運営していたとみられるアカウント「論破将軍」の『禁忌の書』ポストのスクショ]

[画像:連行される血まみれの男が満面の笑みを浮かべている報道写真]

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ジェンダー論客 @Gender_Fighter

また男かよ。オスによる暴力犯罪率の高さ、いい加減にしてほしい。性欲と支配欲が満たされないとすぐ暴力に訴える。これだから男は「潜在的加害者」なんだよ。女性が安心して働ける場所すらない、この国のミソジニーが生んだフェミサイド案件。全男性は反省して。

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真実を語る(サブ垢) @Truth_Teller_Sub

引用RP>まんさん嬉しそうだねw でもこれ、店側にも問題あるだろ。色恋営業で弱者男性から金巻き上げて、勘違いさせたら「ストーカー」扱い? 搾取ビジネスのリスク管理ができてなかっただけ。被害者面するのは違う気がする。自業自得。

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社会観察猫 @Society_Observer

TLが男女対立で荒れてるけど、本質はそこじゃない。彼を「特異なモンスター」として切り捨てるのは思考停止だ。弱者男性の孤独、IT化によるコミュニケーションの不全、そして「なろう系」的な万能感への逃避。この犯人は、現代社会の歪みが生み出した「我々の影」そのものなんだよ。彼を笑う資格が君たちにあるのか?

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進撃のアーニャ @kjha5kjdshf

>社会観察猫 出た、逆張り似非インテリww 犯罪者を社会のせいにして擁護ですか? 人が死んでるのに「我々の影」とかポエム垂れ流してるお前も犯人と同類だよ。

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憂国の騎士 @Patriot_Knight

どうせ無職だろ。親の教育がなってない。日本人の道徳心が低下している証拠だ。刑法を改正して、こういう精神異常者は即刻隔離すべき。被害に遭われた一般の方々が気の毒すぎる。

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ぐぽぐぽ御法師 @kaorinnn_uraura

連行される時の犯人の笑顔見た?www返り血ですごいことになってるのに、表情だけは穏やかすぎて逆に聖人wwww人殺しておいてあの顔はマジでホラーすぎんだろwwww

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中級国民ひろゆく @Ronpaman_hiroyuku

>ジェンダー論客 主語デカすぎ。個人の犯罪を性別全体の問題にすり替えるの、論理的誤謬(ストローマン論法)ですよ。勉強不足ですね。

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深淵虚無おじさん @Kyomu_Kyomu

どいつもこいつも、安全圏から石投げて気持ちよくなってるだけ。正義中毒の地獄絵図。誰も被害者の心配してなくて草。

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