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愛の致死量  作者: 藤堂虎太郎
暴食の章
10/41

ぱぱ、まま、せかいのぜんぶ、ごちそうさま!(4)

 三日目。あるいは四日目かな?

 カレンダーなんて見ないからわかんないや。美羽にとって時間は流れるものじゃなくて味わうものだから。

 とにかく、美羽はこの愛の巣の住人になった。

 期間限定のゲスト? ううん、もう家族同然だよ。だって、洗面所のコップには、二人の歯ブラシの横に、ピンク色の美羽の歯ブラシが仲良く並んでるんだもん。

 洗濯機の中では、カズヤくんのボクサーパンツとサキちゃんのキャミソールと一緒に、美羽のフリフリのショーツがグルグル回ってダンスしてる。

 混ざってる。溶け合ってる。

 三人の匂いがブレンドされて、新しい幸せの香りになってる気がする。

 

 美羽は今、キッチンに立っている。

 サキちゃんはお仕事、カズヤくんはスタジオで練習。つまり、美羽がこのお城のお留守番係だ。

 お腹が空いた。冷蔵庫を開ける。

 卵パック、牛乳、ウインナー、玉ねぎ、人参。

 わあ、食材がいっぱい! まるで宝箱だね。

 美羽、ひらめいちゃった。いつもサキちゃんがご飯を作ってくれるけど、今日は美羽が作って、帰ってくる二人を驚かせてあげよう!

 恩返しだ。鶴の恩返しだ。美羽の羽をむしる代わりに、冷蔵庫の中身を全部お鍋に招待して、ダンスパーティを開くことにした。

「おいしくなぁれ、もえもえきゅん!」

 シチューのルーを箱ごと入れる。ウインナーは切らずに袋ごと全部。卵も5個くらい割っちゃえ。殻が入ったけど、カルシウムだよね? ガリガリして楽しいかも! ケチャップとマヨネーズも入れちゃおう。色がピンクになって可愛いから!

 グツグツ、ボコボコ。

 お鍋から、甘くて酸っぱくて、ちょっと焦げたような不思議な匂いがする。二人が帰ってきたら、きっと目を丸くして喜ぶぞ。「美羽ちゃん、すごいね!」「天才シェフだね!」って褒めてくれるかな。みんなでニコニコ食べるんだ。


 ガチャリ。

 玄関が開く音がした。

「ただいま……って、うわっ、すごい匂い! 何これ!?」

 サキちゃんとカズヤくんが帰ってきた。

 二人はキッチンを見て、目を丸くして固まってる。シンクには野菜の皮や卵の殻が散乱してて、床には小麦粉が雪みたいに積もってる。でも、真ん中には、ピンク色のドロドロした液体が煮えたぎるお鍋。

「おかえりなさい! 美羽ね、二人のために『スペシャル・ラブリー・シチュー』を作ったの!」

 美羽はおたまを持って、くるりと回ってみせる。

 サキちゃんの顔が引きつってる。

 驚きすぎて声が出ないのかな? サプライズ大成功?

「美羽ちゃん……これ、冷蔵庫の食材、全部使ったの……?」

「うん! だって、いっぱい食べたほうが元気になるでしょ? 美羽、ケチケチするのは嫌いなの。愛はフルスロットルだよ!」

「あ、明日のお弁当のおかずも……今週の食費が……」

 サキちゃんがフラッとして、膝から崩れ落ちそうになってる。

 カズヤくんが慌てて支える。

 「まあまあサキ、美羽ちゃんも悪気があってやったわけじゃないし。俺たちのために作ってくれたんだろ?」

「そうだよ! パーティーだよ! サキちゃん、嬉しくないの……?」

 美羽は首をかしげて、心配そうにサキちゃんを見上げる。

 どうしたのかな? お仕事で疲れちゃったのかな? 元気出してほしいな。だから美羽、こんなにいっぱい作ったんだよ?

「う、ううん! 嬉しいよ! ありがとう美羽ちゃん! すごいご馳走だね!」

 サキちゃんが笑った。

 よかった! やっぱり喜んでくれた。

 ちょっと無理してるみたいに見えるけど、それはきっと感動を噛み締めてるんだ。

 嬉しいなあ。美羽の愛が届いたんだ。


 三人で食卓を囲む。

 シチューの味は、うん、個性的!

 ジャリッていう殻の食感も、アクセントになってて楽しい。カズヤくんは「すごい味だなぁ」って言いながら食べてくれる。優しいなあ。

 サキちゃんは無言で水をたくさん飲んでる。味わってくれてるんだね。

「ねえ、美羽ちゃん」

 不意に、サキちゃんが口を開いた。その声は、ちょっとだけ真剣で、心配そうな響きがあった。

「美羽ちゃんのご両親は、心配してないかな? もう三日も家に帰ってないけど……連絡、しなくていいの?」

 場の空気がピリッとする。

 お家の話だ。

 サキちゃんは優しいから、美羽のパパやママのことまで気にかけてくれてるんだ。

 でもね、心配ないよ。美羽のお家は、普通とはちょっと違うけど、とっても自由で楽しい場所だったから。

 美羽はスプーンを置いて、ニコニコと笑った。

 まるで、昨日見た楽しいアニメの話をするみたいに、軽やかに口を開く。

「ママ? ママは大丈夫だよ。だって今頃、新しいパパと遊んでるもん」

「新しいパパ……?」

「うん! 美羽のママ、すっごくモテるの! お家にいろんなおじさんを連れてくるんだよ。先週は金髪のお兄さんだったけど、その前はハゲたおじさんだったかな? みんなママのこと大好きなの」

 カズヤくんとサキちゃんの手が止まる。

 美羽は構わず続ける。楽しい思い出話だもん。

「ママね、新しいパパと遊ぶときは、美羽をベランダに出すの。『いい子にしてたら、あとでケーキあげるから』って。だから美羽、ベランダで星を数えるのが得意になったの! 冬の夜とか、すっごく寒いけど、体がガタガタ震えてダンスしてるみたいで面白いの! 一度ね、雪が降ってきて、美羽、雪だるまになっちゃったこともあるんだよ!」

「美羽ちゃん、それ……」

「あ、でもね、本当のパパも面白かったよ! パパはスーパークリエイターさんだったの。お酒を飲むとね、美羽の体に絵を描いてくれるの!」

 美羽は袖をまくり上げて、二の腕にある古傷を見せる。タバコの火を押し付けられた丸い痕や、青あざが黄色く変色した痕。まるで星座みたいに散らばってる。

「ほら、見て見て! これ、お花みたいでしょ? パパは『お前は泣き顔が一番綺麗だ』って言って、バンッてしてくれるの。痛いけど、パパの手は熱かったなぁ。殴られると、頭の中がチカチカして、花火が見えるんだよ。美羽、愛されてたなぁ」

 二人が息を飲む音が聞こえる。

 カズヤくんの顔から血の気が引いている。サキちゃんは口元を手で押さえてる。

 あれ? どうしたのかな? 美羽の自慢話、つまらなかった?

「でねでね、美羽、14歳の時にお家を出たの。行くところがなくて公園にいたら、知らないおじさんが『こっちおいで』って。おじさんは優しかったよ。お洋服を脱いだら、一万円くれたの! すごくない? 美羽の裸には、魔法の力があるんだって知ったの!」

 美羽は得意げに胸を張る。

「それからはいっぱい冒険したよ! いろんなお兄さんのお家に行って、いろんなことを教えてもらったの。みんな最初は優しいんだよ。『愛してる』って言ってくれるの。でもね、すぐに飽きちゃうの。美羽が『もっと』って言うと、みんな怖い顔して逃げちゃうの。不思議だよねぇ」

 美羽は首をかしげて、シチューを口に運ぶ。

 モグモグ。美味しい。

「……美羽ちゃん」

 カズヤくんが、掠れた声で呼んだ。

 見ると、彼は泣いていた。

 ボロボロと涙を流して、美羽を凝視している。

 えっ? なんで泣いてるの?

 美羽、変なこと言ったかな?

 あ、わかった! 感動してくれたんだ! 美羽の大冒険の話を聞いて、心が震えたんだね。カズヤくん、感受性が豊かだもんね。

 その涙、すごく綺麗。宝石みたい。

 美羽のために泣いてくれてる。美羽のこと、そんなに想ってくれてるんだ。

「もういい……もういいよ、美羽ちゃん。そんなの、愛じゃないよ……」

「えっ? 愛だよ? だってみんな、美羽のこと見てくれたもん」

「違う! 君は……君はもっと大切にされるべきなんだ!」

 カズヤくんがテーブルを叩いて立ち上がる。

 すごい迫力。かっこいい。

 サキちゃんも涙ぐんで、美羽の手をギュッと握ってくる。

「ごめんね、辛いこと聞いちゃって……。そうだよね、帰るところなんてないよね……」

「サキちゃん?」

「しばらく、ここにいていいよ。私たちが……私たちが、美羽ちゃんの家族になるから」

 わあ。

 家族。

 なんて素敵な響きなんだろう。

 パパとママじゃなくて、もっと温かくて、ずっと一緒のパパとママになってくれるの?

 美羽はキョトンとして、それからパァアッと花が咲くような笑顔を見せる。

「ほんと? 家族? ずっと一緒にいてくれるの?」

「うん。俺たちが守るから。絶対に」

「やったぁ! 美羽、世界で一番幸せ者だぁ!」

 美羽は二人に飛びつく。

 カズヤくんとサキちゃんは、美羽を挟んで抱きしめ合う。

 あったかい。

 二人の体温が、美羽の中に流れ込んでくる。

 よかった。美羽の居場所はここなんだ。

 二人は美羽のことを大好きで、美羽も二人のことが大好き。

 完璧なトライアングルだね。


 その夜から、お部屋の空気がもっと濃密になった気がする。

 カズヤくんは、ギターを弾く時間が減った。

 だって、美羽が「ねえねえ、遊んで!」「美羽のお話聞いて!」って絡みつくと、すっごく優しく相手をしてくれるから。

 前は「練習しなきゃ」って言ってたけど、今は美羽の頭を撫でる方が大事みたい。

 嬉しいな。ギターよりも美羽の方が、カズヤくんを癒やしてあげられてるんだね。

 サキちゃんも、最近ちょっと無口だけど、きっとお仕事が忙しいんだ。

 疲れてる時は、そっとしておいてあげるのが優しさだよね。

 だから美羽、サキちゃんの分までカズヤくんに甘えてあげてるの。


 夜、布団の中。

 いつもの川の字。美羽は真ん中で、カズヤくんの胸に顔を埋める。

 カズヤくんの手が、優しく美羽の背中をトントンしてくれる。

 パパみたい。

 美羽は薄目を開けて、隣のサキちゃんを見る。

 サキちゃんは背中を向けて寝ている。

 背中が小さく震えてる。

 寒いのかな? それとも、怖い夢を見てるのかな?

 大丈夫だよ、サキちゃん。

 ここにカズヤくんがいるし、美羽もいるよ。

 美羽は、カズヤくんに更にもっとすり寄る。足を絡める。

 カズヤくんが一瞬ビクッとするけど、拒まない。

 抱きしめ返してくれる。

 やっぱり、家族だもんね。肌を合わせるのは、一番の安心だもんね。

 ああ、幸せ。

 美羽の胃袋の中で、二人の愛が溶けて混ざり合っていく。

 カズヤくんの優しさも、サキちゃんの我慢強さも、全部美羽のための栄養分。

 もっとちょうだい。もっともっと。

 みんなで溶け合って、一つの大きなアメーバみたいになろうよ。

 美羽の穴は、まだ全然埋まらないよ。

 明日も明後日も、いっぱい愛してね?

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