第二章23『愚の骨頂』
「私の目が節穴だったのか、ディノスが私を欺けるほど洗練された極悪人なのか。それともあの術式をどういうわけか掻い潜った、誰とも知らないネズミの仕業なのか。今のところ、この三択なの」
「____少なくとも前者二つは違うと主張したいところだが、聞いてはくれるか?」
「いっくらでも聞いてあげるなの……ただし」
先程よりかは幾分か負の感情を抑え、その代わりに疑念を入り混じらせながら彼女は紡いだ。
「団体客でのお越しは歓迎できないなの。こんなことになる前から、その二人を連れてくる許可は出してないはずなの」
ディノスに対しての憎悪は徐々に鳴りを顰め、今はどう判断すれば良いかに戸惑っている。
しかし、他二人に関しては完全に別らしい。
攻撃に転じようとしたアルマとクライン、そして彼が従えるペットたちは、反応なんて到底間に合わない氷の衝撃を食らい絶賛気絶中。
余計なことをしようものなら、彼らと同じように気絶させられるか、最悪の場合本当に殺されてしまう可能性すらある。
「ちゃんと話し合いたいならまずオレ一人で出直すのが条件か……なんかあったか」
「…………」
沈黙=肯定とはまさにこのことか。
黙りこくる彼女から最も色濃く溢れる感情は、黒く汚れた憎悪ではない。
——ミッドナイトブルーに覆われた、喪失感で味付けされた苦い苦い悲しみの感情だ。
「その心配が、本当だと私も信じたいなの」
決して喜ばしいとは言いがたい一日ぶりの再会は、その言葉で幕を下ろした。
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「結局何も成果なかったっすね……」
「オレたちがやることなすこと、全て黒幕が一歩先を踏み込んでやがる」
コソコソ隠れ事件の糸を引くネズミは、どうやら一筋縄ではゴールに辿り着かせてくれないらしい。
既に何らかの手法でリヴァに付け入り、そして対立するように誘導している。
避難所に逃げ帰ってきたディノス、そしてアルマは茶を飲みながらそう話していた。クラインは何やらフェイオンと話している。
さて……あくまで推測に過ぎないが、村一番の戦力であるヘラクレスが不在になるよう小細工を仕掛けたのも、彼らが関わっている可能性が高い。
「——八方塞がりだな」
ディノスは頭を乱暴に掻きむしり、その言葉を続けると
「物資もなければ情報もない、戦力も万全とは言いがたい。どちらが不利か、こりゃ一目瞭然だな……」
戦において最も重要である三つがこの有様となると、現状は勝てる見込みはほとんどない。
ならば、ここから相手にとっての計算外こと"イレギュラー"を起こしていくしかない。
「あいつはチャンスをくれてる。こっちは薄汚いことなんてした覚えねぇし、行かないメリットがない」
目的は不明だが、自分たちとリヴァとでの対立を彼らが望んでいるのは間違いない。
ならば、まずはそこを崩すしかないのだ。
何をされたかは不明だが、彼女は取り乱していたとはいえディノスに慈悲を、チャンスをくれている。
いきなり暴れることなんてせず対話の姿勢を取ってくれた二十一歳幼女竜に感謝しつつ、ディノスもまた覚悟を決めなければならない。
「もう一度あいつの元まで、それも今度は一人で行かなきゃか」
正直、文句を垂れ流すクラインやアルマと共に村まで戻るのすら大変だったのだが、今度は彼らのサポートなしと考えると気が滅入る。
だが、ここで必要なリスクを取らなければ後に後悔まっしぐら。やらない選択肢はない。
「ネズミの正体を探るのはその後がベストだな。このままじゃ頭脳戦だの情報戦だのそういうレベルにすら辿り着けん。もはや単純な力押しでも負けれるし、何とか優位性を……」
「ディノスくん、ちょっと来てくれるかい?」
「ん? あ、ああ、わかった」
思案を続けるディノスに対し、声をかけたのは銀髪の美青年……少し強張った顔をしたフェイオンだ。
意識外の声に一瞬硬直したが、すぐに体の主導権を取り戻して立ち上がると、
「なんかオレだけ呼ばれたから行ってくるわ」
「行ってらっしゃいっす!」
何故か少し冷や汗を垂らしているフェイオンに導かれるままに着いて行くと、避難所のとある一室に案内され……
「——? ここで何をするんだ、何もないぞ?」
「そうだね。はっきり言うと、場所に関してはどこでも良かったのさ。ただ、人目が少ないところならね」
「———!?」
「無礼を許してほしい。本当は乱暴は嫌なんだけど……」
不審に思ったディノスが振り返ろうとした刹那、突如後頭部に強い衝撃が走った。
ゲーム世界の存在ならではの無法な素早さからの不意打ちは、一撃で意識をごっそりと持って行く。
「君にかけられてる容疑から考えるに、この方法しか手がなかった。拷問はしないしさせないけど、色々質問はさせてもらうよ」
「な、ぃを」
「———君も"嫉妬の使徒"なのか、とかだね」
徐々に薄れて行く意識の中で、ディノスが視線に捉えたのはフェイオン一人だけではない。
メタルムやクライン、それにアルマを除いた他のハンター達も勢揃い。
———考えてみれば、当たり前だった。
リヴァの保証人を名乗ったあの時から、疑惑の目で見られていたのだろう。
この事件の犯人最有力候補であり、『人喰い』と言われて恐れられていた存在を庇った新参者。
もちろん、彼らも話が通じないわけではない。
ディノスの言う通り、彼女を味方として連れてこれていたならばこんなことにはならなかったはずだ。
しかし、リヴァは味方になるどころか攻撃を仕掛けてきた。
その時から、保証人としての"信頼性"がなくなったのだ。
そこに内通犯として潜んでいるかもしれない、黒幕の手先がプロパガンダを仕掛ければ……
「ぁ」
接し方を間違えた。話し方を間違えた。行動を間違えた。考え足らずの代償は、高くつく。
後悔だけを残し、しかし無慈悲にも世界は暗転していく。
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「……旋律の使い手<コード・マスター>は白煙の悪魔<ホワイト・デビル>に神罰の雷を与えてたんだけどなぁ」
「メタルム、そんなこと言ってても何も始まらないんじゃないカイ?」
「信用させるための罠かもしれないって話やしなぁ」
「しかし、いくら何でも早とちりだったのではありませんかい?」
賛否両論。ハンター達も全員が全員ディノスを疑ってるというわけでもなく、彼を擁護する者も一部いる。
そしてそれは…
「僕だってそうだ。彼の善性は僕も本当だと信じたい……だけど」
「もう一つの可能性、嫉妬の大罪に利用されてる可能性があるってわけですねぇ」
「そういうことだ。ルドア女史の証言も考慮すると、もしかしたら、思考誘導もかけられてるのかもしれないね」
護衛対象である人間たちとアルマにはこれらのことを知らせていない。
当然だ。彼が嫉妬の使徒かもしれないとなると、例え騒動が解決しようがどのみちディノスの村での立場がなくなる。
罪がたとえ濡れ衣であったとしても、偏見はついて回る。それが社会を生きる命たちの宿命だ。
「人喰いの話に戻すけど、『一人で来い』ってのも明らかに怪しいしネェ」
「罠なんじゃね?おそろし」
「あ、さっきの話が本当だったらさ!もしかしたら洗脳かけ直そうとかしてたり?」
「ディノっさんを用済みとして始末するかもよ」
「とにかく、僕たちの敵はこれではっきりとしたね。やるべきことを果たそう」
ヒソヒソと様々な憶測が飛び交う中、フェイオンがはっきりと舵取りを行い、これからの方針を一言で言い括った。
「人喰いリヴァイアサン……嫉妬の大罪を、僕たちの手で倒すんだ」




