第二章20『白煙の悪魔』
「おいおいトナカイ野郎、つまらない冗談はよした方が賢明だ」
ディノスの逆鱗に触れた……と見せかけ、心の中では氷のような冷静さを依然として保っている。
挑発に乗ってしまった、と思わせておけるならそれに越したことはない。なんか、頭良くなさそうだし。
「————」
視線を向けると、指示をするまでもなく、ディノスが気を引いてる間にそれぞれが最善の行動をしていた。
普通、死の恐怖を目の当たりにしたらゲーム世界の民はともかく、純人間など生まれたての子鹿のように恐怖で震え上がりそうなものだが……
「あれ? 俺、またなんかやっちゃいました? あ、もうやってたわ。イヒャヒャヒャ」
「好き勝手やってるところ悪いが、しょうもねぇ嘘を吐いて何になる?」
「嘘かなぁ。えぇ、あれ嘘なの!? どうしよっかなぁ、俺、嘘の情報掴まされちゃったのかなぁ、"リヴァ"に」
「————」
「ゴホン。ま、本人に聞きなさいや。そったらすぐわかるさ」
ディゴと名乗った白い悪魔は、命を痛めつけることに特化した鉤爪をちらつかせながら、「ま」と一言発し
「それ以前にワクワク質問タイムに参加できるかどうかが問題だわな。どうせここで皆殺しさぁ」
そう言いながら、長い舌で挑発してきた。
どうやらもう話し合うつもりはないようで、こちらと一戦交えるつもりらしい。
リヴァがどうやらのブラフは置いとき、ひとまずこいつが黒幕の手先であることに違いはない。
願わくば捕まえて拷問してやりたいところだが、
「ディノスくん! それの相手は、任せて構わないね!?」
「任せろ任せろ。そっちは頼む」
「了解した! クラインくん、ついてきてもらおうか!」
「ヤレヤレ…愉快なことになったヨ」
安定して実力の高いフェイオンと、しもべの恐獣と合わせて手数に優れるクラインならば彼らの護衛に最適だろう。
そして村人たちの声援がディノスにも聞こえ、より闘志が沸る。
「聖なる闇を纏う禁忌の魔王……少しは楽しませてくれるかな」
「どうやら、懲らしめなきゃダメみたいっすね!」
残念なことに、ディノスのコンディションは絶好調とは言えない。
だが、戦うのは一人だけではない。向こうの護衛に加わらなかったメタルムとアルマが加勢する。
そんな彼らを見て愉快そうにディゴは笑うと、
「イヒャヒャヒャ。仲間の肉を食わせるか、はたまた仲間にお前らの肉を食わせるか、どっちにしようか悩ませてくれるな」
未だ挑発的な態度を崩すことはなかった。
△▼△▼△▼△
「さぁ、少しは楽しませてよ。この鉄の海帝<アイアン・オーシャン・ロード>を」
先手を取ったのは鋼鉄の鎧に身を守られたメタルムである。
鰭を剣のように扱い、範囲は狭けれど威力は馬鹿にできない水の波動を飛ばした。
射線上に立ちはだかる全ての障害物を貫通して迫る斬撃を、
「期待はずれと言う他なし! ちょっとちょっと、困るぜ〜」
二対の尻尾のうち、鎌状の尻尾で水の波動を打ち消す。イヒャヒャと未だ笑う彼は、まさしく不気味そのもの。
「ぐぅぅ…次は僕っすよ!」
メタルムの斬撃に合わせて追撃とばかりにアルマが飛び込む。盾の使い方が以前よりメキメキと上達しており、侮れない実力となっているが……
「あれれ? もしかして俺ちゃんのことが怖い? 怖いの?」
「——っ!」
「ははは、ガキ。役者がちげーんだよ」
アルマの動きは防御寄り、攻めに行っているはずなのに守りを想定した動き、それには無意識に防衛反応が働いている。
以前より見違えたとはいえ、それが格上に通用するかと言われれば、否だ。
「甘いんだなー、これが! 甘々〜!」
「ぐぅっ…!!」
ディゴはアルマの動きを一つずつほぐしていくかのように長い鉤爪ともう一つの鰐口の尾で、その手強い防御を突破していく。
「ククク…隙を晒すとは悪魔王<デモン・ロード>の風上にも置けない」
「ふ、ふーん? 結構痛かった。これは」
暴れ猛牛ならぬ暴れ猛魚である、メタルムの弾丸のような体当たりが炸裂する。
完全に虚を突かれたディゴは少し目を見開き苦悶に悶える。
メタルムは尾鰭の鎌で追撃を仕掛けようと……
「ちょっとこれは、俺も本気出した方がいっかなー」
ディゴは鉤爪でメタルムの攻撃を防ぎ、そして彼をアルマごと吹き飛ばして距離をとる。
ディノスも突風に襲われるが……
「あれあれ? おかしいなー、一人何もしてない人がいるぞー?」
「あー、何もしてないぜ。そのまま続行すればどうだ」
「イヒャヒャ、何と惨めなこと! それではお言葉に甘えて」
完全にディノスには興味をなくした……違う、その逆だ。興味があるからこそ、最後まで取っておくつもりなのだろう。
腹立たしいが、彼風に言わせれば「好きなものは最後に食べる派」というところか。まあ、そっちの方がありがたい。集中できる。
「さあさあさあ!! やっぱりディナーは燻製こそが光るもんだよなぁ!??」
弄ぶためか本気を出していなかったディゴだったが、すり傷を負わされたことにより苛立ちでもしたのだろう。本気で仕留めるつもりだ。
ディゴは口から射線を………
「———煙っすか?」
「やれやれ、期待外れだね」
「おーっと、舐めちゃいけない。煙ほど苦しませるのに特化したものはない。俺にぴったりな技じゃんか」
「お前みたいなクソ野郎にはぴったりだな」
「おっ、負け惜しみかな〜??」
ディゴが口から繰り出す白色の煙は、人間にはそれだけで蒸し殺しにできる見栄えの割にはとんでもない武器だ。
更に、それがただの煙ということはなく……
「メタルム、この体育館の天井ごと全部ぶち抜け!! 煙は吸うなよ」
「任せたまえよ、旋律の使い手<コード・マスター>」
あの煙は目隠しや呼吸困難だけでなく、触れれば少しずつ体が錆落ちる超危険なガスだ。
防御寄りのアルマとメタルムにとって装甲を貫通しかねないあの煙は天敵だろうし、充満しようものならディノスだってやりにくくなる。
アルマには待機を命じ、多少の被害には目を瞑ってもらうものとしてメタルムに天井ごと破壊を命じる。
あとちょっとのところだったが、アルマとあれにタイマンしろというのはあまりにも酷なのでディノスが直接出ることにした。
「お、やっと大将のお出まし? 長かったぜー全く」
「お待たせして悪かったな。気持ちはどうよ」
「メインディッシュの到来に、歓迎感謝大殺戮ってところだなぁ!」
「旨さだけならアオテングダケもおすすめだ。頬が蕩けてそのまま気を失ってくれると助かる」
殺意の高い掛け合いを迅速に終え、ディノスとディゴは睨み合う。
ディゴは目を濁らせ、再び吐息をぶちまける。ただの射線と違って煙は残留し、そして徐々に広がっていくのが脅威であるが……
「いたっ!?」
「本当に便利だこれ」
「なんつーもん渡してんだよこれあいつ!!」
ぶちまけられた死の煙を避けカウンターとして、ノータイムでバニッシュをディゴの喉元に飛ばした。
喉元に刃が突き刺さり、少し狼狽え反応が遅れたディゴとの距離を一気に詰める。
「ばぁ!! 二度は通用しないぜイヒャヒャ!!」
当然、ディゴはすぐに体制を取り戻して鉤爪を振るい、迫るディノスを牽制する。
当たり前と言わんばかりにギターで防ぐディノスだが、それでは二流。
ノータイムで二対のもはや武器と言ってもいい尻尾に、ぶちまけられる死の煙が二段構えの脅威として……
「ぐぉっ!??」
ディゴは何かに足を引っ張られ、体の重心がずれてしまった。その何かこそが、
「雷鳴の手。便利だろ、これも」
そしてディゴの後ろに回り込むかのようにギターの先端から伸びていた『雷鳴の手』であった。
体の重心がずれたことで、仕掛けようとした攻撃がほとんど不発に終わるものの……
「せめて、こいつだけでも燻製行きにしてやるよぉ…!!」
「ディノスさん……!!!」
ディゴの口からおぞましい白煙が漏れ出、それらがそのままディノスに直撃する。
全身が痒みに襲われ、痛みに襲われ、呼吸という機能の喜ばしさを教えるほどの喘息。
五感を丸々奪うほど非常に強力な煙であり、こんなもの食らったらひとたまりもない、いや現に食らっているのだが。
————ただ。
耳に唯一聞こえた切実な叫び声のためにも、ここで倒れるのはナンセンスだ。
「まっでぃた」
「あん?」
「にぐぉきらせでほぇをたつ、だ」
「何を……ああ"ぁああ"ぁあああああ"あぁああああ"ぁああああ!?????!??」
瞬間、ディゴは喉に太陽でも入れられたかのような、激しい苦しみに襲われ絶叫する。一秒か何十秒にも感じられるほどの激痛だ。
あまりの痛みに転げ回るディゴを見て、まだゲホゲホと咽せるディノスは彼を見下ろす。
———単純な話、煙を口から放出するのを利用して喉ごと雷で焼いてやっただけだ。
「はぁ…はぁ……流石にキッツい」
ヘラクレスと戦ったときほど体の調子は良くなく、おそらく今は彼よりは格下であろうディゴでもこのまま仕留め切るのは難しい。
それに、勝利条件には被害を最小限に抑えることも含まれている。そのためにも、ある事情で動きたくなかったのだが………
「ぁ、アルマ、あとメタルム、あと任せていいか」
「任せてくださいっす…! 今度こそは」
「さぁ、ワルプルギスの夜も終わりが近いね」
多少傷こそついているが、彼らはまだまだ戦える。現に、やる気満々だ。
それに、ディゴは焼けた喉から煙を放出することは流石にもうできないはずだ。煙を出そうとすれば、灼熱の地獄に襲われることとなる。
「おのれぇ……!! 虫ケラどもがぁ……!!」
喉元を抑えながら、ディゴは立ち上がり、殺意に満ちた目でこちらを見ていた。




