第二章19『宣戦布告』
一週間ほど前までは騒がしかった月華村が、今日ほど魂の底から冷え切ったことはなかった。
それも無理はない。死傷者七名、行方不明者五名……たった一夜でこれだけの惨状だ。
バラバラに行動すれば、再び罪のない命が散り得る。それだけは避けなければならない、
よって、村の中枢による迅速な指示で今は公民館や体育館が臨時の避難所と化して住民たちを受け入れていた。
「ナゼルバ君を除けば、他の死亡者は純粋な人間であることが共通しているみたいだね………そして、氷で貫かれていることも」
「そのようです。そして、行方不明者はベガにマルカ、そして子供たち三人。血痕もいくつか」
「本当に………とんでもないことになったよ」
流石のフェイオンもいつもの溌剌さは鳴りを潜め、ハンター代表として村の中枢たちと話し合っている。
「—————」
ディノスとアルマも今は警備の休憩中。ダンボールで区切られた仮設の家で座っている。
普段は陽気なここの住民だが、その彼らですらもピリピリとしているのははっきりわかる。
誰の、なんの仕業なのかもわからない。プライバシーもない。
そもそもハンターですら一部死亡、行方不明となっている中、ここは今安全なのか。
ここまで全てが黒幕の後手に回っている。村一番の戦力であるヘラクレスもいない、連絡手段は断たれた、と状況は最悪だ。
「むぅ……」
確かにディノスにとって、ナゼルバは嫌な奴であったし、そこそこ落ちぶれて欲しいとは思っていた。
しかし、殺されるほどの悪党だったかとは疑問せずにはいられない。
ただ、これ以上故人のことを考えても、少なくとも今は、何もならない。ペットボトルのキャップを外し、多少喉を潤す。
その後、アルマに「ちょっと待ってろよ」と言い、彼らの元に向かうと……
「口出して悪いが、直接戦える者を救援要請に派遣するというのは?」
電子機器で連絡を取ることができなくなったのならば、簡単な話、直接向かえば良い。
もちろん、ちゃんとした救援が期待できる都市部とこの村となると、途方もないくらい距離がある。
———しかし、ディノスたちなら話が別だろう。
規格外に"常識と"いうものを当てはめる方がおかしい。
人間では無理でも、彼らなら数時間ほどで辿り着けるほずだ。
「それは………リスクがある。中途半端に戦力を派遣したら、そもそも辿り着く前に消されてしまうかもしれない」
「かといって大胆に戦力を一点集中して向かわせれば、今度は村の防衛が疎かになるわけだ」
もちろん、上手くやればそれを逆に利用して黒幕を誘導することも可能ではあるが………敵の戦力が、あまりにも未知数すぎる。
昨日の襲撃はおそらく偵察、つまり使い捨ての軍勢。
となると、本軍にこのまま正面から挑んで勝てる確証がない。そして裏に潜む何かの目的も不明だ。
「せめて守護騎士<ガーディアン・ナイト>が残っていたら少しは楽だったんだけどね」
「ワタシと並ぶほどの実力者がいないとなると厳しいネ」
やれやれ……とばかりにメタルムとクラインも口を挟んできた。彼らもまた、ディノスアルマと共に警備の休憩中である。
自分たちを消耗させるためなのか、基本ここまで迷い込むはずのない恐獣が、ちょくちょく何者かに送り込まれてくるのだ。
そこまで脅威ではないし、戦える者なら一人でもなんとかなる範疇ではあるが、気の休まらなさに貢献はしている。
「はいはーい! あちしだけでも元気に行くスよー? ルドアちゃんの特製スープ飲んで元気お出しー?」
「あいつだけ元気すぎんだろ…」
ディノスがチラりと見ると、ルドアが配給と称してどこのルートで手に入れたかもわからない具材を使ってスープを作っている。
ちゃっかりアルマや他何人かもルドアの配給の手伝いをしていた。
アルマが手伝っているのもあり、スープの香ばしさからどれほど美味たるやがわかるが、ルドアの「お代金は後払いで構わないッスよ」とかいう時折飛んでくる言葉が食欲を微妙に無くす。
「相手の目的も、正体も、勢力もわからない。このままだと徐々に嬲り殺しにされちまうぞ」
「電波復旧を最優先にし、外部に連絡を取るというのは?」
「………やれるとしても、時間の問題がある。何日もかかりかねないから、その隙を突かれて一気に攻められたら終わりだ」
ここまで用意周到にやってきた"黒幕"ならば、おそらくその辺の対策も抜かりないだろう。
増援を呼ばれること、それが唯一の負け筋であると。
何もかもが足りない。願わくば、情報。願わくば、戦力。
———戦力?
「戦力面なら、一人当てがあるぞ。お前らがどう思うかは知らん」
「ディノスくん、それは本当かい!? いや……うん、それでもだ!」
「フッ…それがもしかして"人喰い"のことなら、随分ワイルドだね」
「いやいやぁ、流石にそんな訳がないネェ。きっと、別人ダヨ」
猫の手でも借りたいと迫るフェイオンに面白くなってきたと笑ってみたいメタルム、そしてやれやれと言わんばかりのクライン。
ディノスの話すその助っ人、もちろん……
「———正確には人喰いなんてしてなかったが、実力は噂そのままだった優しいリヴァイアサン様だよ」
この村をずっと影から守ってきた、影の功労者たる守護神であるリヴァだ。
本当は彼女の精神状態も考慮して、まだまだお披露目するつもりはなかったのだが。
△▼△▼△▼△
「ディノスくん。人喰い…」
「リヴァと呼べ」
「失礼。リヴァさんとは、いつから関係があったんだい?」
「今回の犯人は氷使い。彼女が犯人な可能性もあり得るけど、そこはどうなのサ」
偏見、ただの偏見で忌み嫌われているリヴァの名前を出せばこのような反応も当然だ。
彼女が村に出てきても受け入られるよう、誤解を解くのはディノスの仕事だ。
「関わりができたのは一週間ほど前、祭りがあった頃か。しょぼくれた猫みたいな目で見てたから、声かけただけだ」
「確かにあの時、旋律の使い手<コード・マスター>は席を外していたね」
「でも、クラインくんの疑問についてはどうなんだい。犯人という線は?」
「実物見たらわかるけど、あいつはただの乙女だからそんなことできないと思う。もしあいつが犯人なら、今になってもこうやってコソコソ隠れる理由がない」
「ちなみに、今までボクたちにそれらを伝えなかったのは何故カイ?」
「……メンタルの問題で、今のあいつをお前たちと会わせるのは危険だと判断した。ゆくゆくは連れてくるつもりだったさ」
当然の如く疑問の波に襲われるが、それらを一つ一つ処理していく。彼らも、話してわからないほど頑固ではない。
実際、少しずつ納得の雰囲気が漂い始めた。
「アルマだって、あいつから戦闘とか教えてもらったんだぜ。アルマにゃ正体教えてないが」
「ふーむ。かなり頼れる人物なようだね。僕たちが偏見の目で見ていたのが申し訳ない」
「影の守護龍<ガーディアン・ドラゴン・オブ・シャドウ>というわけか」
「本当は謝罪と歓迎を今すぐにしたいところだけども」
状況は最悪だが、晴れて彼女への誤解が解けたことだけは喜ばしい。このまま……
「———!? 少し失礼するよ!」
"何か"の気配を感じ、フェイオンは素早く動く。
その直後、皆殺しの目的で放たれた爆発が爆音を伴って迫るが、彼によって被害は最小限に抑えられた。
「うぃーっす。お邪魔しちゃうよ? まあまあ、ササっと殺すだけだから気にすんなって!」
姿を現したのは、トナカイと骸骨を混ぜ合わせたかのような奇妙な白い大柄の生命体。
陽気な口調に反して言動に残酷さを露わにしている。
彼は…
「俺? ああ、俺っすか! 俺はねぇ、ディゴ! 嫉妬の大罪、その使い魔さ。ああこれ、宣戦布告ね」
「……は?」
その悪魔のような生命体は、ディノスの理解が追いつかない言葉を伴いながらいけしゃあしゃあと言葉を発した。




