第二章18『NO HOPE』
今から約600年前、世界は変わった。
神龍グラウディアと呼ばれる偉大な存在が、この世界に舞い降りたのだ。
そして"神龍"と呼ばれるきっかけとなった数多くの功績については後述する。
600年前から、ゲームの中の非科学的な者たちがこの世界に顕現し始めた。
それは歴史の教科書を見ていれば誰でも知っていることだ。義務教育を受けなくてもわかるだろう。
ただし実は神龍グラウディアも、ゲーム世界からやってきた者である……というところまで知っている人間は少ない。
神龍グラウディアは、ゲーム世界の民の始祖。数々の偶然が重なった結果、この世界に第二の生を授かったのだ。
ただし、彼は自らをゲームの世界から来たと言っていたそうだが、その元となったゲームは今は記録に残っていない。
純粋な人間では認識することすら許されないほど、大いなる力を持っていたとされるが、性格は至って温厚。
今や嘆かわしいことに凶人や恐獣など、野蛮なゲーム世界の民も多く、決して治安がいいとは言えなくなっている。
しかし600年前の当時は、どうやらグラウディアを筆頭に人類に対して友好的な者も数多くいたと文献が残されている。
事実、彼らは人類に対し様々な有益な力を分け与え、星球を取り巻くあらゆる問題の解決に繋がったという。
だが、その平和も長くは続かなかった。
_____禍龍グレイドの出現だ。
禍龍グレイドについては説明するまでもないだろう。
グラウディアは自らの姿を撮られることを極端に嫌っていたため当時の資料は残っていないのだが、唾棄すべき悪龍については写真も残っている。
紅く、歪な翼を纏い、目はどす黒い闇に覆われた人型の悪龍だ。
ご存知だとは思うが、彼もまたゲームの世界から来た存在だとされる。邪悪なかの龍は、この世界をも滅ぼそうと企んだ。
事実、星々の殆どは彼に消されてしまい、月すら消されてしまった。太陽は、なんとか死守できたが。
ごく最近に誕生したルザヴェルト国を除くと、凪浦以外の国も彼によって滅びた。
今、凪浦が統一国家となっているのはあの事件が原因なのである。
『神龍』と『勇者』の二人がいなければ、間違いなくかの龍により全て滅ぼされていただろう。
結果として、禍龍を退けることに成功したものの、どちらも壊滅状態に陥ってしまった。
世界は暗闇に覆われ、光は届かず、天変地異が起き、そして"恐獣"が暴れる地獄のような世界。
グラウディアも激戦により力を使い果たしたため、もはやどうにもできなかったそうだ。
彼が飛び立つ前、最後に残した言葉は資料に残っている。
『わたしは使い果たした力を取り戻すため、しばらく休眠しなければなりません。いいですか、よく聞きなさい。今後この世界は漆黒に覆われ、地獄と化します。"主人公"を待ちなさい。300年後か600年後か、いつになるかはわかりませんが、彼はきっと来るはずです。その時まで、待つのです』
△▼△▼△▼△
「—————」
虫すら寝静まった静かな夜、僅かな灯りを頼りに、ディノスは神妙な顔をしながらページを開いていた。
グラウディアの名前はディノスも知っている。それはこの世界の常識だから、という理由ではない。
———ディオラが言っていた、突如失踪した『デバッグルーム』の前任者。彼の名前は、まさしくそれだ。
「最後の遺言……ではねぇけど、割と投げやりだな……」
つまりは、力を使い果たした、もはや自分ではどうしようもない、だから未来の誰かに託す、ということ。
その誰かの呼び方が"主人公"ってのもおかしいし、それに……
「この写真の奴、どっかで見た覚えあるんだがな」
ディノスが40ページ戻って確認するのは、禍龍を激写した写真だ。写真越しでこそあるが、かなりの実力者であることが伺え、これを撮れたのは肝が座りすぎているが。
その写真はモノクロでこそあるが、その姿にどこか見たことあるような感触を覚える。
デジャブ、というものなのだろうか。それで片付けていいものなのだろうか。
「……考えても真実はわかんねぇし、今日は寝るしかないか」
気づけばもうこんな時間、明日もあるから寝なければならない。まだまだ借りた本はあるのだが、この本だけに時間を使いすぎた。
色々推測はしたけれども、明確な証拠も、真実かどうか確かめる手段もない。
モヤモヤとした気持ちを抱えながらも、その日は眠りについた。
△▼△▼△▼△
「なんか、さっきからずーっと悩んでそうな顔してるけど、なんかあったなの」
「い、いや、そんなことはない」
「ふーん」
寝たら多少はさっぱりするかと思ったが、全然そんなことはなかった。
約束通り今日もリヴァの元を訪れたが、正直上の空だったので申し訳ない。
謎を解決するために本を漁りに行ったはずが、ただただ謎が増えただけ。進展もあるにはあるが、気分的には後退だ。
ちなみに、恐獣についての性質も調べてはみたが、そちらは完全に進捗ゼロ。
昨日の襲撃は自然には発生しない、というクラインの見解が正しいことは確認できた。
他の成果となると、ゴブリンはどこにでもいるのと、霜獅子は実は野菜も食べるのと、紅棘王という幻の恐獣がいるとかそういう知識が身についただけだ。
_______まあどのみち、昨日の襲撃は天災ではなく人災であることは確定している。
「昨日、村に恐獣の襲撃があったんだが、それの裏に黒幕がいる。心当たりは……まあ、ないか」
「………もしかして、私が犯人だと疑ってたなの?」
「お前がそんなのやる理由ないし、やるとしてもお前がそんなくどい方法を取る必要がない。で、結果はどう」
「やるわけないなの。そもそも、一応は村の防衛とかしたげてるんだから、明らか矛盾なの」
「そりゃな」
もし"やる"にしても、彼女はそんな回りくどいことせず直接その身で殴り込んでくるだろう。
ただし、それは彼女の素性を知っているディノスだからそうわかるのであって、知らない人間は疑ってもおかしくない。
それだけが懸念点ではある。
「じゃ、今日はもう行くわ」
「なの、明日来る時はお土産が欲しいなの。饅頭食べたいなの」
「饅頭ねぇ………どっか売ってたか」
ディノスは立ち上がり、簡素なドアを開きプレハブ小屋を去る。「じゃ」と最後にこちらを一瞥し、手を振るディノスを見てリヴァが満足する。
その平穏さが続けば、どれだけ良かったことか。
「おい、どうしたよ。そんな浮かない顔して」
「あ、ディノスくんか。いやね、ナゼルバくんの様子を見に行こうと話してたところさ」
「あー…そんな名前だったな。でもどうしてだ」
ディノスが下山し、なんとなく村の広場へと寄ってみれば、そこにフェイオンを含む何人かがいた。
彼らはナゼルバについて話し合っており、またその名前を聞くかと苦虫を噛み締めていたところだったのだが。
「聞けば、昨日からずっとナゼルバくんが家から出てこないそうなんだ。普段彼は元気だから、何かあったのかと」
「なるほどな……普通に篭ってる可能性は?」
「そうだとしても、基本的にハンターの義務として、有事は率先して前線に出なくちゃいけないんだ。昨日のがそうだね……でも、彼は出なかった。どのみち行く必要がある」
「あー、わかった。オレも同行して構わないか?」
「まあ、構わないよ」
決して、ハンターとしての義務に逆らった結果、ペナルティーを課せられたナゼルバの顔を拝みたいというわけではないことは弁解しておこう。決してだ。決して、彼がそこそこお金持ちだからそれに嫉妬してるとかそういうわけでもない。誓おう。
彼の家はここからもかなり近く、そして昨日寄った図書館とは対照的にそこそこ綺麗な豪邸だ。
彼がどうやってお金を稼いでいるのかはあまりよく知らないが、実力自体は確かであるのでこまめに頑張っていたのだろうか。
「——待て」
「——? どうしたのですかなディノスさん」
「血の匂いがする。これはまずいかもしれん」
「僕も同じだ。ナゼルバくんの家に急ごう」
純粋な人間にわかるわけもないが、死臭が漂っている。ドス黒く、害意が込められた死臭だ。
その発生源は、ナゼルバの家だ。
人間たちに合わすことを諦め、猛スピードで豪邸の玄関に辿り着いたディノスとフェイオン。
ディノスが鍵のかかったやけに冷えたドアを蹴りで破壊すると、
「……なんてこった」
「_____そんな」
玄関先で倒れていたのは、巨大な氷が胴体を貫通し、死者への冒涜として目玉をくり抜かれていたナゼルバの死体だった。




