第二章17『歴史は語る』
恐獣の襲撃を凌いだ、それではい終わり……というわけには行かない。
実際は後始末、つまり彼らの亡骸を処理するところまで終えなくてはならないのだ。
例え彼らが歪な在り方をしていたとしても、死体は死体だ。
そのまま放っておくと腐卵臭が辺りに漂うし、衛生面も最悪だし、種族によっては死後爆発する者もいる。
「改めて……便利だなそれ」
「恐縮。戦場で一騎当千の活躍をしていた貴方に言われますと、皮肉に聞こえてしまいます」
戦場でも後方支援として活躍していたマルカだったが、彼は死体処理の面でも大きく活躍していた。
火炎放射による圧倒的な高熱で、死後硬直が始まり出した恐獣たちを次々と灰へと変えていくのだ。
そして向こうにいるクラインに関しては、ペットたちの餌代を節約できると、大喜びで恐獣の死体を彼らに食べさせている。
それぞれが死体処理に勤しんでいるのだが、その業務に向いてない者は他の場所に異常がないかの巡回に行かされてしまった。
アルマがいないから寂しいものだが。
「お、ディノスさんにマルカさんっ! お久しぶりです、怪我はしてないですか」
「ん、誰かと思ったがアルトか。確かに、しばらく会ってなかった気がする」
そんな会話を繰り広げていたら、柔らかい声をかけられた。
ディノスとマルカが振り返ると、そこにいたのは用途がよくわからない星型のステッキを持ったアルトだった。
どこか目に隈ができている気がする。
「クラインさんの世話を押し付けられた後、そのまま休みもなくぶっ通しでお仕事してましたからね」
「同情。貴方はしばらく休んだ方がいい」
どうやら彼は医療関係の職でかなりの激務を送っているらしいことが窺える。数少ない連休も友人捜索に充てているのだから大変だろう。
「あと一ヶ月は働かないと、休みもらえないから厳しいです……それが終わったら、一ヶ月休みなんですけどっ」
「お前も大変だな………で、今は傷ついた奴らを癒すために周ってる感じか?」
「そうですそうです。まあ、御二方は怪我も特になさそうだからもう行きますけどねっ」
アルトは「それじゃまた」と、そのまま行ってしまった。このまま放置すると早死にしてしまいそうだから心配である。
「ディノス殿は最近になってからここに住み始めたのですか?」
「そうだよ。アルマと一緒にな」
「………なるほど」
マルカは死体処理を続けながらも何か思案するような素振りを見せる。そして口を開き、
「失礼。実は私も、いわば新参者でして。ちょうど一月前にここに」
「そうなのか。しかし、祭りのときは見かけなかったが」
「悔恨、諸事情で参加できず」
タキシードを着た彼は、リーダーとして長くここを拠点にしているフェイオンや、その他の者たちと違い、どうやらディノスと同じく新入りだそうだ。
「まだ私はここに慣れ切れていませんが、そちらは?」
「田舎のノリって合わせるの難しいもんな。まあ、こっちはぼちぼちって感じだ」
まだここにやってきて一週間も経っていないため馴染め切れてはいないが、特段苦手な者もいないためそこまで苦労したことはない。
……否、ディノスはナゼなんちゃらが嫌いだし、アルマはヘラクレスに苦手意識がある。
「勤勉。お互い頑張っていきましょう」
「そうだな」
寡黙な彼らの会話は、その言葉で締められた。
△▼△▼△▼△
「ディノスさんディノスさん。行きたいところって?」
「近くに図書館あったろ? 色々知りたいことあるし、本でも読みたいんだけど」
「本っすか、いいっすね! 僕も何冊か借りるっす」
手元にあるスマホでも調べ物は可能であり、色々知りたいものがはっきりしている現状、本来ならわざわざそこへ足を運ぶ必要はない。
しかし、お昼前の襲撃で発生した大規模な電波障害により、あらゆる電子機器が現在使えなくなってしまった。
村の上層部は現在それらの復旧に大忙しらしいが、それは専門分野から外れるためディノスとアルマではどうにもできない。
それに万が一を考えると、二人で今の村の外に出るのは危険な可能性があった。
リヴァがいれば問題ないのだが、
「で、図書館ってどこだったすかね」
「オレの記憶が正しければ……あれじゃね?」
ディノスが指差した先、そこに見えるのは古びた木造の小さな館だ。
夕暮れに照らされる館は風情こそあるが、それ以上にボロボロなのが目立つ。
故郷では信じられない話だが、どうやらここだけに限らず図書館を利用する者はかなり減っているようだ。
あそこまでボロボロなのに修理された痕跡が何一つないのだから、それは正しいのだとわかる。修理する予算すら無いのだろう。
「な、なんか……お化け屋敷みたいっすね?」
「…………だな」
あくまで遠目から見た外装の話であり、内装はまだわからないのだが……彼らの感想は当然の如く一致していた。
「お、お邪魔するっす〜…」
「図書館では静かにするんだぞ」
「わかってるっすよ」
入り口の扉を開くと、経年劣化を匂わせるキィィィと軋む音が鳴り響いた。
どこか薄暗く、人がいる気配もほとんどない。これでは外装内装共に幽霊屋敷のソレである。
「普通、司書とかいると思うんだけどな」
「うーん、誰もいないっすね」
よく見ればライトが一部破損しているし、本当にここが図書館なのか疑いたくなるが、本棚に本はちゃんとある。
新品は期待できないだろうが、本に求める役割はきちんと遂行してくれるだろう。
———?
「おい。誰かいるのか?」
「ディノスさん?」
相棒は気づいていないようだが、薄暗く闇が支配するその先に、何かがいると彼は確信した。
今回に関してはとくに敵意こそ感じないものの、負の感情を隠し、問答無用で喉元を掻っ切ってくる暗殺者のような輩も少なくない。
懐からギターを取り出し、いつでも戦えるようにと体制を整えておくと……
「あ、あの、ここに何をしに、来たんですかぁ…?」
「あれ? この人ってどこかで見たような」
「……言われてみれば、確かに」
奥からおぼつかない足取りで出てきたのは、和服を身に纏った黒髪の若い女性だ。
どこかで見た……そう、フェイオンにベガと呼ばれていたはずだ。
明らかに怖いものを見るかのような目でこちらを見ており、これは……
「す、すみません、駆け込み強盗か何かと、おも、思って」
「あーーーーーー………なるほどっす」
「おい、今何を察した」
アルマがチラッとこちらを見て、納得したかのような仕草を見せたことについて詰め寄りたいところだが、それは置いておく。
咳払いをして「あー」と声の発声練習をする。
「ここが図書館だと思って扉開けたんだが、もしかして違うか?」
「ああぃえ、合ってます。ただ、ここに訪れる人なんてマルカさんやアルトさん、くらいだった、ので」
「へぇ、マルカさんもアルトさんも来てるんすね?」
「あ、し、知り合いですか? マルカさんは熱操作についての本、アルトさんは医学系の本を借りにここに」
熱操作はいわゆる炎や氷など温度系の技術全般を指すものだ。温度をプラスにすれば炎となり、温度をマイナスにすれば氷となる。
それの組み立てが熱操作。ディノスもまあ、やれないことはない。おそらく故郷とここでは些細な違いもあるだろうが。
マルカは炎系の魔法を扱うのだから、より正確性を高めるために頑張っているのだろう。
「アルトの方は……あいつ、本当にそろそろ過労死するんじゃねぇの」
「ぁ、す、すみません……えっと、お二方お名前は?」
「ああ、オレはディノスでこっちは」
「アルマっす!」
「だ。お前さんは?」
「わ、わたしはベガです。はい、ぁ、ありがとうございます……17時になったら閉館なので、あのその、ごめんなさい」
時計を確認してみれば、今は16時と、たった一時間だけしか猶予がない。もちろん、夕方に来た自分たちも悪いとは言え……
「閉めるの少し早くないか? 普通20時までとかやりそうなもんだが」
「その、人が全然来ないので……」
「………あぁ。その、なんだ。頑張ってくれ」
彼女を取り巻く環境はかなり苦しそうだが、ディノスが口を出すことでもないし、そもそも口を出せる余裕すらない。
彼女の健闘を祈りつつ、やるせなそうな顔をしたアルマに「行くぞ」と声をかける。
「一時間だけしかなくて、ここで読むのは難しそうだから何冊か借りてくか。まああんまり多くても読み切れないだろうから、三冊までにしとけよ」
「わかったっす。でも、ここまでたくさんあると悩ましいっすね……」
「まあそいつの気持ちはわかるが、頑張って悩み通して決めてくれ。オレは、そうだな…」
ずらーっと並ぶ、初めて見る漫画の棚にアルマが目を輝かせているのを横目に、ディノスは「さてと」と方向を変える。
気になることは山ほどあるが……
「恐獣の性質とかの本は読みたいし、この世界に何があったのかも知りたいところだな。それに、何故オレの故郷の名前が調べても出てこなかったのか、その答えのヒントもあったら助かるが」
足りない。とにかく、情報がない。この世界の知識もない。
その凸凹の知識の補完に、本というものは最適なのだ。もちろん、物によっては陰謀論だの碌なものが書かれていないが、基本宝物である。
「そういえば、げーむ出身の偉人とか結構いるもんなのか?」
ラクールは英雄、アルゼイドは神獣。彼らは相当な有名人らしく、歴史の教科書にも残るレベルらしいが、他にもいるものなのだろうか。
そう思い、『伝記』系が置かれている本棚の元へと歩む。
もちろんげーむ出身の悪者も多くいるが、世界を救った英雄もそこそこいそうではある。
事実、『ラクール』と題名にデカデカと書かれた伝記があった。知人かつ同じ故郷の彼がどのように書かれているか、気になるところだが……
「————あ?」
目に映ったのは、それではない。ディノスが見つめた先、そこにある本の名前には非常に聞き覚えがある。
ただし、それはあくまで自分が一方的に知っている名前なのだが。
その本の題名には、こう刻まれていた、
———『神龍グラウディア』と。




