第二章15『押し寄せる不穏』
「なの!たのしいなの!」
「そうだな」
今までに見たこともない笑顔で人形遊びをディノスと行うリヴァ。
決してそれが健全な形とは言えないが、それでも幸せそうにしている彼女をを責める気にもならない。
むしろ、彼女が初めて満面の笑みを見せたので、ディノスにとっても喜ばしいことですらある。
辛く厳しい現実を見るよりは、生暖かく優しい夢を見た方がいい。これは、彼も身をもって知っている。いや無理矢理知らされた。
____ただ、その夢がいつか覚めてしまわないように、とは願わざるを得ないが。
「今日はもう帰る。また今度来るからさ」
「たのしみ、たのしみにしてるなの!……あ、そうなの!」
リヴァと遊んで二時間ほど経っただろうか。そろそろアルマが怒り心頭に発する気がするため、帰らなければならない。
ディノスが立ち上がると同時、彼女は何を思い至ったのやらボロボロの机の方へと向かい、引き出しを開ける。
すると、そこから一切れの紙を持ってきた。
「これ、これ! 前から渡したかったなの!」
手渡してきた紙に描かれていたのは、机の上に散らばっているのと同じ子供の落書きのようなもの。
ただし、
「これはオレを描いた絵か」
「なの! ——また、来て、くれる……なの?」
机に散らばっていたあれらとは違い、大層心を込めて一生懸命描いたことが伺える。
胸を張ってそう返答し、そして……最後に、我に戻ったかのように、不安そうに、問い詰めてきた。
「——ありがとう。また明日も来るさ」
そんな彼女に、ディノスはどこか嬉しそうに、そう優しく微笑んだのだった。
△▼△▼△▼△
人喰い山には、物騒な噂こそあれど危険な要素はほとんどない。
もちろん、人間なら滑落や遭難の可能性こそあるが、恐獣専門のハンターたちならば、それを心配する必要もない。
害をもたらすためだけに作られた恐獣たちも、どうもこの山の主人ことリヴァイアサンに駆逐されているようだ。
人喰いの事実などないし、むしろ一部の者たちはこのリヴァイアサンに助けられたことを訴えている。
噂に尾鰭がついた結果、誕生した怪物こそが人喰いリヴァイアサンである。
「ちゃんと説明したら、たぶん村の連中もわかってくれるとは思うんだがなぁ」
リヴァ自体善良な存在だし、村の人間たちもちゃんと友好的だ。
実物を見たことがないから偏見であんな評価をしているのだろうし、実物を見せたらただのか弱い乙女だとわかってくれるはずだ。
———か弱い乙女、問題はそこだ。
「しばらくは心をケアしないとだめだ」
脆く、ちょっと押したら倒れそうなほど弱った心、それがリヴァの問題点であった。
もっとも、彼女もディノスに対して同じような評価を下しているのだから似た者同士ではあるが。
ただし、今どっちが深刻かと言われたら間違いなく彼女だ。
幼児退行か幼いまま時が止まってるのか、あるいはその両方なのか。それはわからないが、彼女は現実逃避の手段として選んでいる。
その姿は、記憶のないアルマと再会するまでの自分と酷似していた。
「あいつは子どもに戻って、オレはギャンブルか」
心が今より遥かに病んでいたあのとき、微かに記憶によぎるのは、ただ動く屍だった自分。
そう、彼女はあのときの自分にそっくり。
ただしディノスには、生きる屍だったあの頃でも、自分にはラクールが、ディオラが、アルトが、アルゼイドが、アルマがいた。
多少マシになった今となるとさらに増える。
……そう考えると自分が本当に情けなくなるが、やめよう。
——ともかく、その支えとなる存在がリヴァには誰もいない。
何度裏切られたのだろうか。どれほどの日にちをひとりぼっちで過ごしたのか。なぜ生きているのか。
やはり幸せな夢を見続けるのは難しいようで、時折、我に戻ったかのように突然笑顔をしわくちゃに変えて泣きじゃくっていた。
そんな彼女を……
「見てられないよな」
山の麓まで降りてきたディノスは、懐から取り出した一切れの紙を見てそうため息をつく。
彼女を見ていると、まるで自分を見ているかのような気持ちになる。自分はもう手遅れかもしれないが、回復の兆しが見えてきた彼女にはせめて幸せになってほしいものだ。
そう思いを馳せながら村へとディノスか歩いているとき、
「え!? キミ、キミ! あーしの見間違いじゃなきゃぁ、あの山から降りてきたッスよね!?」
「……あ?」
顔を上げて確認してみれば、そこにいたのは、ディノスほどではないが背丈が高く、緑髪の女性だった。
よく見れば、どこぞの苔蚯蚓のコスプレをしており、かなりふざけた服装だ。
「あれ、もしかしてあーしのこと知らねっ感じッスかー? あちしの名前はルドアちゃん! 行商人やらせてもらってるッス!」
その女性は呆然としているディノスに、舌を出しながらそう言い放った。
ディノスは困惑しながら「えーと」と話を切り出し、
「オレはディノス、よろしく。何か用でも?」
「大アリ! 超、大アリっスよ! ディノっさん今『人喰い山』から出てきたでしょ!? あちしそんな人見たことないゾ!?」
「あー、噂の『人喰い』とご謁見しようとしてたけど会えなかった。ガセなんじゃねぇか、あれ」
「まーたまた! そんなんじゃあちしの目は、ご・ま・か・せ・な・い」
ディノスは明らかに鬱陶しいものを見るような目でルドアを一瞥する。
一見、ディオラと雰囲気は似ている。
しかしこちらは頭がよろしくなさそうに見えて、商人として駆け引きの面で優れていることが察せられた。
彼女が何をしたいのかは、正直よくわからないところだが。
「……ルドア、ね。どっかで聞いたことあった気がするな。フェイオンが言ってたっけ」
「おっ、やっぱあーしのこと知ってた感じッスか〜? 実はあちし、こう見えて有名人だから傷ついちゃってたゾ」
リヴァと初めて出会った日であり、ディノスたちの歓迎祭の翌日、フェイオンが言っていた覚えがある。
ルドアという、純粋な人間には決して取引をしない代わりに様々な有用な商品を取り扱う商人がこの街まで来ている、とか。
「あーし、人間嫌いっスから。あれだけはマジ無理ッス」
「……まあ、何があったのかは聞かないでおく。それより、いい加減に要件を頼む」
おちゃらけた様子から一転、人間に関しては本当に身の毛もよだつほど嫌いらしく、苦虫を噛んだかのような表情になった。
詮索するのも野暮だし、焦ったい気持ちも少なからずあるので早く本題を進めてほしいところだが。
「あーしは〜、今後英雄になり得る者に媚を売りたいだけの、ただのしがない行商人っスよ〜。だから、じゃーん!」
「……ほう」
ルドアが懐から取り出したのは、金色に輝く3つの投げナイフだ。
もちろん、それらはただの投げナイフではない。
「このナイフどもの名前は『ヴァニッシュ』。火力はそんな出ねッスけど、必中で、攻撃後は勝手に返ってくるように作られてるッス!」
「そいつはとんでもなく便利だが、出せる金にも限度があるぞ」
「さっきも言ったはずだ、ゾ! あちしは媚売りたいのと、あくまで宣伝が目的なんッス」
「なるほど」
これから実績を積み上げていきかねない者たちに、恩を売っておけば何かと融通が効くようになるのと、英雄が使っていた武器として商品価値を上げたい……そんなところだろうか。
「あでも、流石にタダはきついんで、60%オフでいかがっスか?」
「……1回、使ってみても?」
「どぞどぞ〜」
ディノスは彼女から渡された金色のナイフ、『ヴァニッシュ』を手に持ち軽く振ってみる。
確かになるほど、非常に手に馴染み不良品ではなさそうだ。
実際必中の攻撃なようで、遠くの木に投げてみるとコンマ0秒で突き刺さり、一フレームで返ってきた。これは使える。
「わかった。買おう」
「さっすがお目が高いゾ〜?」
ルドアに金を支払い、金色のナイフを正式に購入した。
今現在、ディノスの戦闘面は明らかに不便になっている。だから、それをカバーできるものはいくらあっても足りない。
「はーいまいどありぃ〜」
「どうも…………待て」
「あ? どしたっス」
金を支払い交渉成功、任務は達成したとばかりにホクホクな表情をしているルドア。
しかし、今はそんな彼女を気にしている余裕もない。
「———なんか、村の方が騒がしくねぇか?」
「え〜、あーし、戦闘面はからっきしだから、ディノっさんが言ってるのよくわかんないゾ?」
村の方へと耳を澄ませる。
もちろんここから村へはそこそこ遠く、身体能力がからっきしな者にそんはもの聞こえるはずもないが、ディノスはしっかりと捉えた。
その直後、ルドアでもはっきりわかるような馬鹿げた大きさの音_____一般的に"サイレン"と呼ばれているものが鳴り響いた。
そのサイレンは確かに警告した。
______恐獣の混成軍、その襲撃を。




