第2章14『あわれなあわれな』
『あ、れ?』
『どうしたんっすか、アニキ?』
『ア、アルマ!? そしてここは…』
ディノスは気付けば食卓に座っていた。
しかし、ここは、そんな、あり得ない。
『故郷に戻ってきたってのか。いや、全部夢だったんだのか……ああいや、独り言だよ』
最初から、最後まで、あの世界は全て自分の妄想だったのだ。なんだ、安心した。やっと、やっとだ。
あの日頼んだ、ハンバーグをアルマは作ってくれているらしい。まさしく、夢みたいなことだ。
いや、こっちが現実で、アッチが悪夢だったのだ。
『アニキ』
『ん、なんだ』
『——お気をつけて』
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「クソ、クソ! 嫌な夢だ。ふざけてんじゃ、ねぇ……!」
ディノスは飛び起き、冷や汗をかきながら時刻を確認し、アラームを止める。今は朝方の4時。
もう少し眠っていてもいい時間ではある。
「ちょっとは眠れるようになったと思ってたのに」
最近、悪夢にうなされる事が多い。
幸せな夢ではある。ずっとあそこにいたい。
だからこそ、あのまま呑まれるともう戻ってこれない。そういう意味で、悪夢なのだ。
精神科と呼ばれるものがあるらしいから、そこで受診してみるのもいいかもしれない。
まあ、今日は無理なのだが。
「アルマ、起きろ。今日はやることがある」
「むにゃむにゃ……こんな朝方にっすか?」
「そうだ。知り合いが、この時間帯でしか予定開けれないって話でな」
今後のことも考えると、アルマに最低限食っていけるくらいの実力は持ってもらわなくてはならない。戦い方を教える必要がある。
しかし諸事情により、ディノスだけではその役割を遂行できない。
———だから、特別ゲストを用意した。
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「紹介する、この人がリヴァだ」
「あなたがリヴァさんっすか? よろしくっす!」
「……なの」
ディノスとアルマが向かった待ち合わせ場所に佇んでいたのは、フードを深く被った少女である。
ここは村から離れた、恐獣が出るか出ないかギリギリの場所だ。
さて、目の前の彼女は身長がディノスより20cmほど低い、そこらの内気な少女と何一つ変わらないまであるが……
「本当にこの人で合ってるんっすか?」
「そうだ。オレより強えぞ」
強さにムラがあり、そしてアルマが相手だと教えるのすら無意識に手加減してしまう可能性もある。
だから、ディノスではアルマの指導役にはなれない。
「まず、そいつがどのくらいの実力を持ってるのか確かめたいなの」
「アルマと模擬戦でもするか?」
「なの」
「ふん、負けないっすよ!」
アルマは盾をカチカチと合わせ、リヴァに立ち向かう姿勢を見せる。
いい姿勢だ。ただ、彼女はあのヘラクレスよりも強者なのだから、アルマに勝ち目などないのだが。
「えっ」
アルマの視線からリヴァの姿が消えた。
突然、突然だ。どこに行ったのかは、わからない。
「弱い」
「っ!?」
神速でアルマとの距離を詰め、そして氷のハンマーを軽々しく振り翳し様子見といったところか。
アルマは目でそれを追う事ができなかった。だから、山勘だ。山勘で、何とかそれを盾で防いだ。
ただそれも、二度、三度とは続かない。
「その程度なの」
「むぐっ!?」
対応する間もなく蹴りを叩き込まれ、アルマはその馬鹿げた火力を相殺できることもなく、吹き飛ばされた。
こうして、アルマとリヴァの戦いは三秒も持たずに一瞬で決着がついた。
アルマはなんとか這い這いの形で立ち上がったが、もう戦闘続行は不可能だろう。
「リヴァから見て、アルマはどうだ」
「全然だめ。——戦う心構えも、全くできてない」
「そうか」
明らかに辛辣ではあるが、困ったことに、ディノスの心に否定の言葉は湧いてこない。
それはもちろん、アルマも同じことだ。
その言葉が正確なことくらい、全員わかっていた。
「私が教えられるのは戦い方だけなの、心構えの方は無理。まず盾の本領を全然発揮できてないなの」
「そう、っすよね」
「なの。ちょっと貸すなの………盾は、相手の攻撃を受け流して味方を防御、そして相手の洗練された動きに少しの無駄を付け込ませるためにあるなの」
態度こそ冷淡であるが、懇切丁寧に盾の持ち方、使い方をアルマに教えている。
「お前の場合、盾で攻撃を受け流した際隙が出来るのが最大の問題なの」と話すリヴァに対し、アルマもコクコクと頷いている。
今はどれだけアルマの無駄を無くすかに集中しているようで、先ほどの試合を再現しているようだ。
氷のハンマーを盾で防いだアルマがいかにどう立て直すか、それに着目している。
他にも諸々動き方などを教えて、しばらく経ってから、
「これで、さっきよりは筋が良くなったと思うなの。ただ」
「まだまだ足りないか」
「格下か格上か、いずれにしてもちゃんと対等な相手とやり合ったことがないんだと思うなの。さて……」
その言葉を発した後、リヴァはコホンと咳払いする。
彼女の意図はわかった。アルマに足りないもの、それはちゃんとした実践経験だ。
大した操作方法も教わらないまま格上とばかりやり合わされ、ちゃんとした動きすら身につけることもできなかった。
アルマに回復薬を飲ませたディノスが、次にやらなくてはならないことは明白だ。
「今のアルマと同格の恐獣って、なんかいるか?」
「ふむ……この辺りにも最近現れるようになった、ヤツとかがちょうどいいんじゃないなの」
△▼△▼△▼△
「グルァァァァ!!!」
「かかってくるっす!」
獣だ。アルマと相対する、一匹の獣がいる。
その獣の名前は、霜獅子。本来寒冷地帯にしか現れないはずの、獰猛で危険な恐獣である。
その俊敏な動きで敵を翻弄し、長い爪で切り裂き、鋭利な氷を操る獣、それこそが霜獅子だ。それとやり合っているのが、アルマ。
そして、彼らが戦うのを遠くから見ているのが、ディノスとリヴァだ。
「思ったんだが」
「……何」
「この前、本来霜獅子がいない場所にもあれが出たんだよ。でも、あれって雪原くらいにしか生息しないはずだろ。でもここにもいる……寒冷化でも起きてるのか?」
「そんなこと、ないはずなの。でもあのライオンに限らず、寒いところの恐獣は最近よく見かける。もしかしたら、誰かが」
「放牧でもしてる…? いや、まさかな」
そんな会話をしている彼らをよそに、アルマと霜獅子の戦いはなおも続いていた。
もちろん緊急時は助けに向かうが、助けが来ると思って戦うな、とは釘を刺しておいた。
「えいっ!」
「———ォォ!」
ディノスも霜獅子には一度相対したことがある。ディオラに全て印象を持っていかれたとはいえ、そこらの恐獣とは一味違うなとは一目見てわかった。
実際、アルマを切り崩す火力こそないようだが、そのスピードでアルマを翻弄している。
また、近距離だけかと思いきや遠距離攻撃まで確保しており、氷の切り裂きを四方八方からお見舞いする。
更に氷の牙を深く食い込ませたら、様々な状態異常まで付与できるらしく、どこまでも厄介だ。
____実際、ここまで完璧に相手の攻撃を防いできたアルマだが、有効打を見出せないからか焦っているらしく、徐々に綻びが発生してきている。
それは霜獅子も同じらしく、一気に勝負を決めようとアルマの首元に噛みつき……
「させないっすよー!」
「ルァ!?」
そこに勝機を見出したアルマが霜獅子の鳩尾に一発、カウンターとして打撃を畳み込み、怯んだ獣に更に追撃を加え、更に、更に加える。
行動の隙を与えない、そしてそれが霜獅子の最も苦手とする戦い方だ。
結果、霜獅子は地に倒れ、最後に立っていたのはアルマだった……もちろん、かなりの辛勝だったが。
「やったな、アルマ!」
「あ、ディノスさん、やった! やったっすよ!」
ディノスは勝ち星を受け取ったアルマの健闘を讃え、そしてアルマはどこか誇らしげである。
そのまま彼は……
「リヴァさん、どうだったっすか?」
「及第点ってとこなの。さっきのやつを割とすんなり倒せるようになって、やっとスタートラインなの」
「うげぇ、まだまだ先が長いっすね…」
ただしリヴァにとってはまだまだ浮かれてばかりも居られない実力なようで、厳しい現実を話す。
そんな彼女が少しだけ達観したような雰囲気を醸し出していたので、ディノスはどこか違和感を覚える。
リヴァにしか聞こえないよう、小声で疑問を唱える。
「お前って、何歳なんだ。ああ、オレは19ね」
「急になんなの。ゲームでの設定って話なら、私は21なの」
「21…!? お前、成人してたのかよ………あれ」
ここで一つ、頭に疑問がよぎる。
そりゃ"ろりばばあ"だとかなんだとかは故郷でも聞いたことはあるが、目の前の彼女はそれに該当しない、そんな気がした。
何かが、おかしい。言葉で説明するのは難しいが、とにかく何か嫌な予感がした。
「な、なに、どうしたなの。私の方がおねーちゃんでびっくりしたなの?」
「いや。———後でお前の家、行かせてくれないか。まさか野宿じゃないだろ」
ヘラクレスじゃあるまいし、と続けようとしたが、彼女の目が不安そうに揺れるのを見て自粛する。そして彼女はしばらく悩んだ後、
「_____まあ、いいなの」
そう返したのだった。
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流石にアルマ同伴となると渋い顔をすることは目に見えていたため、アルマは先に家に帰らせてきた。
「またディノスさん置いてくんっすか!?ずるいずるい!」と言われて非常に心が痛むが、許して欲しい。
さて、ディノスはリヴァに先導される形で人喰い山の中に入っていった。
美しい結晶がところどころにあり、目を奪われたがリヴァにとってはゴミもいいところらしい。
そして招かれた先、そこにあったのはボロボロのプレハブ小屋だった。
「ちょっと機嫌良さそうだな」
「そうなの? まあ、おうちが一番なのはたしかなの〜」
珍しく笑ったリヴァが、プレハブ小屋のドアを開けると、そこに広がっていた空間、それは、
「ぁ………え??」
今まで乾いた笑みしか見せなかったリヴァが、今だけは心の底から楽しそうにしている。
しかし、それはひどく歪な姿として、だ。
ボロボロの机の上には、子供の落書きが描かれた紙が散乱しており、本棚には童謡が数冊。割れた鏡に、床で寝ている形跡。哺乳瓶まで転がり、おむつもある。
その部屋の主である彼女は、椅子に座って切れかけのクレヨンを持って幸せそうに絵を描きはじめた。
「なの、なの、なの」
リヴァは鼻歌を歌いながら、うっとりとした表情で絵を描き続ける。
これがただの少女であれば微笑ましいのだが、彼女は21歳なのだ。
肉体は、まだいい。あくまでこの姿は仮初の姿で、本当の姿は竜……と思えば納得できる。
しかし、精神は違う。おそらく、彼女も本来は大人として着々と成長できていたのだろうが、"何か"によりそれが堰き止められたのではないか。結果、十何年も前に、彼女の時は止まってしまっている。
「でぃのす、あとでおままごとしないなの?」
「……いいぞ」
「わぁい!」
おそらく、ディノスが見ていたリヴァすら、本当の彼女ではなかった。
この部屋にいるときだけは、涙を流すこともなく、誰かに傷つけられることもなく、誰かを疑う必要もなく、何かを考える必要もない、ずっとずっとこどものままでいられる。
幼児であることで心を保つ、哀れな、哀れな幼子、それがリヴァなのだ。




