第二章13『なれそうにない』
「きらきら星、弾いてほしいなの」
「きらきら星…? どんな曲だ」
リクエストされた曲は、音楽に精通してるはずのディノスでも全く知らない名前の不思議な曲だった。
どういう曲なのか、どういうメロディーをしているのかと聞き返してみると、彼女は驚いたかのような表情になり、
「……知らないなの?」
「オレの故郷だと存在しない曲だな」
その返答を発した直後、これ見よがしにリヴァにため息をつかれた。
せっかく期待したのに損した、とでも言うかのように呆れた彼女は、「じゃあ…」と話しかけるが、ディノスはそれを静止する。
「待て待て。耳コピでやってみるから、どんな曲なのか歌ってみろよ」
「私音痴だから、ちゃんと歌える自信ないなの」
「ベースさえ狂ってなきゃ問題ない」
そう言われたリヴァは少し戸惑い、硬直するものの、少し時間を置いてから唇を動かし始めた。
なお、これはこの世界には存在しない、どこか別の世界の民謡であるのだが、ディノスには知る由もない。
星の美しさや道しるべを強調している一曲だ、シンプルでこそあるが美しい。
「しかし、そんな音痴ってほどでもないな」
特段上手いというわけでもないが、それは歌い方を"知らない"だけで、磨けば石ころからダイヤへと生まれ変わるだろうことは明白だった。
______もっとも、磨く機会なんてあり得ないいくらい、彼女の生活は今の今まで荒れていたのだろうが。
「さ、歌い終わったなの………本当にいけるなの?」
「うむ」
彼女は本当に行けるわけがないと言うかのような顔をして、こちらを覗き込むが、彼にはこのくらいおちゃのこさいさいである。
——もうこれしかない、と言い換えることもできてしまうが。
弦を一つ一つ弾き、100%ではなく120%を目指して、きらきら星を再現する。
さっきのアカペラのままだと、音程が狂ってるところも多いため、そこは修正していかなければならないが。
まあ、シンプルな曲なので、知らない曲であれどほとんど苦労はしなかった。
「で、どうだった」
「な、舐めてたなの」
こうしてディノスの曲のレパートリーに一つ、『きらきら星』が入ったわけだが、曲の一部始終を全て聞き終えたリヴァは、素直に感嘆の意を漏らした。
「ぎたー、見たことあるけど触ったことはないなの」
「触りたいとか言うなよ」
「触っちゃだめ、なの?」
「言うと思った。おい、これオレ以外なら怒る奴もいるから気をつけろよ」
興味深そうにギターをまじまじと眺めるため、結構図々しい彼女に「絶対壊すなよ」と念を押した上で渡す。
もちろん、壊そうと思って壊せるものでもないのだが。
「あー、初心者じゃ弾くの難しいと思うぞ。そ、そんな目で見られても………しゃーねぇな。そこはな…」
△▼△▼△▼△
「ちょっとは弾けるようになったなの?」
「飲み込みはかなり早い方なんじゃないか」
あれからギターを触るリヴァに対して色々と教えていたのだが、意外と上達の速度は速い。
もちろん、絶対音感を持つディノスと違い、まだ彼女が一曲弾けるようになるには練習が全然足りないが、教えがいはかなりある。
「すまん、そろそろ帰らなきゃいけん」
「そう……あぁ、約束の件はちゃんとやってあげるなの」
「そいつは素直に助かる。じゃ、また今度な」
「なの」
ディノスは彼女からギターを返してもらい、祭りへと戻るため立ち上がった。
そうして、しんみりとした満月の密会は終わりを告げたのだ。
帰っていったディノスと対極に、少女は座り込んだまま硬直する。
世話になった借りを返すため、ギターを弾かせてもらっているときにさせられた約束。それについては、きちんと果たすつもりだ。
ただしそれとは違う、もう片方の約束。
「友だち、たぶんなれそうにないなの」
それは、おそらく果たせそうにない。
結局のところ、自分が"大罪"である限り、あんなに親切な彼とも友だちにすらなれない。
彼は、自分を幸せにできるのだろうか。答えは否だ。いてて楽しかったが、幸せには、できないと思う。
友達になるなど嘘をついて心が痛む。いや痛くない。大罪だから大丈夫なのだ。悪者は心を痛ませたりなんかしない。だから嘘をついても問題ない。
大丈夫なのだ。
△▼△▼△▼△
「おいおい新人クン。キミ、どこ行ってたんだよ」
「急に腹が痛くなってトイレに篭ってた。申し訳ない、先輩殿。お名前は?」
「ナゼルバさん、だ。いやいやぁ、次から気を付けりゃいいよ? いいけどさ? そういう態度は歓迎できないよね。"一致団結"できないよね」
祭りに戻るや否や、よくわからない先輩のハンターに話しかけられた。赤髪の男だ。
一応、ナゼルバという名前は覚えておくが、それはあくまで面倒事に巻き込まれないようにするための処置であり、個人的にはこのような御仁とは仲良くできない。
———なんてったって、彼は下衆じみた笑みを浮かべているのだから。
非常に気分が悪い。そもそも、彼に詰められる道理もないと思うのだが、今は反省しているフリをしておく。
「ナゼルバ殿、次から気をつける。後輩として、あなたのことを見習っていきたい」
「ふぅん。ま、わかればいい。わかればいいよ。じゃ、頑張ってね」
まあ、あくまで反面教師として見習うつもりだが。
どうせロクでもないことしかしてないのだろう、彼と関わりたくない。
実際、ナゼルバは女を見るとき明らかに自らの欲望を剥き出しにしていた。嫌われ者だし、面倒でこそあるが善良な存在とさっきまで話してたのだから、落差にうんざりする。
「お、ディノスさん! やっと帰ってきたっすね!」
「アルマか、悪い悪い。一時間くらい待ったか」
「一時間三〇分も待ちぼうけっすよ! さ、色々回るっすよ!」
アルマに急かされて、やっと祭りを落ち着いて見て回れるようになった。
クラインの簡易サーカスや簡易劇場など、色々楽しむことができた。
隣にアルマがいるからか、この世界に来てから一番楽しい思い出になったと思う。
あともう一人、隣にいれば完璧だと思うのだが。




