第二章11『月が示すは』
生きてて死んでいる、それが恐獣。
その言葉の意味がよくわからなかったアルマは、首を傾げると……
「恐獣も本質的にはボクたちゲーム世界の民と同じだケド、ボクたちと違って他者を襲うことしかプログラムされていないんダヨ……………もちろん生き物に見えるようにと、最低限の習性こそ設定されてるケド、ソレも自然じゃない薄っぺらいハリボテダネ」
「……でもそれって、普通の凶暴なだけの生き物となんか違うんっすか?」
「そうダネ。もっと詳しく言えば、彼らにはちゃんとした自我がナイし、感情も希薄ナンダ」
「僕と同じようなものか。まあ、僕には永遠なる自我<エターナル・アイデンティティー>はあるけど」
「黙っててもらえるカナ?」
クラインの説明によると、恐獣には己を形作るための『心』も、また己を表現するための『感情』も薄いのだとか。
だから、決して意思ある者たちとわかりあうことなどできないという。
しかし、アルマの頭によぎったのはボメイル森林での騒動だ。
あの騒動で一番心に残っているのはもちろん、醜悪な五つ首の怪物だが今回はそちらではなく、
「でも、この前見かけたザルドアはディノスさんに対して怒り狂ってたっすよ?」
「確かに一部の恐獣は感情を大きく変えるように見えるケド、それもプログラムされた範疇。あくまで感情を変える"固定された"条件を満たしたからまでで、その感情モドキが実際ボクたちと同じような感情を示しているかは……ちょっと、ボクにもわからないネェ」
「うぅ、難しいっす〜…」
「まあまあ、ここは聞き逃してもらって構わないサ。ソレで本題だけど……」
クラインが恐獣についてご教授するが、その内容は少なくともアルマにはとっても難解で、聞いてるだけで頭がクラクラしてきた。
ディノスがここにいれば「つまり恐獣ってのは、肉体は生き物で精神はロボットみたいな何かと解釈すればいいさ」と簡潔にまとめてくれていただろうが、彼は今ここにいない。
頭の中がハテナで満たされているアルマを差し置き、クラインは口を開いて続ける。
「稀に自我も感情もきちーんと作動する"特異個体"がいるんダヨ。もちろん、それはそれで危険なのに変わりはないが……少なくとも、分かり合えないってことはないネ」
普通の恐獣と違い、どうやら特異個体は窮地を助けたり、餌をあげたり、触れ合ってるだけでも普通の生き物のように恩を感じるのだとか。
「そして我が魂の共鳴者<レゾナンス・ソウル>は、その特異点<シンギュラリティ>に懐かれやすい体質なんだ」
「え、そうなんっすか?」
「マア、特異個体は希少だかラ、確実にそういう法則があるとは断言できないけどネ」
メタルムの言葉にアルマは驚き、クラインの方をちらっと見てみると、彼は苦笑を交えさせながら顎を引いた。
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「全く、じゃあ本当に! 本当にボクはそろそろ行くからネ!」
「あそうだ、聞きたかったんすけど、どんな恐獣を従えてるんっすか?」
「ワタシの場合、ザルドアや伝説の怪物"紅棘王"に……」
「我が同胞<ブラフ・ピエロ>が従えてるのは魂の巨躯<ソウルタイタン>のミドリホネグマ、髑髏怪鳥<スカルバード>のガラカラス、あとゴブリンさ」
「最後だけ呼び方適当すぎないっすか」
ずっこけコンビの噛み合っているようでチグハグな会話を、アルマはチョコバナナをもぐもぐしながら聞いていた。
この"チョコバナナ"と呼ばれるお菓子は、バナナにチョコと呼ばれるものをまぶして作られたものであり、シンプルでこそあるが非常に美味しい。
バナナはアルマも知っていたが、"チョコ"に関しては故郷では超高級品だったため、安く売られているのにも驚きだ。
屋台の親切なおじさんから、この菓子を買う時にそう教えてもらった。
クラインはどうやら祭りに乗じて恐獣たちでショーを開くらしく、その準備に。
メタルムは「真実の闇<トゥルーシャドウ>を極めるならば、孤独も必要不可欠なのさ」とか言いながらどこかへ行ってしまった。
さて、アルマも………
「あれ、そういえばディノスさんは」
他の人間やメタルム、クラインたちがいなくなってようやく、ハッとしたように辺りを見渡す。
辺りはまだまだ騒がしいが、その中に自分を一番気にかけてくれている人がいない。
「ディノスさーん!……ん?」
きょろきょろとしていた彼の目に、遠くの不自然な人溜りが映った。もちろん、クラインなどのような露天商の可能性も高いけれど、個人的な勘がそこへ行くよう訴えかけていた。
小走りで人混みの中を潜り抜けると、そこにいたのは……
「ディノスさんじゃないっすか!」
「さぁ、これにて演奏はおしまいだ……お、アルマじゃねぇか」
その人だかりの中央にいたのは、ギターを持って座していたディノスだった。
彼は村の有力者に挨拶をしに行ったはずだが…
「ディノスくん、もっかいやってよ!」
「もうこれなしじゃ生きてけない…」
「ギター持ってたのを目につけられて、村長にせがまれた結果引いたらこの有様だ」
「なんか一人だけ中毒症状出てないっすか?」
都会とは逆にここは人間からゲーム世界の民への関心が強いらしく、ずっとディノスが奏でる音の螺旋を人間たちが聞いていたとか。
しかし、彼は有頂天になることもなくその場をそそくさと立ち去ろうとする。
「あれ、ディノスさんどこへ」
「すまない、まーた用事ができちまった。悪いけどこいつらの相手しててくれねぇか。多分すぐ戻るからさ」
「わかったっすよ!」
彼は何やら困ったような顔をしてアルマに手を振る。見たところ彼らとは良好な関係を築けていたように思えるが……
しかし、これはディノスから自分に課せられた使命である。ちゃんと遂行せねばならない。
駆け足気味で露店で綿菓子を二本、買っていくところまでは見えたが、アルマには彼が何をするつもりなのかはわからなかった。
運悪く参加できなかった者もいるが、元々ここに住む変人たちは大はしゃぎするのが大好き。もちろん、ゲーム世界の民も同じくだ。
だから村に住むほとんどの者たちがこの祭りには参加しており、村全体が活気で満ち溢れている。不景気とは思えないくらいに。
ただしそんな特別な日である今日でも、しんみりとして誰もいない、やけに静かな場所がある。考えれば当然の話だが。
「ど、どうして、ここに来た。ここがどこだか、わかっているなの」
——何故ならここは人喰い山、つまりは『人喰いリヴァイアサンのテリトリーなのだから。
ゲーム世界の民に友好的な月華村の人間にすら恐れられている存在、それが目の前の青髪の少女だ。彼女の心は、疑問という一つの感情に染められている。
「どうして、ね。考えてなかった。そうだな……」
その少女に問いかけられたのは、満月に照らされる中ギターを背負っている鰐である。
そんな彼は少し思案するかのような仕草を取った後、こう答えた。
「あんな遠くから聞いててもよく聞こえなかったろ。変な噂ばら撒かれても嫌だし、認識を改めさせるためもっかい聞かせてやろうと」
彼女の目に映るものは、全てが薄暗く、モノクロに見えていた日々。それだけだった。
しかし、目にしたことはあるが唇に触れたことは一度もない、白い菓子を「食べるか?」と差し出してきた目の前の男は、彼女の閉じた世界にグイグイと踏み込んできた。




