第二章9『アルガゼルマ≠アルマ』
雷音と狂斧の激闘は未だ続き、その勢いの衰えを感じさせることはない。
ディノスとヘラクレス、お互いがお互いであるからこそ、これはやっと成り立つ戦闘である。
もし片方が並のハンター程度の実力者であれば一瞬にして決着がついていたはずだ。
「ちぃっ!!」
ディノスは一度ヘラクレスと距離を取るため彼を蹴り飛ばし、間合いを確保する。
ただの蹴りとはいえ、まるで風神かのように圧倒的速さで蹴り飛ばしたのだ。
当たればそれなりの威力があるはずだが…
「あくまで我輩の推測であり、我輩の一考にすぎないが、蹴りの精度も高く、力のかけ方も完璧なものよ。今までにどれほどの数、死線を乗り越え、生き繋いできたのかご教授願いたい」
「そう言いつつ防御は完璧なの腹立つな……あと乗り越えてきた困難くらい山ほどある!」
ディノスを誉めるヘラクレスだが、ちゃっかり蹴りの衝撃を間合いに差し込んだ斧で和らげている。
確かに蹴りで大きく後退こそしたが、実質的なダメージは僅かだ。
だが、当初の目的であった距離を取ること自体には成功した。
「大人しく投降してくれたら楽なんだが」
「残念にも、無念にもそれを我輩が受け入れることはできない。むしろ、我輩の要求を呑んで貰えれば、このようなことをせずに済むと我輩は思い、思案するが」
「あいにくこれはオレも譲れねぇ…!」
今はヘラクレスと敵対しているが、精神こそ狂っているといえども彼が悪人ではないことはわかっている。
彼からもらったこの蓑が、それを裏付ける証拠だ。どうにかしてヘラクレスを無力化し、彼が抱くアルマへの誤解を解かさなければならない。
_____しかし、前提条件として気をつけなければならないことがある。
「あの祠サイズの城をぶっ壊したら、それこそ取り返しがつかん」
ヘラクレスは『騎士』として、国を、主人を、城を守る役目を司る_____という妄執にとらわれている。
彼が城として見做しているものは城としては明らかに不恰好すぎるし、冷たい石造りだし、サイズだって一般的なものとは比べ物にならないくらい小さい。
しかし、彼はアレを"城"だと思っている。
もしアレを壊してしまえば決定的な亀裂が入り、和解も不可能となるだろう。
——よって、
「そらそらそら、逃げられねぇぞ!!」
ディノスがギターを行使して発生させたのは、大量の雷撃。それに加えて、空気を振るわせ紡がれる美麗なる音のシャワーだ。
雷撃は辺りの地形への被害を最小限にするため範囲を狭く、その代わりに威力に全て注ぎ込み、聞くだけで効果を発揮する音塊とその弾幕は地形に被害を出さない。
これによって、『城』を壊すことなく、さらにギターで相手の思考能力を最大限鈍らせ、
「ほう」
当たれば高火力かつ痺れのリスクもある雷撃か、深刻なデバフや状態異常を催す弾幕の二択を迫らせる。
回避、防御などという最も愚かな選択肢を取れば、まさしく二兎追う者一兎をも得ずと言ってもいいべき状況になることは間違いない。
判断に時間をかければ、また______!?
「我輩が思うに、成功を得るには多少の痛みは伴わなければならぬと我輩は考える。ましてや、それが命の取り合いになりかねん戦場となればなおさらのことだ」
ヘラクレスは迷わず雷撃の道を選択し、突っ込んだ代償として強力な雷撃をいくつも喰らう。
流石のヘラクレスと言えども、この攻撃はかなりのダメージとして蓄積しているようだが、まだ倒れるには程遠い。
「おいおい度胸ありすぎんだ、ろっ!!」
「確かに我輩も悩みはし、我輩も悩まされはしたが、長期的に影響を残す異常よりも、単なる損傷として短期的な影響である後者を我輩は選択し、選んだまでだ」
「ハッ!」
猛虎のように迫ってきたヘラクレスから次々と繰り出される迫撃をギターで受け流しつつ、次なる一手を考える。
如何なる存在と言えども必ずや深刻なダメージを与えられる先ほどの二択の技だが、弱点もある。
確かに、防御なども通用しない地獄の二択だ……ただしそれはあくまで初回のみで、二回目ともなると強者クラスなら対応される可能性がある。
つまり、あくまで初見殺しと言ったところ。
ヘラクレスにもう一度試してもおそらく無駄だろう。
「我輩も君を殺すつもりはなく、また君を死に至らすつもりはない。かたじけないが、多少の痛みは寛恕してもらいたい」
「ぐっ……!?」
ヘラクレスは切り崩しが専門であり、それに特化している。
彼はディノスに受け流されたところもう一押しして逆に起点とし、斧の横薙ぎをディノスにお見舞いした。
ディノスは咄嗟に防御こそしたが、破壊に一点集中した馬鹿げたその力を殺し切れない。
その隙をヘラクレスも見逃さず、空気を揺らす衝撃波を伴った蹴りが続く。
これまたあり得ない火力を誇り、受け身の体制を取りはしたが、まともに食らうわけにもいかない。
雷鳴の手で自分を包みながら後退し、できるだけ一点集中された火力の重心から遠ざかることで、少しでも自分にかかる威力を減らす。
「——っ!」
これにより、ノーダメージとは程遠いがなんとか致命傷は避けることができた。
おまけにカウンターもぶち込むことができたため、これでイーブンだろうか。
ディノスは口元に溜まる邪魔な血を吐き捨てながら、相対するヘラクレスを睨む。
状況はまさしく五分五分、ディノスもヘラクレスもお互い傷は目立つが、まだまだ戦える。
このままやり合うなら、先にどちらが倒れてもおかしくない。
しかし、この戦いは、
「そこまでさ! これ以上はやめてもらおう!」
_____援軍としてやってきた、フェイオンによって幕を閉じることとなる。
「アルマくんがあんなに焦ってたから何事かと思ってね! でも来てよかったよ、まさかこうなっているとは!」
いつの間にか、ディノスの後ろに恐怖で震えながらこちらを見ているアルマがいた。
頼んだ通り、彼がフェイオンを呼んできてくれたのだろう。
ただ、ハンターのリーダーであるフェイオンさえ、タイマンではおそらくヘラクレスに押し負けるだろう。
それでもディノスと組むとなると話は別だ。
元々ディノスはサポート適正が非常に高く、さらにハンターの中でも上位の実力であるフェイオンが助太刀なのだ。
ヘラクレス側が不利なのは誰が見ても、火を見るよりも明らかである。
しかしそれでも、
「何人であろうと我輩の前では同じであり、我輩は心構えを変えるつもりはない。我輩は三百年前の亡霊として未だ彷徨うアルガゼルマを弔い、そしてとどめを刺さねばならない義務がある」
ヘラクレスが戦意を喪失させることはない。
彼は斧を構え、真っ向からディノスとフェイオンに対峙する。
そんな彼を見てディノスが疑問に思うことが一つ。
「お前には本当にアルマが、その"アルガゼルマ"とやらに見えるのかよ?」
ヘラクレスが話している禍盾アルガゼルマとやら、どう考えてもアルマに当てはまるわけがない。
彼など自分の記憶にはないし、実はラクールと同じく故郷の未来から来た存在だとしても、"三百年前"というところが矛盾する。
そもそも、アルマのことを覚えていてディノスのことを憶えていないのも変だし、まずアルマはそんな誰かに恨まれるようなこともしない。
だから何一つ、あり得ないのだ。
ディノスの言葉を聞いたヘラクレスは、震えるアルマを一瞥する。そしてしばらく、何かを考えるかのような素振りを見せると……
「確かに君の言う通りであり、その通りだ。———アルガゼルマは、そのような軟弱者ではなかった」
「______」
「謝罪しよう。我輩が致命的な間違いを犯し、我輩が過ちを犯していた。君たちには迷惑をかけた」
その言葉を聞いたアルマが、誤解は解けたというのに、自分を責めるような、悔いるような、悲しそうな。
そんな複雑そうな顔をしていたのが、ディノスにははっきりと見えた。




