第二章6『新生活の幕開け』
「改めて、よろしく頼む」
「こちらこそだよ。最初は慣れないだろうから、困ったことがあったらすぐに言うといい!」
ひとしきり自己紹介を終えた後、ディノスとフェイオンはお互いに手を交わす。
この青年を実際に見たのは、ディノスもこれが初めてである。
しかし彼の温和で穏やかな雰囲気に反して、高い実力を持っていることは一目見てすぐにわかった。
それはもちろん、戦闘力だけに限らず…
「この村のまとめ役っすよね? よろしくっす!」
「ははは、厳密には僕はあくまでハンターたちのまとめ役だけどね! 村長さんが一番偉くて、僕はその次だ!」
クラインなどの曲者のハンターたちを束ねるともなると、相応のカリスマ性が必要であろう。
少なくともディノスには持たざる力であり、羨ましいと感じてしまうものでもある。
——しかし、聞くところによるとその村長は……
「そしてその村長が、ボクということダネ」
「ややこしくなるから静かにしといてくださいっ」
「はっはっは、面白い冗談だが、村長さんは我々と違って純人間だからね!」
ついには一人称すらも定まらなくなってきた道化師ことクライン。
流石にアルトからも注意を受けるが、そこは気にするべきことじゃない。
そう、フェイオンの言う通り…
「——人間」
大なり小なりあれど、純人間はディノスたちゲーム世界の民を嫌っている者も多い。
ここの村長は純粋な人間と聞いていたから、そこが懸念点の一つでもあったが……
「おっと、そこは気にしなくていい! ここの皆さんはみんな我々に友好的だからね!」
「む、そうか」
「ソモソモ、彼らがボクたちのことが嫌いならここで上手く共存できるわけがないネ」
「クラインさんが言ってると説得力が薄れるんすけどね…」
「オヤオヤ、これは失敬!」
顔に出ていたのかはわからないが、ひとまず疑問は解消されたため素直に感謝する。
ディノスは頭を掻き、「あー」と話題を変えると、
「悪いが、早速その物件を見せてはくれないか」
「わかった。それでは、僕が案内しよう! アルトくんはクラインくんの世話を頼めるかい?」
「え、嫌なんですけど、というか僕が…」
「はーはっは!ありがとうアルトくん! それではディノスくんとアルマくん、行くとしようか!」
「さらっとこの人押し付けてないっすか?」
「これが社会ってもんだ、相棒」
明らかに苦虫を噛み締めたかのような不服そうな顔になったアルマはさておき、彼ら二人はフェイオンの後ろについていく。
アルトについてはまあ、上手いことやるだろうと願っておくか。うむ。
ほのかに暖かい日の光を浴びながら、彼らは整備された村道を渡る。
村と言われるほど民家の数は少なくなく、どちらかというと町の方が近いかもしれない。
「小さなお屋敷だけどね!きっと、気にいるとは思うよ!」
「ここから遠いっすか?」
「村の外れにあるから少し遠く感じてしまうかもしれないけど、まあ不便には感じないんじゃないかな!」
「逆にそれくらい高待遇なのに誰も住まないとか、どんだけ訳アリなんだよ……」
「実際に見てもらった方が早いからここではノーコメントとさせてもらうよ!」
フェイオンを交え、三人でそんな談笑をしながら歩いている矢先、おそらくこの村の住民であろう若い男性とすれ違った。
黒髪の彼はディノスたちと比べるとあまりにも非力であることが伺え、彼が純粋な人間であることを裏付けている。
さあ、どう来るか…
「やあ斎藤さん!今日も元気かい?」
「こんにちはフェイオンさん、僕は今日も元気ですが…そちらの方たちが」
「そう、新しくやってきたディノスくんとアルマくんだ!仲良くしてね!」
「そうでしたか。よろしくお願いしますね、お二方」
「お、おう」
「はいっす!」
予想外の反応をされて動揺していたディノスを差し置き、黒髪の彼はニコっとした後その場から立ち去って行った。
「じ、実際言われてはいたが本当だったとは…」
「確かによりにもよってクラインさんが言ってたから、半信半疑ではあったっすね」
「はっはっは!彼はああ見えて、たまーに真実を言うからね!真実と虚言を交えると、相手を騙しやすくなると聞いたことはあるけどもだ!」
いざ実際、純粋な人間に友好的な反応をされると違和感がすごいものだ。
まあ、そんな彼らも世界全体で見たら少数派ではあるのだろうが、少なくともここでは珍しくもなんともないのだろう。
「と、そんな話をしてたら見えてきたね! あれだよ!」
「お?………おー!!すごいっす、でっかい!」
「ほー、いいじゃないか。ただ二人で住むにはちょっと広すぎな気もするが」
見る者が見れば、「和風」と答えるだろう。
周辺に民家や建物こそなく、こぢんまりとはしているが、土堀や石畳が見られる綺麗な庭武家屋敷だ。
はしゃいでるアルマと同じく、ディノスも、これから始まるであろう新生活に心を躍らせていた。
——妙な胸騒ぎはしたが。
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「それで、今日の夜に広場で交流会があるんだけど、ディノスくんたちは参加できそうかい?」
「もちろん。アルマも引き連れて宴で好き勝手飲み食いしてやるよ」
アルマはトイレにと一足先に屋敷に入ったため今は不在だが、別に聞かなくても答えはわかりきっている。
「はっはっは!威勢があるのはいいことだ!この辺の地理は大丈夫そうかい?」
「まあ、いざとなればスマホもあるからな。大丈夫だろ」
最近はまともに使っていなかったスマートフォンだが、ようやく真髄を発揮するときが来たのかもしれない。
まだまだこの辺の地理には疎いため、しばらくこれに頼りっきりになるかもしれない。
あとは引っ越しの際の挨拶も……
「ああそうだ、田舎あるあるの近隣への挨拶だけど、あれは別にしなくてもいいよ! 交流会のときにまとめてすればいいさ!」
「おいおい、それは流石に失礼じゃ…」
「人間の皆さんはともかく、ここに越してきた個性マシマシのハンターはもはやそっちの方が少数派だからね!」
「あーーーーーー…………なるほど」
妙に納得してしまった自分が怖い。
まあ、何から何まで至れ尽せりでそっちもそっちで怖いところだが。
「じゃ、何か困ったことがあったら言うように! 僕はこれで失礼するよ!」
「わかった。世話になったな」
「これからどうぞよろしく!」
屋敷までの案内を済ませ、連絡事項も伝え終えたフェイオンは最後まで微笑みを崩さず帰っていった。
一応『お試し移住』という形ではあるが、まず間違いなく未来永劫ここに住むことになるだろう。
しかし、
「ここまで良条件で、何故この屋敷は訳アリなんだ……………いや、そもそも」
アルトはあのとき、『隣人トラブルが酷い』と言っていた気がする。
しかし、そもそも近くに家などない気がするが。
「——待てよ」
ディノスは屋敷の門から離れ、移動する。
この屋敷は何故か近くに家や建物がない。そのはずだ。
近くにあるのは痩せこけた荒地と林、そして屋敷の後方に例の『人喰い山』、その末端が見えるくらいか。
———?
この屋敷からそう遠くないあの荒地、あれが何かおかしい気がする。
まるで、そこで誰かが生活しているかのように感じた。でもただの荒地だ。
だがよく見たら、石を敷き詰められ作られた温泉のようなものまである。
おまけに小川が近くに流れており、そこから水を調達して野宿でもしているのだろうか。
ホームレスならば、まだわかる。
それにしては、あまりにも力業で成り立っているかのような構造がところどころに散見されている。
それが人間の仕業ではないことは確かだ。
「あのよくわからない置かれてる石の塊…いや、城……? あれはなんだ?」
小さな祠と思いきや、あれは確かに石の城だ。
生活している痕跡のある荒れ地、そのど真ん中に確かに置かれている。なんなのだ。あれらは、なんなのだ。
「む」
屋敷から離れ、まじまじとその不自然な荒れ地を見ていたディノス。
突如、何者かの気配を感じ、彼は後方へと振り返った。
「何故君は我輩の居住地であり、我輩の城を見ていたのだろうか。場合によっては心痛くも我輩の敵と見做し、我輩が直々に処理せねばならん。説明を願いたいところだ」
そこにいたのは、甲冑を纏ったカブトムシの獣人かのような大男だった。
手には斧が握られており、戦闘力という一点に絞るとフェイオンよりも高い実力を誇るのは見てとれた。
——そんな彼こそが、
「我輩が思うに、我輩の考えるところでしかないが、まず名乗るべきであったと推測する。我輩の名前はヘラクレス。君の名前も教えてもらえると、我輩にとっては助かり、手間が省けるのだが」
かつては確かに英雄であったが、今はその成れの果ての残骸にすぎない。
それが、目の前の大男であり、ヘラクレスなのだ。




