第二章5 『ようこそ月華村へ』
アルマとの対談を済ませたディノスは、一目散に数時間前まで自分が眠っていた部屋に向かった。
そしてとある目的で、彼はそこに長居している。
決してベッドの温もりが恋しくなった、というわけではない。
いや、ベッドの温もり自体は恋しいが、個人的には病院のベッドでは心が休まらないのだ。
傷も癒えた今、無駄に入院してお金を浪費する必要もないだろう。
ならば、わざわざこの部屋に長居する理由は何か。——答えは明白。
「てことで、お前が住んでる村に二人揃って行きたいんだけど、空き家とかあったりしないか。そもそも移住受け入れてる?」
「えっと、バカなんじゃないですか?」
満面の笑みでアルトにそう言われてしまった。いや、完全にアルトが正論なのだが。
そう、ディノスはアルマにハリボテの見栄を張った代償を支払わなければならなくなったのだ。
このハリボテを実際に形にすることができたら、一気に彼との関係も進むことは間違いない。
しかし、逆にハリボテの城のまま放置していたら当然雨風にも耐えられまい。瓦解したそのとき、全てが浮き彫りになるだろう。
だからこうして、情けなくともアルトに相談していたのが事の真相である。
「頼む、頼むよ。あいつを失望させたくねぇんだ、なんかないか」
「はぁ…………まあ、あるにはありますっ。僕の住んでる月華村なら移住者も大歓迎でしょう。ただ…」
「ただ?」
アルトはその先の言葉を紡ぐのを言い淀む。
躊躇する彼だが、ディノスを見て意を決し、はっきりとこう言った。
「———元々曰くつきの月華村で、さらにそこから曰くつき物件で良いなら…の話ですが」
「おいおい、二重の意味で曰くつきか。仕方なくはあるが…」
曰くつき物件、となるとゴーストが出るとかそういったところだろうか。
まあ、本来ならばそれくらいは甘んじて受け入れよう。
そう、"ただの"ゴーストの処理なら戦える者にとっては赤子の手を捻るよりも簡単なはずだ。
しかしその言い方となると、村のハンター達でもどうにもできないレベルなのだろうか。
「ソレが村全体に影響を及ぼすレベルってんならかなり呪力の強い怨霊かもしれんな。こいつは骨が折れるぞ」
「ああいや、ユーレイとかじゃないですよっ。どちらも『曰くつき』と呼ばれてる理由は現実的なものですっ」
「——? というと、騒音とか隣人トラブルとかそんなもんか」
「はい、物件の方は単純に隣人トラブルが酷いからですっ。そして、そもそも月華村自体が"曰く付き"と呼ばれてる理由。それは…
———あの村には『人喰いリヴァイアサン』が出る。そう言われてますから」
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覚悟を決めてアルマと話し、そして月華村に移住を決めたあの日から二週間弱が経過した。
月華村に移住するにあたって様々な準備を進めていたのだ。
まあアルトの紹介もあったため、ここは割とすんなりだ。
「しっかし楽しみっすね! 一旦どんな感じのお家なんっすか?」
「お家自体は小さな屋敷みたいな感じですっ。結構豪華だと思いますよ」
彼ら三人は土臭くて舗装されてない、自然の道を進んでいる。
多少の荷物こそあれど、ディノスもアルマも必要な私物はほとんど持ってないため、持ち運びには苦労していない。
それに余計な荷物は増やしたくなかったため、必要な物はほぼ向こうで買うつもりだ。
以前までディノスが住んでいた首都から、南西の方角へと途中までは進んでいた。
ただ、途中からとある山を大きく迂回して目的地へと向かっている。
その理由は…
「あの山に『人喰いリヴァイアサン』とやらが出るってんのか」
「はい、噂によると氷を司る凶暴な竜だそうです。運悪くも遭遇した人はそう言ってました。たまに女の使い魔も出るようですっ」
「ひぇぇ…怖いっすね」
人喰い山、と呼ばれるものがある。
首都から月華村を繋ぐ最短ルートに堂々と聳え立つその山には、恐ろしい人喰いのリヴァイアサンがいるとされる。
万が一その怪物と遭遇して事を構えるのはとてもリスキーであり、そしてメリットもほぼない。
だから、大きく迂回してでもその人喰い山を渡るのを避けることにした。避けざるを得ない。
「まあ、本当にやべぇやつはそういった噂も広がらないやつだけども」
噂すら広がらない、無名の怪物。
それが意味することは単純に、出会った者は全て皆殺しにしているか、もしくは情報戦の重要さを理解している策士かの二択だ。
それに、
「でも、悪評だらけの人喰いリヴァイアサンはなんで退治されないんっすかね? せっかく近くに恐獣ハンターがたくさんいる村があるのに!」
「アレ自体は、縄張りに入って刺激さえしなければ特に害はないんですっ」
「おまけに、縄張りに入った恐獣たちも片っ端から撃退してくれるんだろ。まあ、わざわざ敵に回す必要はないわな。益獣みたいなもんだ」
実質その怪物が恐獣から村を守るバリケードとして作動しているならば、無闇に手を出すのは愚策だろう。
実力自体はハンターですら手に負えないレベルらしく、勇気と無謀を履き違えた愚かなユウシャ様が喧嘩を売っては返り討ちにされるケースも多々あるとか。
村自体が偏見の目に晒されているのは、万が一その人喰いリヴァイアサンが乱心を起こした場合、真っ先に危害が及ぶのがそこだからだ。
今のところは大した被害も出ていないため、気にする必要もないが。
「それにしても体のあちこちが痛む…」
「大丈夫ですかっ、もっかい治癒魔法かけましょうか?」
「で、できれば頼む…」
「ディノスさん、場面によって強かったり弱かったりしてないっすか?」
アルトから回復の術を受け、体に蓄積していた疲労が消えて行く。
そう、そうなのだ。明らかに自分の様子がおかしいとはディノスも思っている。強烈な違和感だ。
アルトは大枚を叩いて恐獣除けのスプレーを大量に持参しているから問題ないが、ディノスとアルマはこの道中何度も恐獣と遭遇した。
そこで…
「ゴブリン一体に大苦戦し出したかと思えば、かといってそのまま弱くなったのではなく今度は強めの恐獣を圧倒する。なんっすかね、これ」
「あの怪物に小細工でも仕組まれたか…?」
記憶によぎるのは、ナイトメアと名乗った五つ首で紫色の紅い巨大な目玉を中央に添えた怪物だ。
あそこの前後から、自分の体が根本的におかしくなっている気がする。
少なくとも以前まではゴブリンに苦戦などしなかったし、逆に神々しい白い狼などの強めの恐獣を圧倒することもできなかった。
「まあワーム討伐に関しては以前のままでもあまり変わらない気はするが」
「あっほら、そろそろつきますよ! あれですあれ」
「お、やっとっすね! 」
何気にディノスに名前すら覚えられていないことが判明した苔蚯蚓は置いておき、三人の視界にようやく月華村の姿が見えてきた。
「ほう…風情があっていいじゃないか」
「雰囲気的にはふるさとと全く同じで、落ち着く場所っすねぇ」
「ふぁんたじー世界からやってきた人は、現代都市よりもこういった自然豊かな田舎の方が落ち着くって聞いたことありますからねっ」
やはりディノスだけでなく現代都市に慣れないゲーム世界の民は多いようで、そういった者たちは基本的にこういう集落に住むそうだ。
見渡してみれば、木造の建築物が並んでいる。
コンクリートが敷き詰められていたり、馬鹿でかいビルが鎮座しているといったことはない。
「でも結構広いっすね?」
「一応、ハンターだけじゃなくて純人間も住んでますから。あとちょっとした映画館とかスーパーとか、博物館くらいならありますよっ」
「改めて思うが、中々便利なもんだ」
今日からしばらく『お試し移住』という形となるが、事前にある程度はこの村についても調べていた。
故郷と雰囲気は最大限寄せつつ、かといって現代社会からあまりにも遠ざかりすぎも良くない気がしたため、そういう意味でもここが一番良かった。
……あ、あくまでも結果論だが。
さて、そうこうしているうちにようやく月華村に辿り着いたわけだが。
辿り着くや否や、最初にアルマとディノスを歓迎したのは、
「ヤアヤアみなさん、こんにちは。ワタシはこの村のハンターたちのまとめ役、その名はクライン。よろしくお願いしますネ」
アルトよりは大きく、アルマよりは小さい、まあ世間一般的には小さいと判定されるであろうピエロだった。
体の半分は赤で、もう半分は青を基調としたカラーリングの道化師ことクライン。
自分がここのハンターたちのリーダーであるといけしゃあしゃあと名乗り出てきたのだ。
「あれ、あなたがリーダーさんっすか? 銀髪のお兄さんって聞いたような…」
「フェイオンのことカナ?……ああ、ホームページの更新が遅れているようダネ。彼ならリーダーの座を降りたんダヨ」
「なるほど! じゃあクラインさん、今後よろしくおねがいしま…」
「騙されるなよそいつの言うことを」
「クラインさんはいつもこうですからねっ」
人懐っこいところがアルマの長所だが、逆にそれは短所でもある。
ディノスは簡単に騙されそうになったアルマを制した。
ここの恐獣ハンターたちを束ねる代表はクラインではなく…
「あらあら、バレちゃいましたカネ。いかにも、本当はワタシこそがフェイオンであり…」
「はーっはっは!クラインくんの嘘にはいつも驚かされるが、今ばかりはやめてもらいたい! 見たまえ、アルマくんも困惑しているだろう?」
またもや懲りずにすぐバレる嘘をつき始めたクラインの声を遮ったのは、やけに陽気な銀髪の男性だ。
「君たちが聞いていたディノスくんとアルマくんだね? よく来てくれた、歓迎するよ!」
その髪を長く伸ばした彼は、笑みを崩さないままディノスとアルマを歓迎する。
彼こそがこの村の代表である、
「僕の名前はフェイオン! 以後よろしく頼むよ!」
——-ベテランの恐獣ハンター、フェイオンだ。




