第二章3『へっぴり腰の決意』
「全く。いい年した大人が二人揃って、こんなどーんよりとした雰囲気を漂わせてどうするんですの!?合コンだったら即帰ってますわよ、本当にもう!」
「お前に正論を言われたくなかった」
彼女が看護師に叱られている際、何故か自分まで巻き込まれて非常に不服だった。おかしくはないか。
とはいえ、彼女が来たことに心からよかったとディノスは思う。
確かに頭の方は残念にも程があるが、裏表のない彼女にはもはや安心感すらも覚える。
「……今私のことバカにしましたの?ははん、私の頭の良さを証明するため、今度こそシクロで決着つけてやってもいいですのよ!?」
「ま、まだ何も言ってねぇだろ……」
動く屍だった一ヶ月の間に、ディオラに『シクロ』と呼ばれるボードゲームを教わった。
縦横八マスの盤面で赤石と青石を使うシンプルなものだ。故郷にも似たようなものはあったからルールはすぐ掴めた。
余談だが、彼女はシクロの腕前は相当強い…否。どちらかというと直感が、彼女の直感が凄かった。
多分よくわかってないまま一手を繰り出しているのだが、それが最適解なのに余りにも理不尽さを覚えていた。
まあ故郷のものとシクロとでの、細かなルールの差異に慣れた後半からは一気に逆転させ叩きのめしたが、これ以上は脱線しすぎなため置いておく。
「ところでずっと黙ったままだけど、そこの鎧男は誰ですの?」
「あぁ、わりぃわりぃ別嬪さん。ついつい、あんたの美貌に見惚れてて黙っちまってた。俺はラクール。以後、お見知り置きを」
「ふーん、中々見る目がありますわね! 気に入りましたわ。私はディオラ、特別に私の遊び相手となる権利を…」
「それはご勘弁」
「即答ですの!???………むむ?」
ラクールから思わぬ即答を受け、明らかにショックを受けていたディオラ。
しかし、突如彼女は何かに気づいたかのように、ラクールとディノスを交互に見渡す。
「おいおいディオラ嬢ちゃん、こんな中年の顔見たところで面白いもんもねーって」
「……いや、なんか雰囲気似てるなと思っただけですのよ。気のせいでしたの?」
「まあ無理もないだろ、オレとラクールはそもそも同郷だし。それに、今のオレは知らないけどラクールはオレとの付き合いも長いんだろ」
「おうよ。大体十年くらいかな」
十年。自分とアルマの関係が数年ほどな中、ラクールが失ったディノスとの関係は十年にまで渡る。
ディノスには彼とどんな関係だったのか、どんな関係を築き上げてきたのか、わからない。
今以上に必死だったあの頃ではわからなかった。ラクールもラクールでまた大きな喪失感を覚えていた、のだろう。
「そう落ち込むなって。俺は兄弟のギターまた聞けただけで嬉しいってもんよ、俺とかクッッッソ下手だし」
「そういうのに限って大抵クッッソ上手かったりしますのよね! 過度な謙遜は皮肉ですわよ?」
「勘弁してくれや」
ラクールは頭を振り、苦笑しながら否定する。実際、音楽の専門家であるディノスの目から見ても、ラクールに音の適性はない。
彼の場合、今ここでギターを渡したところで、本当に素人そのものな演奏しかできないとディノスは確信していた。
手つきの時点で、彼が音楽に触れたことがほぼないことが明白である。
「だからこそ、ラクールの正体がよくわかんねぇんだけどな…」
常に押し寄せる精神への圧迫が、ディノスの心を引き裂き思考をズタズタにしている。
……といっても、完全に思考力が奪われているわけではない。
この前の話だが、ラクールが何故あんなに自分に対して馴れ馴れしいのか考えたことがある。
そして一度はこの結論にたどりついたのだ。
「——あいつはそもそもオレの仲間よりももっと近しい存在。つまり、未来のオレなんじゃないかってことだが」
彼に聞いても間違いなくはぐらかされるだろうが、今までの発言や行動から察するにその可能性がないとは言い切れない。
しかし、そうなると不自然なケースも多くある、——まず第一に、先程のギターの件だ。
「事故の後遺症で弾けなくなった…ってわけでもなさそうだ。それなら、オレがギターを弾けなくなるなんてこと、まずありえねぇよ」
弾けない、じゃなくて弾き方を知らない、が正解だろう。
ディオラにダル絡みされて苦笑しているラクールを見ながら、そうディノスは思案する。
万が一その要因が何かしらの後遺症だったとしても…
「仮にラクールが未来の自分だったとして、未来のアルマはどうした」
未来の自分にも、もちろん相棒が付き添っていたはずだ。
もし彼が未来の自分自身だった場合、その相棒がいない中ここまで落ち着けているというのが、ディノスには不思議でたまらなかった。
——まるで、彼からは狂う権利すらも剥奪されたかのような、そんな気がしたが…ともかく、この二つが彼が未来の自分ではないと結論づけた主な理由である。
「じゃ兄弟、俺はそろそろ行くわ。ディオラ嬢ちゃんとデートでもしててくれ」
「ごめんそれは無理」
「命知らずが二人もいるみたいですわね!??」
ラクールはどうやらやらなければいけないこと全てを後回しにした上で見舞いにやってきたらしく、目的を達した今、これ以上はまずいと帰り支度を始めた。
まあ彼の正体がどうであれ、少なくとも自分とアルマの味方であるというのは間違いないため、あまり深追いしない方がいいのかもしれない。
誰にだって詮索されたくない過去というのはあるものだ。ラクールは「暇なったらまた顔出しにくるわ」と手を振りながら去って行った。
————内心、彼はディオラに対して冷や汗を掻いていたのだが、それが誰かにバレることは、なかった。
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「もぐもぐ…つまり、そのアルマくんとやらにどう接すればいいかわからないってことですの?」
「そういう…ことだ」
ラクールが去った後、人の病室で勝手にバナナを貪り始めたディオラに対し、ディノスは色々と相談をしてみた。
よくよく考えたら目の前でバナナの皮を剥き始めた彼女にこんな真面目な相談をする自分も自分だが、かといってラクールに話すのも得策ではない気がしていたので消去法だ。
……いや、それでもアルトに相談した方が良かった気がするな。
話して終わったと同時にどんどん悔恨が溢れてきたが、後悔先に立たずと言うべきか。
ただ、彼女の回答は的外れというわけではなかった。むしろ最適解と言っても過言ではなかったのかもしれない。
「まあどちらにしろ、その子がアルマってことに変わりはないのですわよね!」
「それはそうだ。間違いねぇ」
「なら、元の関係に戻るのも容易いに決まってますわ! ゼロスタートと言っても、元々それだけ相性が良かったんなら大丈夫に決まってますのよ!——ただ…」
「ただ?」
「——気持ち。結局は気持ちですわ! 気持ちは高まれば高まるほどどんどんよくなる、絶対ポジティブに行くこと!そしたらなんとかなりますわ!そうやって私は生きてますのよ!」
「——っ」
なんの根拠もない、感情論ではある。昔の自分なら、アルマと出会う前の自分なら馬鹿馬鹿しいと一蹴していたかもしれない。
ただ今の自分には、そのディオラの言葉はあまりにも説得力があるように感じられた。
____彼もよく、似たようなことを言っていたから。
「あれあれどうしましたの?私の言葉に感銘を受けすぎて泣いてしまいましたの?ははーん、しょうがないですわね」
「うるせぇ」
ハッとし顔を伏せたディノスに対し、容赦無く彼女からの冷やかしが入ったが、それでも彼は彼女に感謝していた。忘れていた、大切なことも思い出せた。
「あるま、ごめん」
一度は自暴自棄になって、理性も何もない怪物になりたいとも思った。
……それは今でもちょっぴりあるのかもしれないが。それほどまでに、ディノスの声は弱くたどたどしい。——ただ、
「もう、一度、がんばってみるよ」
諦めに何度も負けそうになりながらも、なんとかほんの小さな決意を振り絞った。
折れて折れて折れて折れ続けていた今になっても、また運命に抗うと、そう決めた、
また彼に自分のことを、『アニキ』と呼ばせる。そう、呼ばせてやるのだ。




