第二章2『記録だけはどこにもない』
衝撃だったが、頭の中では既にわかっていたことではあった。
彼が自分の知っていた彼ではないことに。
わかっていたからと言って、それを容易く受け入れられるわけがない。嗚咽が勝手に漏れ、まるで喘息かのように呼吸が苦しい。
そうして頭を抱えているディノスを気遣って、ラクールは彼が落ち着きを取り戻すのを待っているようだ。
この痛みはいくら時間をかけても治りはしないということくらい、彼にもわかってはいるだろうが。
「続けてくれ」
「いいのかよ兄弟、俺はいくらでも…」
「——-いいんだよ!聞こえねぇか!?」
ディノスは、その現実を受け入れないと決めた。意識するだけ無駄なのだ。その事実を受け入れると、ポロポロポロポロと自分の中で零れ落ちる音がする。より悲しくなるだけだ。
だから、もう考えないことにした。アルマは、アルマなのだ。だいたい、自分とラクールが間違えてるだけの可能性もあり、ただ記憶喪失なだけかもしれない。記憶喪失なだけだ。
だから、全然、大丈夫、なのだ。
「でよ、何で俺がモンスターパートナーについて知ってたかってのは…これは見せた方がはえーな」
ディノスに気圧されたラクールは、彼の要求を呑みもう一つの質問に答え始める。
そんな彼が、「これくらいならこいつでもいけっか」と懐から取り出したのは…
「ん、それ見たことあるぞ」
「だろ? これは兄弟のギターとかと同じ、たまたま故郷から持ってこれたもんだよ。まあ、綺麗なだけで使い道はねーけどさ」
ラクールがディノスに見せたもの、それは"白結晶"と呼ばれる、水晶のように美しく輝く白い結晶のようなものである。
見た目の美しさは折り紙付きだが、意外と脆く、特別性はないため光源くらいしか使い道のないものである。
ただ有用性については、今回に限ってはどうでもいい。ここで何よりも重視されるもの、それは希少性だ。
「故郷じゃ割とどこにでもあったけどよ、ここじゃあかなり希少だぜ。少なくとも俺はほとんど見たことねぇ」
白結晶は己の存在価値を証明するかの如く、なおも光り続けている…訂正しよう、光り続けていた。
「な!?」
突然、ラクールの手に載せられていた白結晶は腐ったかのように形を崩した。
ポロポロとサイコロ状の破片が地に落ちて、白く美しい結晶はその存在価値を地の底まで落とし散って行った。
唖然としているディノスに対し、ラクールはケロッとしたまま。
まるでここまでが予定調和だ、と言わんばかりの態度である。そして、彼はこう言った。
「兄弟。これで少しは体調良くなったと思うがー、どうよ」
「ぁ?」
突然、何を言い出したのか。一瞬硬直したが、彼はすぐにその真意を知ることとなる。
体を取り巻いていた不快感が、大きく和らいでいたのだ。
「——!? どういう原理だよ、白結晶って医薬品でもなんでもなかったよな!?」
目を見開き何があったのか、自分は何をされたのかと混乱するディノスに対し、ラクールは「これこそ一目瞭然じゃね?」と依然とした様子。
「……! 代償系の能力、とか言わないだろうな」
「おっ、ヒントなしで気づけたか。当たりだ当たり」
確かにモンスターパートナーにも『代償使い』を名乗る狂人は何人かいたが、そのほとんどが詐欺師の部類。実際は単なる子供騙しだった。
しかし、ごく稀に本物もいた。『祈祷師』と呼ばれる、何かを天に捧げ、その代わりに願いを叶えてもらう存在。彼らが一時期は流行ったものだ。
…実際は邪神の尖兵だったため、結局すぐに『祈祷師』の立場はなくなったのたが、それは置いておく。
つまり、ラクールも自らがその立場であると今、カミングアウトを…
「なんか勘違いされてそうだから言っとくけど、この力は故郷のもんじゃねーからな。ここに来てから、だ」
「——は?」
ディノスが建てた仮説、それらを全て否定する唐突にかまされた爆弾発言により、謎だけがふえる。
故郷で得た力…と言っても信じがたいのに、ましてや現実世界で得たなど荒唐無稽そのものである。
「あれあれ、異世界転生ボーナスって奴」
彼は依然としてひょうきんとした態度でそう話す。
確かに、そういうフィクションの漫画があるのはこの一ヶ月で知った、とはいえだ。
そもそも、代償を払ったとて誰がギフトを授けるというのだ。そんな神様みたいな存在、ここに…
…………………
……………
………
——ディオラ、か?
「ダメだ、ダメだダメだダメだ。頭がこんがらかってやがる。そんなわけねぇだろ、クソ」
アルマの件が頭にちらつき錯乱してるのもあり、考えがうまくまとまらない。とりあえず、彼女はそんなことはしない。ダメだ。ダメだ。思考がおかしい。
ひとまず、疑心暗鬼に陥るだけの思考はやめる。考えても答えは出ないのだから。
「まあそんな便利なもんじゃねーよ。物や可能性とか、なんでも捧げられはするが……例えば、一度願ったものは二回目以降は無理。これは捧げるものも同様で、あとは…」
「シンプルに要求される代償が大きすぎて、叶えられねぇとか」
「それもある」
アルマもその力で治せないか、と言おうとしたがやめる。
自分ができないかと思ったことは、彼もできるならばもうやっているはず…と考えたところで、思考を断ち切る。
「で、少なくねぇ代償を支払って俺の出自を、世界に代償を捧げて聞いてみたのさ。それで…」
「故郷の名は『モンスターパートナー』ってことを知った、ってわけか」
「そゆことそゆこと」
何か重要なことをはぐらかしている気もするが、彼の言うことを本当とするならば確かに『モンスターパートナー』は実在するゲームなのだろう。
「もう一度代償を使って、聞いてみることはできないのか」
「こう見えて中年だぜ? 俺が捧げれるものなんてほとんど残ってねぇなぁ…それに一度願った奴は二回目無理だし。誰かの傷を癒したのもさっきが初めてだから、もっかいやるのは無理だぜ?」
モンスターパートナーというゲームは、確かに実在していた。ただその実在を確かめる手段はない。
パソコンで調べても、唯一出てこなかった。
「これで兄弟の疑問は解消できたか?…わりぃな」
そう話すラクールの声は、どこか悲しげ。
少なくとも、ディノスに対し悪意を持っていない、ということだけは再三確認できた。
場を沈黙が支配し、何の言葉を発するべきかわからず二人とも黙っていたそのとき、
「おっじゃましますわーーーーーーー!!!!!!元気になりましたの!???」
空気の読めない女が勢いよくドアを開け、その沈黙は破られることとなる。個室そのものは防音対策もばっちりだが、廊下にディオラの声が響き渡った。
よって、この後彼女とそれに巻き込まれる形でディノスとラクールが叱られることとなったのは言うまでもない。




